死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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 冬灯の宴というのは、大元は平民の間で行われる冬の灯祭りからとられているらしい。

 この時期には多くの動物が冬眠し獣による被害は一般的には少なくなる、しかし代わりというように魔獣の被害が増えるのだ。

 魔獣は人間を襲い、その魔力を糧に大きく成長する。だからこそ弱い女子供が襲われないように冬の一番夜の長い日には大きな明かりを灯して神様に祈るのだ。

 今年も人々が襲われることなくこの冬を越せますようにと。

 その風習にのっとって貴族の間でも冬灯の宴が開かれることになっている。

 明かりを灯し神に祈るという性質は変わらないが、貴族らしく魔力式の明かりをつける。

 ランタンのような仕組みの魔法道具に貴族それぞれが灯りをともし、その魔力を神々に奉納し、今年もその加護を得られますようにと願いを込める。

 神聖で重要な儀式の一つなのだが、この冬灯の宴は貴族たちにとって別の側面も持っている。

 それは、貴族としての力を証明する場という事だ。

 ランタンは魔力を蓄えてある魔法道具ではなく魔力を通して使う貴族用のものだ。

 となれば魔力をたくさん込めて明るい光を灯らせた人間は魔力が多く、領地を豊かに出来る力を持っていることと周りの貴族に知らせることができる。

 逆に私のような魔力が極端に少ないような人間は、この宴に参加すると今にも消えそうなランタンのか細い光が逆に目立って、貶されひどい目を見るのだ。

 それを知っているからこそ、ヴィンセントはとても言いづらそうに私に冬灯の宴に参加してほしいとお茶会の最後に切り出してきたのかもしれない。

 しかし私は、すぐに快諾した。

 いい思い出はないし、毎年憂鬱なイベントではあったが今年に関してはどうしても参加しようという気持ちはあったのだ。

 むしろヴィンセントが私を連れて行きたくないといっても、お願いだから参加させて欲しいと言おうとすら考えていた。

 そういうわけで、意を決して参加の打診をしてきたヴィンセントは拍子抜けした様子だったが、とにもかくにも冬灯の宴への参加が決定し、当日を迎えることになったのだった。


 行きたいとは言ったし、最近は体調がよくなっているものの、私は彼に恥をかかせてしまうことが申し訳なくて、視線を伏せていた。

 王城へと向かう馬車の中、小さく揺られて手を組んで握ったり力を抜いたりを繰り返して緊張を解きほぐす。

 出発する前は、多少は元気になったのだから髪を編み上げて普通の令嬢と同じようにしたいと思った。

 けれど今ではその気持ちすらおこがましかったような気がして、いつものように髪を下ろして、目立たないようにすればよかったと思う。

 屋敷の敷地内なら散歩だってできるようになったし、人並みに食事をとって人並みに話をして、普通に近づいているような気がしている。

 けれどもそれはまったく幻想だったのではないかと、外に出て心配になった。

 今まで私に対して接してくれていた人たちは、ベルガー辺境伯邸の使用人や私の使用人たちだった。

 彼らは総じて好意的で、優しくてヴィンセントもおだててくれるから大丈夫だと勘違いしていたが、久しく出てなかった王都の街に出てくると自分がどういう存在だったかを思い出してしまって緊張で体が震えた。

 自分に優しい人ばかりがそばにいて私は甘やかされていたのかもしれない。

「……」
「ウィンディ」

 その緊張が同じ馬車の中にいたヴィンセントにも伝わった様子で彼も硬い声で私に呼びかけた。

 返事の代わりに視線を向けると、とても心配そうな表情をしていて続けて言った。

「大丈夫? 体調がすぐれない?」
「いいえ、そういうわけではありません。ただ、いざこうしてベルガー辺境伯邸を出ると妙に不安になってしまいまして」

 どうやら体調面を心配していた様子で、たしかにそれは最も心配するべきことだと思うがそれは特に問題ない。

 心配させたままでは申し訳ないので頭を振って、不安に思っていることを口にしてみた。

「……ベルガー辺境伯家の屋敷の中はいつも空気が暖かくて、みんなが私を尊重してくれます。それはうれしくて、活力になるのですが、それに慣れてきたからこそ、風当たりが強くて冷たい対応をされたらと思うと……慣れた分、つらくなってしまうのではないかと考えてしまって」

 ずっと寒い所にいたら次第に寒さに鈍感になって体が冷えて、そのつらさが分からなくなってくる。

 しかし、途中であたたかいものに触れると、それが自分にとって心地よいものだったと思い出してしまうのだ。

 思い出して体が温まるとまた冷えていく辛さを味わうことになる。

 体が冷えて固まって、心が死んでいくような感覚を何度も味わわなければならなくなってしまう。

 それは辛くて悲しい。

 だからといって人から与えられる温かさを拒絶できるほど私は強くない。いつだって学ばずに求め続けてしまうのだ。

 だから怖い。

「笑われて無能だと罵られて、自己嫌悪に陥って、変わりたいと思っていても変わることはできない。自分の力ではどうしようもない。それを思い知るのをわかっているから、つらいんです」
「そう……君は何度もそうして、悲しんでつらい思いをしてきたんだね」

 同情するように言うヴィンセントに、そろそろ切り替えなければと思う。

 負い目があると言っていた彼がこんな話を聞いたら思い悩むだろうし、私だって別に追い詰めたいわけじゃない。

 思い悩んで居続けたいわけじゃない。

 私自身にもヴィンセントにも、よい話ではないと分かっている。けれどもうまくこの状況を希望的にとらえられる言葉が見つからなくて、私は肯定するように沈黙してしまう。

「ごめん……君は悪くないのに」

 謝罪をされて、そういうふうに言って欲しいわけじゃないと思う、けれども具体的に何と言って欲しいのかは私の頭の中に答えがない。

 彼の言葉にうまく反応できずにいると彼は続けて言う。

「でも、事情を説明した後にどの口がと言われると思うけど……大変だったんだね。ウィンディ、たくさん苦労して、冷たい態度をとられてそれでも君は優しくていい子のままで、つらかっただろうなって事は俺から見てもよくわかる」

 彼の言葉は私が予測していない方向に変わって、少し声音を明るくした。

「けれどそれほど怯えないで欲しい。君には今までの経験があるから、状況が良くなっても、悪くなることが前提のように思えるんだろうと思う。でも少なくとも俺も、俺の周りの人間も、ウィンディに冷たく態度を変えるようなことはない」
「……本当ですか?」
「うん。それに、もしそういう態度を君がとられて、馬鹿にされたら俺は君の味方をする。一人ぼっちで寒い場所にいさせたりしない。愛してるっていってるだろ。それはどこに居ても、いつになっても変わらない、今日はそれを証明できたらいいな」

 ……証明、ですか。

 証明が出来たらいい、そんなふうに言ったヴィンセントだったが、私はすでにその言葉だけで憂鬱な気持ちが軽くなってふっと消える。

 彼がそう断言してくれるのならば、見知らぬ人に笑われることはたいして重要なことではない、私を大切にしてくれて、私も大切にしたいと思っているそういう相手が重要なのだ。

 そういう人たちと笑顔で向き合えればそれでいい、外野の冷たい態度などたった一人認めてくれる人がいれば、たとえ世界の皆が私を非難しようとも怖くはないのだ。
 
 素直にそう思えて、そして彼がそれを覆さないと言ってくれた。

 そうなればもう心配するべきことなど何もない。

 私はただ、安心させてくれる言葉を欲しがっていたにすぎなかったのかも知れない。

 ……なんだか情けないですね。
 
 察してもらって励ましてもらって、安心させてもらって、ヴィンセントにはいつもしてもらってばっかりだ。

 そう思って衝動的に立ち上がる。すると彼は驚いた様子で私に手を差し伸べて体を支えようとする。

 しかし、そのタイミングで馬車は大きく揺れて、ガタンと音をたてた。

 向かいに座っていた彼の座席の背もたれに手をついて、体を支えて、それから腿に手を置いてヴィンセントの隣に少し腰を掛けて上半身をぎゅっとくっつけた。

「ありがとうございます。とても元気が出ました。ヴィンセントは本当に素敵な人ですね」
「ちょ、っ……ウィンディ、駄目だよこんなこと、俺は君に━━━━」
「申し訳がない、でしょう。でも、抱擁ぐらいなんですか、一度や二度は同じこと、友人同士の間柄でもするのですから特別、ふしだらな好意というわけでもありません」
「……友人同士はこんなに、体をくっつけないんじゃない」
「そこは些細な違いです。あなたはやっぱり温かいですね、ヴィンセント」

 私は適当に理屈をこねて彼と抱擁したままそう言った。

 彼は、しばらく迷っていた様子だったけれど、友人同士でもすると言ったのが効いたのかおずおずと手を伸ばして、私の背を軽くさする。
 
 その手は大きくてとても安心する。

 お茶会の時にふざけて言った父性のようなものを彼から感じてしまいそうなほどに、うれしくてほっとして、本当にそう思ってしまわないように気をつけなければ、と思ったのだった。

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