死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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「つまり、咄嗟に私の血液に宿っている魔力を使って、魔力の譲渡契約を結んでしまったという事でしょうか」

 私は自分の記憶として思い出して、話を聞いてみても腑に落ちない部分をヴィンセントに問いかけた。

 すると彼は、深く頷いて冷静に事情の説明を続けた。

「うん。そうは言ってもきちんとした期限も設けていなかったし、際限もつけずに、俺は魔力の譲渡を受けることになって、君は病気になった」
「ちなみにその時の記憶はあったのでしょうか」
「俺も君と同じように衝撃的な出来事だったから、しばらくは記憶が混濁していて、襲撃があってから領地の屋敷の方でずっと暮らしていたから君の状態も知ることなくずっと過ごしていた」
「気が付いたのはいつ頃だったのですか」
「成人して、ある程度自分の身が守れるようになったころ王都に来てから」
「ではその時にすぐに、話をしなかったのは何故でしょうか」
「出来るだけ早く君を元の状態に戻したいと思ったけれど、ロットフォード公爵家の元にいることがわかってから接触できるまでに調べをつける必要も合ったし、君に道で声を掛けた時の事を……覚えている?」

 彼は私の問いかけに、とても言葉を選んで丁寧に答えていく。私もこの際なので彼の思惑と過去の事情を細部まで知りたいと思う。

「覚えています。その時の自分の返答も。だから、こういう形で私を迎え入れたんですね」
「そう。それにこうして話をするまでに時間をかけたのは、君の体があまりにも魔力欠乏の体質に慣れすぎていたから、急に契約を廃棄して魔力を返したら君の体にどういう不具合が出るのか予測が出来なかった」

 ……だからこれで慣らしていた、という事ですか。

 それに、今の説明からすると、現在進行形で、私の魔力はヴィンセントの体に流れているのだろう。ということは私を健康にするだけの魔力を捻出するのは、ヴィンセントを無理させるということにならない。
 
 それもわかった。

 しかし疑問は次から次に湧いてくる。主観の記憶だけではわからない事も多い。例えばあの襲撃者についてだ。

「あの襲撃者については、どういう情報がありますか」
「あの人たちは、メンリル伯爵家の人々が自分の屋敷に入り込んだ賊だからと、調べることになったけれど結局詳しい情報は上がってきていない。

 ただ、ロットフォード公爵家の人間だっていう事は間違いない。

 当時の利害関係や、現在までのロットフォード公爵家がベルガー辺境伯家にやってきたことを見れば、あれも彼らの仕業だと思う。というか他に、そういう事をする人間はこの国にはいない。

 そしてもう一つ、俺が受けた毒についてもロットフォード公爵家の仕業だという事を裏付けている。

 君が、風の魔法を使って撃退してくれた襲撃者は、最後に毒を塗りつけたナイフを俺に投げつけて、俺だけでも仕留めて戻ろうとした。

 その毒っていうのが魔薬と同じような成分が使われていて、魔薬の魔力を生成する器官に被害を与えるという部分が強力にされている物だった。

 だからこそ俺は急に魔力欠乏の症状が出てしまって命の危険にさらされた。そして君を利用してしまった。

 魔薬患者がそうであるように、王家の人間の治療をすぐに受けられたからその症状を取り除くことができたけれど、そうでなければ俺も君も危なかったと思う」

 魔薬とあの時の毒の関連性、そしてベルガー辺境伯家でもみた襲撃者。それを一つずつ考えていっても矛盾点はない。おそらくすべて真実だ。
 
 それにしても一つ疑問なのが、そんな事件があったというのに父と母は果たして、私の病気の原因に見当がつかなかったのかという点である。

 ……私がやっつけた刺客もとらえて、情報は得ていたはず、持っていた毒のことだってわかったのではないでしょうか。

 けれども彼らはまったく知らずにとても丁度良く、病に伏せっている私を婚約者にしてくれるロットフォード公爵家のアレクシスを見つけてきた……?

 ……あれ、でもそれっておかしくありませんか。そもそもそのあたりの前後関係を詳しく把握していませんでしたが、病気になってから私と婚約をするなんて変ですよね。

「っ、……ゔっ」

 そう思うと、とてもしっくりくる可能性が頭の中をよぎって、猛烈な気持ち悪さに、頭の中がストレスで白くなって胃の中のものがせりあがってきた。

 頭の奥がバチバチとはじけるようで目を見開いて何とか嚥下して気持ちを落ち着ける。けれど見開いた瞳に涙がたまって、震えた息を吐いた。
 
 それから吸って、涙が膝の上の魔力石の袋にぼたぼたと落ちていく。

「……ああ…………ヴィンセント」
「うん?」
「あの人たち、私の病気の原因を知っていましたね?」
「…………」
「ああいいえ、正しくは、原因ではなく、きっかけをですね。その事件があった後、メンリル伯爵夫妻は、ロットフォード公爵家にたどり着く。

 襲撃者をとらえているのですから……っ、証拠も十分に、魔力を保てなくなった私を連れて毒を受けて損害を被った話をしに行ったのでしょう」

 しかしそれは本来ならば王家に告発するべきもので、ベルガー辺境伯家と協力してロットフォード公爵家にともに正当な裁きを与えるべきだ。

 そうしなかったのは、彼らがロットフォード公爵家に直接行く方が、ずっと儲かると思ったからだろう。

「当然です。彼らからすれば私もあなたも毒の被害を受けたように見えたわけですから、しかし私だけは治療を受けさせることなく交渉の材料にされた。だから毒が原因ではない事は治療をされていない以上はわからなかった。

 あなたの暗殺に巻き込まれて損害を受け、脅しでもしたのでしょうか。

 そうして私をアレクシスの婚約者に据えて、金銭を受け取った。もちろんロットフォード公爵も、メンリル伯爵家も私は近いうちに死ぬだろうと考えていたのではないでしょうか。

 つまり私は、あの人たちに利用されてすでに見捨てられていた、という事ですね……ああ、通りで……興味がないはずです」

 あの二人はいつも私の事などどうでもよさそうで、ジャレッドやミリアムの意見ばかりを重視していた。

 それも当然だろう、彼らにとってはもう私は役目の終わった使い捨ての駒なのだから。

 そう思うと、かっと頭に血が上る。私が苦しんでいることも知っていて、やつれて衰えて死にそうになっているところを見てもなんとも思わなかったのだろうか。

 ロットフォード公爵家だってそうだ。私を間接的であってもあんな目に遭わせておいて恩を売って、罵って、冷たくあしらって。

 どうしようもなくて一人では生きていけなくなって、必死になって生きるために画策して、生きている私はまるでこれでは道化ではないか。

「十年っ、おおむね、その程度、っ、私は耐えてきました。多くの事を、山ほど耐えて」
「……」
「わからないまま知らないまま、私のせいだと思って、私はどうしようもない病気なのだからとっ!」

 気持ちを言葉にすると、恨みが増す。つらかった気持ちがにじみ出て、拳を握ってどこかにぶつけたい気持ちが強くなる。

 どこかに打ち付けて、なんでもいいから当たりたい。

 当たり散らして、なんでこんなことにという事を叫びたい。

 予想だにしていなかった話だった。

 私がこんなふうなことは、事故ではあって、不幸な出来事で、防ぎようがなかったのは仕方ない、しかしそのきっかけを明白にして事実を知らせることができた人間が存在していた。

 けれどもそれを知ることはなく私はずっとずっと長い間、放置されて、苦しんで死にかけて、一生をこのままなのだと受け入れて。

 達観したつもりになったり、涙をながしつづけてみたり、生きようとしてみたり、葛藤して必死になって。

 でもそれはすべて、誰かにとってはもう終わったことになっていて、誰かにとっては自分でやったことなのに罪にも思わずにのうのうとしていて。

「っ、ああ、ああっ~、すみません。取り乱して、話をすべて聞くためにっ、こらえていたのに。っ、ああ!! っすみません。っぅ、っ」

 情緒不安定みたいな言葉を吐いて、冷静になろうと取り繕おうとするのに間に合わない。

 涙はとめどなくあふれてきて、この十年間で私はきっと人より沢山の涙を色々な意味で流している。

 それなのに枯れ果てて何も思わないなんてことは出来なくて、苦しくて喉が詰まって、頭が痛いのに、意識ははっきりとしていて、気持ち悪くてどうしようもない。

「バカみたい、私は馬鹿みたいです。何も知らずに無知なままっ! ふ、っ、どうしようもない!」

 さぞ滑稽だっただろう。必死にあがいている様は、けれどこれでも人間でこの世に生を受けて、死にたくなくて必死だったのに。

「……ウィンディ」

 堪えられなかったというようにヴィンセントが、たまらず私の名を呼んだ。
 
 彼に目線を向けるけれど気持ちはめぐる。



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