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その4
しおりを挟むいくら恋愛結婚ではない夫婦だといったって、さすがに夕食を別で食べるほどにローズたちは仲が悪いわけではない。
しかしながら仲が悪くなくとも気まずい時というのはいくらでもあるもので、それが今日この日であり、常にこの別邸に住んでいるローズと違って王都勤めのクライヴが休暇で帰ってきているせいもあり、ダイニングテーブルにはつもより豪華な食事が並べられていた。
その中には今日、ローズが仕留めた小鹿のソテーも入っていて、小さく切り分けて口にすると血の滴りそうなほどレアの肉の感触が舌をたのしませる。
……美味しい。
焼き加減もローズの好みのものだった。けれどもどんなに、美味しい食事をとっていたとしても、心は別の事でいっぱいいっぱいだった。
盗み見るように目の前にいるクライヴの事を見やるが、彼は、いつもの通り、凛とした雰囲気のまま何も言わずにただ食事を口に運んでいる。
その所作から何かを読み取ることは出来ないだろうかとローズはクライヴに気がつかれないように彼をじっと見つめて観察し続けていたらいつの間にか食事の時間は終わり、食後のコーヒーを飲んでいた。
丁度彼も同じように食事を終えるところで、一言も話をしないまま晩餐を終えてしまったと終えてから思った。
メイドたちがデセールの皿を下げて、テーブルの燭台越しに見ていた彼は椅子を引いて立ち上がる。なにも会話をせずに一日を終えることは珍しい事じゃない。それはそうなのだが、いつもよりもやや緊張しているせいかどうにもこの沈黙の原因を考えてしまうのだ。
……やはり、私を妻にしたこと、君は後悔している?
そう考えずにはいられない。そのまま、自身の部屋へと戻っていくと思っていた彼は、テーブルを回って、ローズのそばへとやってくる。ローズはその行動に、やっぱり意味が分からないと思いながら、自身も立ち上がって、抱きしめられるのを受け入れた。
「……」
こうして夕食後に抱擁するのが、夫婦生活以外のローズとクライヴの些細な男女の関係らしい部分だった。
あんなものがばれたとしてもこれは変わらないということは、ローズを手放すつもりはないのかもしれない、そんな風に考えた後に、ふと抱き留められた硬いジャケットに嗅ぎなれない香りがした。
とんと彼の肩を押して、クライヴと距離をとる。
彼はそれを初めから想定していたかのように、ぱっとローズから手を離した。
「変な、においがする」
甘ったるいような花の香りを何倍にも濃くしたような香水らしい匂い。ここに勤めているメイドたちがこんな香りをさせることは絶対にない。常に家にいるローズが滅多なことがない限り香水をつけないからだ。
だから彼以外のこの場にいる女性の香りではなく、クライヴの衣類や彼自身にしみついた香りが、ローズに香ったことはすぐにわかった。
距離を置いてそんな風に言うローズに、使用人たちは、普段から物静かだがそれなりに仲の良い二人になにか異変があったことを感じ取り、そそくさとダイニングを出ていく。
呆然とするローズにクライヴは何も言わずに、視線を逸らし、やはり、昨日と同じように、踵を返してカツカツと足音を立てて去っていくのだった。
しかし、ローズはその些細な合間のクライヴの機微を見逃すことは無かった。たしかに、彼が感情をわずかに出したのが見て取れた。
…………すこし、笑ってた?
見て取れたのだが、こんな時にまるでそぐわないその笑みを抑えたかのような表情は不可解過ぎて、クライヴを呼び止めることをすっかり失念して、ローズは、もやっとする違和感にさいなまれながら部屋へと戻るのだった。
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