牽制してくる不倫女は、本当に存在しますか?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
2 / 17

その2

しおりを挟む




 翌日、ローズは休暇でこのカルヴァート公爵領地に帰ってきている夫の事を差し置いて、西側にある大きな森に狩りに出かけようかと思っていたのだが、義母であるセシリア・カルヴァートにつかまり、義妹に当たるカーラの結婚相手を探すためのパーティーの準備を手伝わされるのだった。

 準備といっても、最近社交界デビューを果たしたばかりの少女であるため、お相手の未婚男性のリストアップの段階なのだが、昨日の件でとてもじゃないが顔を合わせる気にならないクライヴに見つからない義母、義父の住む本邸は悪くない逃げ場であった。

「ですからね、この伯爵子息は妙な噂もあるし、カーラにはふさわしくないと思うのよ」

 不安げな表情で、カーラの結婚相手にふさわしい男を選別するセシリアをローズは、今日はジビエが食べたかったのに、と思いながら見つめて、その少しくすんだブロンドの髪をのびのびを育った小鹿の毛皮に重ねつつ、適当に返事をする。

「そうですね。カーラは可愛いですから」
「でしょう?あの子ったら、髪はわたくしに似てブロンドだけれど、瞳は夫に似て紺碧だもの、きっとカーラの産む子もとても美しいわ」
「……はい」

 言われて義妹の事を思いだした。たしかに可愛い、とても女性らしく柔らかな肉質をしていて、とてもじゃないが変な噂のある男に乱暴をされたりしても反撃は出来なさそうだ。

 ……いけない、狩りに行こうと思っていたせいで、食肉と戦闘力の事ばかり考えてしまう。

 いけないとはわかっていつつも、義母の女性らしく美しい調度品のそろった部屋で話すような内容ではない言葉が口をついて出る。

「しかし、それほど心配でしたら、私が、仕込みましょうか?ナイフぐらいなら扱えるようにできますよ」
「……」

 ほんの些細な、提案のつもりだったのだが、セシリアはあんぐりと口を上げて手につまんでいたクッキーをポロリと落とす。

 それから、額を押さえてはぁ、とため息をつき美しいティーカップから、とても丁寧な仕草で紅茶を飲んだ。

「ローズ、貴方ったら、貴族令嬢らしからぬことを言って……まだ騎士気分が抜けないのね。困った子」
「……も、申し訳ございません」
「でも不思議ね、マナーの講師からはとても良い評価をもらっているのに、どうしてなの?」

 セシリアは不思議そうにそういい、頬に手を当てて困ったというように視線を伏せた。

 それについては、気を張っていれば取り繕うことが出来るというだけで、こうして、気になることがある日なんかは、つい猫をかぶることを忘れてしまうというか、そういった具合である。

 しかし、それを言うわけにもいかずに、目を細めて、ローズは気まずく微笑んだ。

 たしかにローズだって、もう立派な貴族女性なのだから、それらしくふるまえなければならないと、セシリアも気を使って娘にするような教育を与えてくれている。それに報いたい気持ちはあれど、やはりどうにも性に合わない。

「……お義母さまが相手ですとつい、気を抜いてしまって……それに、その、カーラは本当に可愛らしいですから、本当に武術の一つでも身に着けていた方が良いかもしれません」

 高い位置で一つに結い上げている髪を揺らして、ローズはそうセシリアに返す。まったく嘘のない言葉に、セシリアもこの子も悪い子ではないのよね。と思ってしまい強く言い返せない。

 それに、彼女のいうことにも一理がある。カーラはまったく苦労なく背負うものもなく育てられたとても純粋な子供だ。そのぐらいの心得をもって嫁入り先に行かなければ、上手く立ち回ることが出来ないかもしれない。

「そうね。……まぁ、貴方ほど、男勝りになられても困りますけれど」
「あ、はは」

 冗談交じりに言うセシリアに、ローズは何とか話を逸らせたかと安心しながら、きごちなく笑った。

 それから、自分はとても恵まれていると思う。こうして、ローズに苦言を呈することもあるセシリアだが、ローズが剣を腰にさしたまま日常を過ごしたり、彼女のようなフリルを多用したカーテンや、花柄の壁紙などを日常生活で使わなくても決して軽蔑したりはしない。

 家庭に入る女性としてのたしなみや、男性を支える心構えなど、妻に必要なことをきちんと持っていなくても、息子であるクライヴの選んだ女性なのだからと尊重してくれている。

 最低限の社交界のマナーなどは叩き込まれたが、こうして、自分の愛娘のお相手探しの相談相手にされるぐらいには良い関係を築けている。
 
 その大部分はこの器量の良い人のおかげであることをローズは、きちんと理解して、背筋を伸ばして、まっとうに相談事に悩むのだった。

 ……私のように、夫の母が良い人とは限らないかもしれないし、なにより貴族の結婚というのは多くの金銭が動く、用心するに越したことは無い。

「そういえば貴方、まだ未婚の友人がいたでしょう?たしか、クライヴとも仲の良い……」
「ああ、トリスタンの事ですね」
「そうそう、侯爵家の出だったわよね」

 そこまで言われて、彼もカーラの結婚相手に候補に入れられるかという話だとすぐにローズは、合点がいって、彼の事を考えた。

 彼は、魔術師や、魔法騎士を目指す者たちの通う魔法学園時代の友人だった。だったというか今でも友人ではあるのだが、結婚して以来は、彼とも疎遠になっている。

 しかし、クライヴは魔法騎士として彼とともに仕事をしているはずであるのでそちらから話を回してもらった方が手早いだろう。

「彼は、きちんと魔法学園を卒業して、クライヴの同僚になっていますから、そちらから話を通してもらえると思いますよ」
「そう、そうねぇ。そうだけど……」

 ローズの言葉にセシリアは困ったような顔をして、少し視線を落としてからローズにいう。

「わたくし、最近あの子に距離を感じるのよ。昔から難しい子ではあったけれど、学園に送り出して以降は特にね。なにを考えているのやら」

 彼女は疲れをにじませたような声で言う。

「騎士の役目を立派に努めているのは、良い事よ。いずれはこの家を継いで公爵になる器もある。けれど……ローズは感じないかしら?どうにも威圧感のある雰囲気をしているでしょう?」

 意外な気持ちの吐露にローズは少し瞳を瞬いて、それから、心の中で同意した、たしかに彼は難しい人だと。それから、初老の女性らしく無力で小さなその手を取った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

愛人のいる夫を捨てました。せいぜい性悪女と破滅してください。私は王太子妃になります。

Hibah
恋愛
カリーナは夫フィリップを支え、名ばかり貴族から大貴族へ押し上げた。苦難を乗り越えてきた夫婦だったが、フィリップはある日愛人リーゼを連れてくる。リーゼは平民出身の性悪女で、カリーナのことを”おばさん”と呼んだ。一緒に住むのは無理だと感じたカリーナは、家を出ていく。フィリップはカリーナの支えを失い、再び没落への道を歩む。一方でカリーナには、王太子妃になる話が舞い降りるのだった。

処理中です...