牽制してくる不倫女は、本当に存在しますか?

ぽんぽこ狸

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その5

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 エイミーは、珍しくこんな夜の時間に机に向かって難しい顔をしている主のローズの事を気遣っていた。とても、頼れる良い主ではあるのだが彼女は男性関係で難しい問題に直面すると解決不能に陥り、ただでさえ魔術を扱う力のある貴族であるだけで怖い雰囲気が、ふだんの三割増しで怖くなってしまう。

 雰囲気だけではなく、その美しい燃え上がるような、ひとくくりにした赤毛と射抜くような瞳も寝不足になって凄みを増してしまい、すれ違う新入りメイドは泣き出してしまうぐらいになってしまうのだ。そればっかりは避けなければ、ローズのお付きのメイドとしての地位が危ぶまれる。

 ローズがこの屋敷に来て以来、夫との関係に悩んでいた時は、二度ほどあった。一度目は、初夜がいつまでたっても迎えられなかった時、二つ目は、まるで日常で接点がないという事に悩んでいた時だった。

 どちらも、ローズは誰彼構わず、射抜くような瞳で見つめ、入ったばかりのメイドが三人もやめてしまった。

 そういう場合にどうやって解決したかというと、告げ口である。素直にローズが悩んでいることをクライヴに伝えたのだった。そうなれば、わりと鈍い我らのもう一人の主であるクライヴも彼女の気持ちを察することが出来る。

 だから今回も同じように、上手く事情を聴きだして、それとなくクライヴに話を通してしまえば、簡単に解決するはず。そのためには、ローズにはエイミーに相談してもらわなければならない。

 なのでランプで灯りをともして真剣に机の上を見つめる彼女の周りをはたきをもってうろうろしながら「ああ~、なんだか今日はひまですね」と適当を言った。

 そもそも、この夫婦は付き合いが長い癖にお互いのことをわかっていなさすぎなのだ。話をすることと言ったら、なんだかぼんやりした内容ばかりで、そのくせお互いの事で悩んでは、ただでさえ怖い魔術持ちのお貴族様の雰囲気をさらに怖くさせて颯爽と屋敷の廊下を歩くものだからたまったものではない。

 ……でもわかっています。ローズ様たちがいるおかげで私たち魔物の沢山出る森の近くでもこんなに安心して仕事ができるんですもの。

 エイミーは少しばかり主の事を面倒くさいと思いながらもそんな風に考えて感謝しつつも彼女の机を覗き込んだ。

 すると、そこに置いてあるものは、明らかにそんな真剣な瞳を向けるようなものではなくて思わず吹き出してしまいそうになった。

 見目麗しい勝気な女性が真剣に見つめているものは扇情的な下着。しかもそれはピンクではっきりというなれば、ローズには似合わない。どこから仕入れてきたのか、いや、どうして今日そんなものを見ながら悩んでいるのかまるで見当もつかずにエイミーははたきを持ったまま固まった。

 ……ええ?せめてこのエイミーに相談して下さればピッタリのものをご用意いたしますのに???

 ローズ様にはこんな色よりずっと黒や紫の方が似合うはずだ。それにこんな余計なフリルなどいらない。彼女はスタイルが抜群なのだから薄布を一枚纏うだけでよっぽど誘惑的な女性になるだろう。

 そこまで考えてからぱっと主がエイミーの方へと振り向いた。

「エイミー。これ、どうおもう?」

 ぎろっと鋭い視線で射抜かれてエイミーは思わず「ひいっ」と小さく悲鳴を上げた。それを座ったままのローズは聞いてハッと目を細めて女性らしく柔らかい雰囲気で笑顔を見せる。

 その表情にホッとして、それから待ち望んだ相談だと思い直して、エイミーは言葉を選んでローズの背後から隣に移動してそれから、持ち前のあまったるい女性らしい声で言った。

「そおですね。可愛いですけれど、ローズ様にはいまいちかと」
 
 少し申し訳なさそうにしながら言うことによって、主の気分を害さないようにと務めてエイミーは冷静にそう口にする。その答えを聞いてローズは、「あ、ああ……ええと」と少しばつの悪そうな顔をして、それからぎこちなく続けた。

「ゆ、友人の話なんだけれど」

 その文言を聞いて、エイミーはピンときた。エイミーはメイドという女の園で働くものの一因だ。大概の場合それがローズ自身の事であることはすぐに想像ができたが、あえて、何も言わずに「はい」とにっこり笑顔のまま聞いた。

「ベットにこれがあったんだ。そんなに仲の悪い夫婦じゃないと思っていたから不思議でさ。それに、今日、知らない香水の香りがついていて……」

 友人の話だと建前をいったローズだったがすぐに忘れて、今日の出来事をエイミーに話してしまうのだった。それについても一切触れずにしかし友人の話というていは忘れずに話す。

 こうして前置きをするということは出来るだけ大事にしたくないというローズの気持ちのあらわれであり、貴族というのは多くの場合、些細なスキャンダルもあちこちでちくちくと言われて話題の種にされるのが常だ。

 情報が確かではない時や、あまり好ましくない情報であるときは、断定的なことを口にしない方がいいしそれを他人にも言うべきではない。

 そう、エイミーは貴族に仕える注意点を思いだしながら、少し元気のないローズの話を聞いた。

「私がこれを見つけてしまったことを知っているはずなのに、弁解をするでもなくてね。……これってやっぱり……」
「……浮気、ですか」
「そうなるよね」

 エイミーの答えに気落ちしたようにローズはそのエロティックな下着に視線を戻しながら、いうのだった。

 あまり落ち込んだり、感情を乱すことの少ない主があからさまに凹んでいるところを見ると、なんだか少し可哀想にも思えて、フォローできるような言葉を探す。

「でもでも、もともと政略結婚ですよね、ローズ様。夫婦生活が無くなったとなれば問題ですけど、そうでもなくただ息抜きや遊びなら……気にする必要もないかと」
 
 男などそんなものだ、 特に貴族男性ともなれば発散する機会は必要な場合もあるだろう。恋愛結婚の場合はそれが許せないという女性もいるが、ローズたちは見て分かる通り、あまりお互いに干渉もしなければ恋愛感情もないように見える。

 意味もなく会いに行ったりもしないし、プレゼントを贈りあったりもしないし、それに夜も、やることをやったらいつもローズは帰ってきていた。さすがに共同生活を送る以上は、ある程度の気遣いは必要になるが、政略結婚の夫婦にはそこまでの愛情など必要ない。

 というか、それをお互いに了承したうえでの距離感だとこの屋敷の誰もが思っていたのだ。むしろ政略結婚にしては仲が良い方だとすら思っていた。

「……そういうもの?」
「ええ」
「そうかな。……私は、どうにもクライヴが他の女性に興味を持ったりできるなんて考えられないんだけど……」
 
 ローズは頭の中であの、戦闘狂が。と付け加えたのだが、エイミーはそれにまったく気がつかずに、自分以外の女性を見るなどありえないと言っているのだと解釈して、ぽぽぽぽっと頭の中で春の花が咲き乱れた。

 ……ええ?!つまりは、お二人は……いえ……すくなくともローズ様は!クライヴ様の事をそういった意味で見ているという事ですか?!こここ、これはっ、驚きです!

「そそ、それはいつからですか?!」
「?……出会った時から」
「ふぇぇ?」
「ふええ?」

 まだ彼女につかえはじめて半年しかたっていない主、新しい発見もあるというもの、それがこんなに素敵な発見だなんてエイミーは運がいい、そう思った。

 それから変な声を漏らすエイミーの真似をローズがして、けれどもそんなことはお構いなしにエイミーはローズに食い気味に問いかけた。

「初めて出会ったのはいつの事ですか!」

 妙に話に食いついてくるエイミーにローズは首をかしげながら答えた。

「……初対面は、学園の入学式だと思う」

 ……では、その時に、一目ぼれを!?

 エイミーは、それなりに歳ごろの女性らしく恋バナが好きでありそして、そりゃあ身近な人間のそれとなると堪らず今ここにいないクライヴの事を思い浮かべてドキドキしながら話を聞いた。

「あの人……主席で入学した私に文句をつけてきたんだよ。君のような女性が、自分より強いはずがないっって」

 ローズは頭の中でその当時の事を思いだし、ノリノリで申し込まれた決闘に参加し、勝利を収めたあの時の爽快な気分を思い出したのだった。

 しかし、エイミーの中では、繊細で天才なローズが男の人に突っかかられたにも関わらず、その相手に恋をしてしまい、これはもう決闘どころではなくなってランデブーを決め込む想像を繰り広げた。それから、学園青春物語の続きを聞きたくなって、「それから、それからどんな風に過ごしたんですか?!」と新しい情報を欲した。

「それからは、同学年同じクラスだったから、それなりに突っかかられたけど……いつから仲良くなったんだっけ?」

 話を聞きたがるエイミーの為にローズは思い出を引っ張り出しながら話をつづけた。

「あ、そうだ。たしか友人が間に入ってくれて、お互いを知れる機会になったんだ」
「ご友人が!」
「うん。トリスタンがね。二人はアドバイスしあった方が強くなれるんじゃないかって言ったんだったかな」

 ……そこから素直になれない、秘めた恋心をもつローズ様とクライヴ様は交流を深めて言ったのですね!!

 エイミーはそのトリスタンとかいう貴族の事など知らなかったが、転機を作った彼はナイスプレーである。

 それから、二人のなれそめについて、エイミーは根掘り葉掘りという言葉が似合うほどに聞きまくり、途中から本来の目的も忘れて、若き日の二人に想像を働かせるのだった。



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