28 / 56
28 なにをしても
しおりを挟むベルティーナが何かを企んでいることはすぐにわかった。
普段からうざったいぐらい絡んできて、自分のわがままを通そうとするのに、それがぴたりと止んで、仕事がサクサクと進んだ。
その自分の都合よい状況に、彼女もカイルに飽きたのだろうと解釈することは簡単だったが、それがもしエリアナに何か害をなすことであるなら話は違う。
……あの子には手を出させない。何があっても……俺が何をすることになっても。
心の底からそう決めているのだ。
カイルの可愛い婚約者……今はもうそうではないけれど、ことがうまく運べばきっとすぐにそういう関係に戻ることができる。
戻ったところでカイルはエリアナに好かれる可能性が皆無になってしまっているわけだが、世の中には愛情のない結婚をしている人間など山ほどいる。
それに今世では、旦那を愛してなくとも、正当な血筋の子供を産んだら好きに浮気をして本当の愛を見つけ、男はその浮気を許すのが甲斐性だという価値観すらある。
彼女はとても難しく複雑な子だ。結婚するまでには整理をつけると言ってくれていたけれど、こんなことがあったからにはその話はチャラになったと思う。
だって、探している人がいるから、不義理なことをしたくないという理由でカイルとエリアナは触れ合うことがなかった。それはカイルも傷つけることになるから触れ合いたくないという話だった。
しかし今はそんなふうに尊重する理由もないほどにカイルはクズになり果てたので、きっとエリアナにとってカイルはどうでもいい存在になったのだろう。
だとしても、彼女がカイルをどう思っていてもそれはカイルが気持ちを変える理由にはなりえない。
前世では、過ぎ去っていく人の後ろ髪を引くようなことだけはしないようにという事ばかり気にしていて、出来ることなどないに等しい状態だった。
しかし今は違う。
ベルティーナの事を考えて彼女の情報を効率よく、確実に得る方法は何だろうかと考える。すると彼女が連れてきた侍女のうちの一人の顔が浮かんで、こっそりと自室に呼び出した。
「……あの、カイル王太子殿下。……このような時間に私に何の御用でしょうか?」
薄暗い部屋の中、赤いランプの光だけがカイルとアドリアの事を照らしていた。彼女の瞳には淡い期待のようなものが揺れ動いていた。
彼女はとてもべったりとした黒髪をしていて、その髪を見た時からカイルはずっと違和感があったのだ。
「いや、ただ俺の婚約者について、最近は会いに来ることも減っただろう? だから一番重用されている侍女であるアドリアの話を聞けたらと思ったんだ」
カイルはいつもの調子で彼女にそう言って手招きをする。
しかしべルティーナの話だと聞いて彼女は少し落胆した様子で「さようですか」と小さくつぶやく。
その様子にカイルはなんだか、少しだけ可笑しくなった。
……これで隠しているつもりなんだろうか。こちらの世界に来てからというのも誰もかれも女性はわかりやすくてありがたい。
昔は、女の子の事なんて男の子以上にわからないもので、それは自分が世間知らずで普通とは違うからだと思っていたが、そうではなかったのだ。
きっと女性たちにとって生物的に劣っていたから相手にされていなくて、どんなにこちらが友好的に接したとしても反応が返ってこないからわからなかっただけだ。
今は打てば響くような反応を誰もがする。
それはまぁ、エリアナ以外に言えることだが、おおむね女性はカイルにいつも期待して接している。
「……いくら、カイル王太子殿下からの直接の頼みであっても、お話することはできません。主を裏切るような侍女は解雇されたとて文句も言えませんから」
アドリアは、入ってきてすぐの位置から、多少カイルの元へと寄ってきて、静かにそう告げた。
「そんなこと、君がそうしたとバレなければ何も問題ない」
「あなた様がそうなさらないと、確信する理由もありません」
「何か契約でも結ぼうか?」
「そんなことをするよりも、私は彼女にただ粛々とお仕えする方が自身の為になると知っています」
少しゆすりをかけてみても、このままでは彼女はうんともすんとも言わなそうな様子で、もちろんいろいろと手はあるだろうが、安直で手っ取り早くて最低な方法をとることにした。
……あの子に、クズだと思われて嫌われてるなら、もうどこまでも俺が外道になったって問題ない。
いろいろと策を巡らせたりしたって結局うまくいくかはわからないし証拠が残るかもしれない。
それなら立場ぐらい使ったって、非道な夢を見せたって確実にあの子の障害を取り除く方を選ぶ。
ふらりと立ち上がって、カイルは、アドリアの方へと足を進める。
「な、なんですか。わ、私に何かあればベルティーナ様も、黙っていません」
「……」
「いくら王太子殿下だとしても、罪からは免れられないはずです」
動揺した様子で後退していく彼女は、最終的に扉の前まで追い詰められて不安そうにカイルの事を見上げている。
しかしそんなことを言うぐらいなら最初から来なければよかったのだ。
その手紙を持ってベルティーナの元にいき、こんな不審な手紙が届いたといえばよかったのだ。
そうしない理由は、微かな希望がその胸に秘められていたからだろう。カイルはそのことをきちんと知っていた。だからこの人を選んだのだ。
もう肌と肌が触れ合うような位置までやってきて、カイルはアドリアの顔の横に手をついて、いつも通りの笑みを浮かべて少しだけもったいつけた喋り方をした。
「……違う。アドリア、俺はただ、ベルティーナを言い訳に君に話があったんだ。警戒させてしまうようなことを言ってすまない」
間をたっぷりと取ってまるで思い悩んでいるみたいに、苦しそうな声を出す。
「は、話……ですか?」
「そうだ……話、それも決してベルティーナに聞かれることは許されない話だ」
「……っ、それは」
「俺は、そう、初めはただ……可哀想な君が不憫でならないと思ったことが最初で興味を引いた」
彼女は乙女のような顔をして、やっぱり彼女で正解だったとカイルは思う。
しかしもう少し、信頼が必要だろう。
結局目標はベルティーナが何をしようとしているかという具体的な情報なのだから、それを聞いても大丈夫なほどにアドリアには、自分を見ていた、カイルの言葉は本当なんだと思わせなければならない。
「それから、君を目で追っていた。ずっと何カ月も。そうしたら気が付いたんだ、君の秘密に」
「……秘密……ま、まさか」
「ああ、君は……アドリアは、ベルティーナの親族なんだろう? その黒い髪はそれを隠すために染めている……いや、染めさせられている」
「っ」
「彼女が聖女だったばっかりに、君はずっと差別をうけて生きてきたんじゃないか? ベルティーナはひどく心の歪んだ女性だ、君のような心の綺麗な人に嫉妬して、いろいろなことをされた、違うかな」
そこまで言うと彼女は、キラキラとした目でカイルの事を見上げてきた。
そうなんだと顔が語っている。
カイルがそのことに気が付いたのは、単に黒髪の人を見る機会は山ほどあって、侍女たちがベルティーナの悪口を言ってもりあがっている時に、一人だけ呼び捨てにしていたからだ。
……こんなにわかりやすいのに、自分を見ていてくれたから言い当てられたなんて思ってしまうのは……そう思いたいという気持ちがあるからに他ならないんだろう。
「……それは、わかってしまわれるんですね。あなたのようなできた人には……」
「もちろん」
「そうなんです、あの女は、本当に性悪で。私の方が姉だというのに、自分が聖女だったからって偉そうに、お父さまにもお母さまにも愛されて」
「つらかっただろ」
「はいっ、はい! 聖女だって事だけが取り柄の馬鹿でクズで性格の汚い女に仕えることを強要されて、知ってますかあの人、男ならだれでもいいんですよ? 本当にビッチで男と見ればすぐに猫なで声を出して」
「うん」
「本当に見苦しい、ああでも、やっぱり汚い女っていうのはすぐに見抜かれるものなんですね」
彼女は、後はもうカイルが相槌を打つだけでペラペラと溜った心の膿を吐き出すだけのマシーンになる。
カイルの胸に飛び込んで口汚く妹をののしり、しまいにはなんだか下世話な話までし始める。
それもとても嬉しそうに。
それにカイルは、女性というのは怖いなぁと少し思って、それからひたすら肯定して慰めてやった。
後は「君の為に情報が必要だ」というとあっさりとベルティーナが計画しているアルカシーレ帝国から来訪する王子の暗殺計画が吐露されたのだった。
73
あなたにおすすめの小説
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
「君の代わりはいくらでもいる」と言われたので、聖女をやめました。それで国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
聖女であるルルメアは、王国に辟易としていた。
国王も王子達も、部下を道具としか思っておらず、自国を発展させるために苛烈な業務を強いてくる王国に、彼女は疲れ果てていたのだ。
ある時、ルルメアは自身の直接の上司である第三王子に抗議することにした。
しかし、王子から返って来たのは、「嫌ならやめてもらっていい。君の代わりはいくらでもいる」という返答だけだ。
その言葉を聞いた時、ルルメアの中で何かの糸が切れた。
「それなら、やめさせてもらいます」それだけいって、彼女は王城を後にしたのだ。
その後、ルルメアは王国を出て行くことにした。これ以上、この悪辣な国にいても無駄だと思ったからだ。
こうして、ルルメアは隣国に移るのだった。
ルルメアが隣国に移ってからしばらくして、彼女の元にある知らせが届いた。
それは、彼の王国が自分がいなくなったことで、大変なことになっているという知らせである。
しかし、そんな知らせを受けても、彼女の心は動かなかった。自分には、関係がない。ルルメアは、そう結論付けるのだった。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる