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その3
しおりを挟む美しく整えられている爪、瞳に移る少しの怯え。それは、誰しも本能的に感じることだろうと思う。彼は、相当に強い。そしてそれをかくしたりしないし、顔は悪くないのに誰も寄り付かないような、圧倒されるような雰囲気がある。
それにいくら母親だとしても、上手くその感情を押し流すことが出来ないのは普通の感性だ。むしろその感情がないのは、危機を感じたことのない子供ぐらいだろう。
「はい。……確かに、魔法も剣術も鍛錬している彼は、とても、その、強者然としているというか、私も、恐ろしく感じることはあります」
性差があるという点では特に女性は、彼を恐ろしく感じてしまうだろう。魔力のある私たち貴族はそれを直に感じ取る。魔力はあれども、魔術の適性がなく使うことが出来ない貴族は、さらに強い魔術を持っている貴族に敏感だ。
それと確かにクライヴがなに考えてるかわからない感も否めない。しかし、それについては、きっとローズよりもセシリアの方がよく知っていると思う。
「でも、きっとこの家を出た時と、あまり変わってません。昔から、拘ること以外は、割と抜けていて、考えていないだけなのも初めて会った時からでしたから、だからお義母さまもよくご存じだとおもいます」
私が彼と出会ったのは魔法学園の時だ。その時にはまさかこうして夫婦になるだなんて思っていなかったし、まったく何の感情もわかなかったのにこうして、彼を思って彼の母にフォローをするようになったのだから不思議なものだ。
クライヴとセシリアには仲良くいてほしい、学園にいた時代の彼が分からなくて不安になっているのなら懸け橋になることは出来る。
にっこりと笑っていうローズに、セシリアは、キチンと息子の事をこうして理解してくれている嫁がいるのならば、それほど不安になる必要もないか、と思い直して、その手を握り返した。
「……そうね。今度、貴方たちの別邸にお邪魔してみようかしら。話をしてみるわ」
「はい。彼もとても喜ぶと思います」
セシリアが安心したような表情を見せローズも自然と心が和んだ。セシリアの悩みも重要ではあったが、ローズの中にはクライヴにも出来る限り悲しい思いをしないでほしいという願いもあって、だからこそ、根底に彼を思う気持ちがあるからこそ、こうしてセシリアも大切にしていきたいと思う。
しかし、そう思うのであれば急遽考えなければならない問題があるのをローズはその存在をひしひしと感じ、そして自室に帰ったら、なぜか持って帰ってきてしまった”アレ”と向き合わなければならないと思うと憂鬱でたまらない。
そうはいっても、そんなことをまさかこんな良くしてくれている義母に相談するわけにもいかないので、ローズは頭の中からその存在を消し去って、改めてカーラの結婚相手のリストアップされている用紙を眺めて、セシリアの相談に乗っていくのだった。
しばらくそうして過ごすうちにぱたぱたと軽やかな足音が近づいてきてローズは思わず顔を上げて、扉を見た。
そうすると適当なノックの音とともに義母の部屋の扉が開かれ、ひょっこりと少女が顔を出した。
「お母さまっ」
純真無垢な子供らしい声が耳をくすぐる。しかし、彼女にとって予想外の人物がいたからだろう、すぐにカーラは、ローズを見つけて、表情を曇らせながらも母の元へと近寄った。
「カーラ、貴方、今はお稽古の時間でしょう?まさかまた抜け出して来たの?」
「良いじゃない別に、あたし音楽は苦手なの、それにそんなもの出来なくたって、怒るような旦那様をもらうつもりないのも!」
「……はぁ、困った子。それにわたくしは今、ローズと真剣な話をしているのよ。まずはご挨拶をしてちょうだい」
親子らしい会話を聞きながら、ローズはカーラへと視線を移した。彼女は紺碧の瞳に柔らかな美しい金髪をもつ貴族らしい令嬢だ。頭にリボンをつけて可愛らしく着飾っている。
ローズにはまるで似合わないものであるだけに、彼女に対しては、可愛いなぁ、とお人形に向ける様な気持ちがあるだけで、特別な感情はない。ただ少し人見知りされていると感じる程度で。
だから出来るだけ、優しい顔を心がけて眉を下げ、瞳を細める。
先ほどのクライヴの話であったように、魔術を扱えるものはどうしても恐怖の対象になりがちなのだ。だから、同じ女性でも、自分よりもまだ未熟な夫の妹に対して、怖がられないようにだけ気を使って接しているのだった。
しかし、ローズの努力も虚しくカーラは、視線を伏せて、それから母親には飛びつくように元気にやってきたのにローズにはおずおずとドレスの裾をつまみ上げて目を合わせずに「ごきげんよう。ローズお姉さま」と硬くなりながら言うのだった。
……やっぱり怖がられていると思うけれど、あまり距離を詰めすぎるのも良くないと思う。
「ええ、ごきげんよう」
こちらもぎこちなく返事を返すが目線が合うということは無く、彼女が嫁入りするまでの短い期間だけの付き合いになるとはいえクライヴの妹なのだから仲良くはしたい。
その気持ちがあれども焦っては事を仕損じる、慎重さは戦闘においても人間関係においても大切だ。
「……せっかくカーラがいらしたので、私はこれでお暇させてもらいますね。お義母さま。この件は本人の希望もきちんと取り入れた方がいい話ですから」
「あら……それもそうね。呼び出したのにごめんなさいねローズ。また別邸へと伺うわ」
「はい」
言いながらローズは席を立った。それから、伺うようにローズの方を見やるカーラへとローズも視線を合わせて、やはりにっこりと微笑んで見せる。そんな彼女にカーラは一歩引いて、母の陰に隠れるように少し移動した。
「君も良い相手が見つかるといいね」
かがんでそういうと、カーラは、少しふくれっ面になってそれから、母の肩越しからローズを見て言い返した。
「お兄さまもお母さまもいるのだから、あたしは心配してないわ」
「そっか、良かった」
……確かに、私に身を案じられるような立場ではないか。
自分自身はこんな風に、嫁入り先の心配などされたことがなかったし、たまたまクライヴが貰い手になってくれたから今があるようなもの、それに比べて、こんな風に立派な人たちがきちんと準備をしてくれているなら安泰だ。
しかし、ローズはふと思う。彼女、カーラは、クライヴの実母であるセシリアよりもずっとクライヴと距離が近く、たまに夫婦のための別邸をうろついているところを見るのだ。
そんな彼女だったらもしかすると碌に踏み込んだことを話さないローズよりも何かクライヴの今回の件について知っていることがあるかもしれない。
いや、あってくれたらいいなという希望だった。そもそもまったくもって心当たりのかけらもないローズは、身近な人間から何かヒントが得られればいいと一番手っ取り早い解決への道筋を立ててそんな風に考えた。
「そうだ。カーラもクライヴに会うだけじゃなく、私のところにも来てくれると嬉しい、大概は部屋で執務をしているから、いつでも来てね。少しクライヴの事で相談事もあるから」
「……あ、あたしに?」
「うん」
「わかったわ」
なんだか怪訝そうな顔をされてしまったが、あっさりと了承されてローズは、義母の部屋を後にし、空いた午後の時間で狩りへと出かけ、夕食には仕留めた小鹿のソテーが出たのだった。
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