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33 お茶会
しおりを挟む私とヴィンセントは、日光浴を兼ねて彼の部屋の広いバルコニーに魔力式のストーブを持ち出し温かくしてお茶会を開いていた。
昼食もきちんと取った後だったが、豪勢なお菓子が所狭しと並んでいて、そのどれもが、洗練されていて美しくおいしそうなのだ。
「……こんなにあるとどれを食べたらいいのか迷ってしまいます」
そういって、一つ一つに目線をうつす。
ピンクの可愛らしいマカロンに、瑞々しいフルーツの盛り合わせ、クッキーには何やら繊細な文様が描かれているし、チョコレートは金粉が散らされている物や丸い形のものまでさまざまだ。
このテーブルにありとあらゆる可愛くておいしいものが詰まっているようで、私はなんだかドキドキしてしまう。
ローナに適当に取り分けてもらって小さなスイーツ盛り合わせが出来たことに感動していた。
「好きなように食べたらいいよ、全部君の為に用意したんだし」
「なんだかとても贅沢な言葉ですね。ヴィンセント」
「そう? 女の子たちのお茶会はもっとすごいよ。ガーデンパーティーの時なんか、長テーブルにぎっしりお菓子だらけなんだから」
「ぎっしり……」
「そう、ぎっしり。でもすごいんだ、いつの間にかすっかりなくなっていて、あの細い体のどこに入っているんだろうと思うぐらい。だから女性はお菓子は本当に別腹なんだなって俺は思ってる」
とても真剣にそういう彼に、私はいただきますと言って、フォークでさしてフルーツを口に運ぶ。
女の子たちのお茶会がそんなふうになっているとは知らなかった。私が出たことがあるのは、どうしても出る必要がある、建国の宴と、冬灯の宴だけだ。
建国の宴が夏、冬灯の宴は冬にあり、それ用の高級なドレスを一着ずつ持っているだけで後は、簡単に着られる普段着のドレスしか持っていない。
けれどもこんな体なので、着飾ったところで……そう考えようとしてから私はそうだったと思い出す。
体調は良くなる一方で、毎日健康に良い食事を出してもらい、暖かい布団で眠ると、体は少しずつ肉付きが良くなってきている。
ふっくらと健康そうにとはいかないが、少なくとも唇のひび割れはなくなって青白く不健康そうにやせ細った体つきというわけではなくなった。
骸骨だとか、老人だとか言われていたのでもちろんうれしいが、果たしてどうしてこうまで回復しているのか、それについてはまだ真相はわからない。
しかし何はともあれ、ヴィンセントがなにかと気にかけてくれて、食事をすることも健康に気を使う事もおっくうにならずにいるというのは大きいだろう。
なので彼がこういうのならば、昼食を取った後でもテーブルいっぱいのお菓子を平らげられる女になることもやぶさかではない。
しかし女の子たちは皆コルセットで腰を絞っているのに、いったいどこにそれだけのお菓子が入っているのかは私にもわからない。
「……では、私も健康になってそのぐらいの事を余裕でできるように頑張りますね」
「それは……どうか無理はしないで、たくさん食べるのはいい事だし俺は君がきちんと食事をとっているのを見るとそれだけで幸せなんだ。でも食べすぎたら逆に、体調も悪くなるかもしれないし」
「そのあたりは大丈夫です。私も女性なので、お菓子はきっと別腹ですよ」
彼の言った通りにそうなるだろうと、思いつつ小さなケーキを口に運ぶ。
それにしても、食事をしている私を見るだけで幸せとは……なんだか若者はたくさん食べてなんぼだという、お年寄りみたいである。
「それにたくさん食べる姿を見て嬉しいなんて、祖母や祖父のようなことを言いますね」
昔まだ、彼らが生きていたころは会いに行くたびに、いろいろな料理をこれでもかと幼いメンリル伯爵家の三兄妹にふるまってくれた……ような気がする。
病気になる前の記憶は、発症した時の酷い体調不良でほとんど思い出せなくなってしまったのだ。
しかしその温かさを覚えている。
「祖、祖父……」
「はい、あの方々はいつもたくさんお食べと言っていました」
けれどもその、温かさと、ヴィンセントの私に向ける気持ちは別物である。
その証拠に、彼はそう言われて、少しがっくりとしているように見えるからだ。
冬の風が少し拭いて、ヴィンセントの黒い髪をさらって靡かせる。
彼は腑に落ちない表情で、ケーキに手を付ける。
下を向いている金の瞳は明るい場所の方がきれいに見えるし、薄く開かれた唇は色白の肌に映える綺麗な色をしている。
彼はもちろん男性として申し分ない男らしい体つきをしているがどちらかというと、かっこいいよりも綺麗という言葉が似合う人である。
私とは違って健康的な白い肌は、きめ細やかで触れればすべらかな手触りだろう。
「ああけれど、あなたの慈愛は父のようにもおおらかで私はあなたの事を慕っていますよ」
「……今度は、父か……」
またもや、家族に例えられたことに彼は残念そうにして、その様子に何と言って欲しいのか理解が出来る。
恋人のように思っている、愛しているとそう言われたいと思っているのだ。
ヴィンセントは私を愛していて、その気持ちを返して欲しいと望んでいる。それは純然たる事実だろう。
けれどもそういうと、彼はそれは嘘だとか、後ろめたいとか、当然のことをしているだけで、私は間違いの愛情を持っているだけだと決めつける。
私は、たしかに事情を知らないし、ヴィンセントに助けてもらったからこそ愛している。
ただ彼から見れば、それ以外に選択肢がなく自分の過失で苦労している子が自分に惚れたなどというのは申し訳がないという。
その気持ちも多少わかる。
「ただ、甲斐甲斐しいあなたの事を想うと母のようだとも思います」
「……もしかして、俺の事揶揄ってる?」
「はい、多少は」
「俺が君に家族みたいだって思われたくないのわかってるんだ?」
「はい、きちんと」
「そう、なんだ確信犯か」
「ええ」
……家族みたいに思ったりしないで、男女として情を持っていて愛してくれている事ちゃんと知っていますよ。
けれど私からの愛情は、受け入れてくださらない事も知っています。
だからこそ少し揶揄った。けれども、こんなふうにお茶会を開いてくれたのに、彼がうれしくない事だけを言って終わりと言うのは良くないだろう。
それに、私も言いたくなって口にした。
「本当は男性として、あなたが好きです。今も手を握って、頬に触れてキスをしてみたいと思っています」
そして、カミラの起こした事件の日のように、抱きしめて体温をうつしてほしい。
けれどもそういうふうに思うだなんて、思われた相手が不憫だと他人には言われるかもしれない。
なんせ私の体は死にかけていて、女にも見えないような女だから。
言ってから、やめとけばよかったかと少し後悔したのだが、その後悔もヴィンセントの反応で立ち消える。
「……それはうれしいけど、駄目だ」
顔を赤らめて、少し動揺したように言う彼がうれしいと思ってくれていることは素直に伝わってくる。
こういう反応をしてくれるからこそ、私は愛おしいと思うのに、ヴィンセントは認める気はないらしい。
「君に申し訳ないし、君には選択肢がなかった。君にはもっと他にふさわしい人がたくさん出てくる、元気になって国もよくなって、そうしたら君は大勢の人に愛されて選択肢を得て、それから一番いい人を選び取って愛し合えばいい」
「……」
「不倫でもいいし、立場が見合えば結婚し直してもいい。もちろん俺との結婚は措置として必要な事だったと王家に証明してもらえば、相手も納得するはず」
これからロットフォード公爵家がつぶれるのならば、不憫な私を救うために婚姻関係を結んだ、そういえばロットフォード公爵家の派閥に連なっているメンリル伯爵家にいるよりもずっとましだったと証明することは出来るだろう。
そしてヴィンセントが私に与えた過失を埋め合わせるために、善意で保護していたそういう事情を説明できるのだから新しい結婚相手も健康になれば見つかるかもしれない。
ただ、そうしたいかどうかは私の気持ち次第だろう。
そこを彼はわかってくれない。だからこそこの話は延長線上を延々辿っていくのであり、不毛である。
「……そうですね。……ヴィンセントは私の事をお嫌いですか」
「そ、そんなわけない、愛してる。誰よりも、ずっと君の事を」
「そうなんですよね……」
だからこそ幸せを願うあまりにこうなるのだろうか。
あまりに深い愛情は時に障害にもなりえるのだと難しく思ったのだった。
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