死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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35 義母

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 王城へと到着すると相変わらずすごい量の馬車に圧倒されつつ中へと入る。

 会場は大きく豪華絢爛なホールで、そこには所狭しと貴族たちがいる。
 
 これでもロットフォード公爵家が魔薬を普及させているせいで数が減っている方で、どこの貴族も領地を運営する魔力で困っているというのが現状だ。

 出されるお酒を片手にして談笑する貴族たちは、そんなことを感じさせないような華やかな笑みを浮かべて一張羅を着込み、美しい宝石を身に着けている。

 中心の壇上には神をまつるための祭壇が用意されていて、身分が低い順にそこに上がってランタンをともしていく。貴族の数はそれなりに多いのですでに下級の貴族たちが順番にランタンをともしている。

 それを見守るような位置に、特別な席が設けられているのが王族であり、グレゴリー国王陛下と、ドローレス王妃殿下は厳粛な表情でその儀式を見つめている。

 そこから少し離れた位置に見慣れたリオンの席がある。彼は不安そうな表情を浮かべていて、周りにはロットフォード公爵家の派閥の貴族が取り巻きのようにたくさん配置されていた。

 こう言った具合に、両親から断絶された状態でリオンは公の場に顔を出すことはまれにあった。

 さすがにすべての公務を行っていないとなると、王太子としての立場も危うくなってしまうので、それを逃れるための措置である。

 しかしリオンは今年十歳を迎えた。なので見守るだけではなく、王家の人間としてランタンを灯すことも公務の中に組み込まれている。だからこそ私は今年だけはこの場所に顔を出したかった。

 彼は大勢の中から私を見つけることは出来ないだろうと思っていたけれど、私たちが会場へと入ると、車椅子に乗っている珍しい姿から多くの人が避ける。

 普段なら、疎ましいような目線を向けられるのだが、今日ばかりはその目線も少し違っていた。
 
 きっと意気揚々とヴィンセントが車椅子を押しているからだと思う。

 ローナにお願いすると言ったのだが、その役目をどうしても担いたいと彼が言って譲らなかったのでこういう事になっている。

 けれどそのおかげかリオンは私を発見できた様子で表情を明るくして、小さく笑みを浮かべる。

 ……手を振りたくなってしまうけれど我慢ですね。

 きっと彼も同じように思っているはずだ、しかし名目的に私とリオンはただの他人だ。変な勘ぐりをされないためにも妙なことはしないに限る。

 会場に入ってからのヴィンセントの足取りは明確で、会場の中にいくつか設置されているソファが置いてある休憩スペースの一角へとスムーズに進んでいった。

 そこには社交界で何度か見かけたことがあり、現在お世話になっているお屋敷の主であるベルガー女辺境伯の姿があった。

「母上、魔法協会支部で会った以来だね。やっと俺の結婚相手を紹介できる」

 後ろからヴィンセントがそう口にして、やはりそうかと私は納得して車椅子が止められたのを確認してから立ち上がろうと体を前かがみにした。

「そのままで結構。ウィンディ嬢だな、話は聞いている。随分と顔を出せずにすまない」
「その通りだ。忙しくするのは構わないけれど、用事があるときにつかまらないのは困るよ」
「ああ、そうだな……改めて、ヴィンセントの母のオリアーナだ。ウィンディ、君の件は……いろいろと息子が尽くしている様子だし、私からは特に横やりを入れるつもりはない」

 彼女はヴィンセントと同様に美しい黒髪を持っている女性だ。しかし彼のように色白というわけではなく健康的な小麦色の肌色で、言葉遣いもどこか女性騎士のような気丈な印象を受ける。

「ただ、私としても君にはより良い人生を歩んで欲しいと心から願っている、どうか都合よく息子を使ってやってくれ」
「……それは、私の知らない事情を加味してのお言葉という事でしょうか?」

 私はてっきり、こんな無能な女など跡取りの嫁にふさわしくない、ぐらいは言われると思っていたし、今日ここで初対面するなど考えてもいなかった。

 なので頭が混乱していたが、あまりにも私を慮ったセリフに、思わず彼女もヴィンセントの言わない事を知っているのか、と思い問いかけた。

 すると彼女はうんとひとつ頷いて返す。

「ああ、そう言うことになるんだろうか」
「そう……母上も事情を知ってる。君にも時が着たらきちんと話をするから、それまではもう少し辛抱してほしい」

 彼女はヴィンセントに確認するようにそう言って、ヴィンセントは私にだけそのことを知らせていないのが申し訳ないらしく肩を落として言う。

「なるほど……わかりました。そうだとしても……オリアーナ様、私はヴィンセントにとても救われました、お屋敷も使わせていただいて感謝してもしきれません、ご挨拶が遅くなってしまいましたが、これからよろしくお願いいたします」

 私はたとえそうだとしても、善意には変わりはないだろうし、恩には誠実でありたい。

 だからこそ頭を下げて彼女にきちんと挨拶をする。

 するとオリアーナは目を細めて、ドレスの裾を持ち上げて膝をついた。

「こちらこそ、ウィンディ。君には感謝してもしきれない。それに実際に会ってみるととてもいい子じゃないか。礼儀正しく何より芯のある瞳をしている。とても私好みだ」

 目線を合わせて言われ、こういう所は血筋なのかもしれないと私に同じように目線を合わせて話をしてくれるヴィンセントをすこし見上げてみる。

「母上、そんなふうに母上のような人に跪かれたら、ウィンディが困ってしまう」
「おう、そうか? 愛らしいその顔をよく見たくてな」
「何言ってるんだ、まったく。ウィンディこの人はこういう人なんだ気にしないで」

 ヴィンセントは使用人たちにも私にも見せる様な態度とはまた少し違った砕けた態度でオリアーナに接していて、屋敷にあまり帰ってこない人だとしても彼らは家族として正常な関係を築いているのだと思う。

「いえ、大丈夫です。褒めてくださってとてもうれしいです、オリアーナ様、オリアーナ様とヴィンセントはとても仲の良い親子なんですね」
「そうでもないよ、この人はあまり俺に興味がないしね」
「何を言う、目に入れてもいたくないほど愛しているというのに」
「そういう事をわざわざ公衆の面前で言わないでください、いくつだと思っているんだ」
「子供はいくつになっても、私の子だ、可愛いに決まってるだろう」
「はぁ、もういい」

 呆れたようにいうヴィンセントを気にせずオリアーナは笑みを浮かべる。それからしばらく親子らしい会話を聞きつつ私はこの冬灯の宴にすんなりと参加できたことにほっと安心したのだった。



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