死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
43 / 56

43 ないまぜ

しおりを挟む




 ぐるぐるめぐって、ぐらぐらして、もっと簡単な話だと思っていた自分を恥じた。

 すべては繋がっていたのだ。過去の事と自分の現状と彼の事は複雑に絡み合ってすべては一本の線になっている。

 単純に彼が罪を犯しただけではない。この過去の私の話には父も母も、国の状況も、人々の思惑も絡まって私はこうであった。

 その事実は想像していたよりもずっと大きい。

 とてもじゃないが突然、話されて納得のいく事柄ではない。

 もちろん、理解はできた。話は分かった。自分の記憶としても正しく矛盾がない事は理解できている。

 理解できているからこそ事実であるとありありとわかる。

 思わず手を伸ばしてくる彼の手に、私は今までの事も、苦しかった事も彼との思い出も、彼の言動も、それ以外の襲撃の事も、こうなった原因もありとあらゆることが頭の中で絡み合う。

 呼吸が上がって、それでもその手を取りたいと伸ばしたいと思うのに、その気持ちはそれ以外の大きな気持ちにさいなまれて、揺れ動いて同時に彼に当たり散らして発散してしまいたいような心地がする。

 どうするべきか頭で考えているうちに手が触れて、反射的にその手をパンと払う。

「っ、ごめん、ごめんね。俺が全部悪い。君をここまで苦しめたのも、君を巻き込んだのも、君のつらさも全部俺が悪い」

 涙でぐしゃぐしゃの顔で彼を見上げる。鼻をすすって、涙を何度も拭う。

「許してほしいなんて言わない、君に俺は一生かけて償っていく、っ、ごめんなさい。君をこんな目に遭わせて、本当に、申し訳なかった。救ってもらってこんな仕打ち、なかった。傷つけて、ごめん」

 言い募るヴィンセントもなんだか涙声で、彼だって傷つけられたこと、苦しんでいたことを理解する。

 けれどソファを手で押して立ち上がる。

 ……そんなわけないじゃないですかっ!!

 けれどもそんなふうな言葉だけでは済まない問題だと私は思うのだ。明確には出来ない、けれど私と彼の間には、とても大きな壁がある。

 ヴィンセントの言葉を無視して、速足で自分の部屋の扉を押し開いて外に出る。

「ウィンディッ!」

 後ろから縋るような声が響いて、頭が痛くなるような心地がした。

 その声に後ろ髪を引かれるような気持になりながらも私はそのまま、廊下を走った。

 暗い廊下は冷え込んでいて寒さが体に染みる。

 ヴィンセントの事を愛している。しかしそれだけの状況ではない、彼と私の間の問題はもっと大きい、大きくて複雑で、何もしなくて解決する話ではない。

 彼はただきっかけになっただけだ、私が見捨てられるきっかけになっただけで彼は何もしていないに等しい。

 問題は私の周りにあったのだ。

 私の周りがあらゆる面で私を見捨てていて、その周りの環境にもきっかけとなった彼は責任を感じてすべてを背負って謝罪をしてくれる。

 愛して守ってそばにいてくれようとしている。しかしそれは、大きな間違いだ。
 
 悪くないのに彼をおいてきてしまって、可哀想なことをしたと思う。

 しかし私は我が物顔で彼に愛しているとは言えない。彼が不当に私のすべてを背負っていることを知っていて、その上から愛情に胡坐をかくだけでは、ただの傲慢だろう。

 それをわかっているのに、あなたは悪くないと完璧に言うことはできない。

 それは今の話を聞いて気持ちを思い出して、醜い私はヴィンセントも悪いとどこかで思ってしまっている。彼がいなければこの事態は起こらなかったのも事実だと思う。

 そしてその矛盾した気持ちを正しく伝える言葉も持ち合わせていないし、気持ちも今は整理がつかない。

 だからこそ飛び出したのは正解だった。

 私はそのまま、息が切れて頭がくらくらしてくるのを気にせずにエントランスの重たい扉を押し開けて、外に出た。

 玄関ポーチの階段を下りて、雪が積もっている場所で、苦しくなってそのまま膝をついた。

 ただ今は混乱していて色々な感情と、どうしたらいいのかという混乱した気持ちが前に出て、ここまで走ってきた意味もなくその場で声をあげて泣く。

 衝動にかられたそんな行動はバカバカしいと思うのに、とめどなく涙があふれてくる。

 ……私がつらかったのは、私が苦しんでいたのには、理由があった。私はずっと必死で滑稽で、どうしようもなくて……!!

 好きになった人に背負ってもらって、許してあげようなんて思っていてっ……それが出来たら平等だなんて信じていて!!

 けれど実際は、違うのだ。

 彼にいいよと言って、彼の負い目を認めてそばにいるのは、あまりにも見苦しい。けれどそれ以上に、父や母の行為に対する憎しみと堪えようのない気持ちが私の中で膨らんでいる。

 恋しい気持ちも、苦しい気持ちも、すべてを知れたという喜びも、ないまぜになって夜の冬の冷たい空気に息を吐きだす。

 知らないままが良かったとは思わない、けれども知りたくなかったとも思う。

 矛盾する感情が体を内から引き裂くみたいで、激情で体が熱くてこの寒さが初めて少しだけ心地いいとすら思ったのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】6歳になると受けさせられる魔力測定で、微弱の初級魔法しか使えないと判定された子爵令嬢のロナリアは、魔法学園に入学出来ない事で落胆していた。すると母レナリアが気分転換にと、自分の親友宅へとロナリアを連れ出す。そこで出会った同年齢の伯爵家三男リュカスも魔法が使えないという判定を受け、酷く落ち込んでいた。そんな似た境遇の二人はお互いを慰め合っていると、ひょんなことからロナリアと接している時だけ、リュカスが上級魔法限定で使える事が分かり、二人は翌年7歳になると一緒に王立魔法学園に通える事となる。この物語は、そんな二人が手を繋ぎながら成長していくお話。 ※魔法設定有りですが、対人で使用する展開はございません。ですが魔獣にぶっ放してる時があります。 ★本編は16話完結済み★ 番外編は今後も更新を追加する可能性が高いですが、2024年2月現在は切りの良いところまで書きあげている為、作品を一度完結処理しております。 ※尚『小説家になろう』でも投稿している作品になります。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。 利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。 元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。 しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……? 2024/09/08 一部加筆修正しました

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...