31 / 56
31 アルフ
しおりを挟むコベット村には小さな屋敷があり、ある程度の来客には耐えられるようになっていて、エリアナたちはリオ王子を待つためにそこで一夜を過ごすことになった。
クリフォード公爵は本来ならばもっと厳重な警備の元、至れり尽くせりなもてなしを受けて然るべき身分だが、ここは自領のクリフォード公爵にとても恩を感じている亜人ばかりが住んでいる場所だ。
この場所で一晩過ごすことには何の問題もない、エリアナも一つの部屋を与えられて、幾分小さなその部屋でディーナとアルフと過ごしていた。
「こら、アルフ。きちんとしなさい。でなければうまく採寸できないでしょう?」
「ヤダ!」
「嫌だからと言って、やらなくていいわけではないのですよ。アルフ」
「ヤダッ!」
丁度獣人の村へとやってきたので、獣の姿の時につけているハーネスを新調しようとディーナが提案し丁度その攻防の真っ最中だ。
いつもは王都から注文書をおくってしばらく時間がかかるのだがこうしてこの場にいるのだから、直接注文をすれば幾分早く仕上がるだろう。
アルフの獣の体は、じわじわと大きくなっていて、エリアナに喜びのあまりとびかかってくるとエリアナが倒れそうなほどであるのだが、それはまぁ仕方がない事として体が大きくなるなら、それに合わせた装備が必要だ。
獣のハーネスを作っている革細工師など亜人以外にいないので注文はいつもコベット村だ。
「しゃんとしなさい、ではないとご褒美はあげません」
「それもヤダー!」
「わがままばかり言って、あなたはいつになったら大人になるのですか」
「お、俺大人だよぉ!」
「いいえ、あなたはまだまだ子供で幼いんです。エリアナお嬢様を見習っていい子になってください」
ディーナは、ふいにエリアナを話題に出してびしっと指さした。そんなことを言ったって、彼はそういう性質なのだエリアナのようにはなれない。
ディーナもわかっているだろう、アルフにどんなふうに言うつもりだろうかと少し気になって読んでいた本から視線をあげた。
「エリアナさまをー?」
「ええ、そうです。エリアナお嬢様……毎日、私に腰に付けた紐をぐいぐいと引っ張られて呻いているでしょう?」
「……うん」
ディーナが言っているのはコルセットの事だろう。
そういう文化なのだからと受け入れてエリアナも装着しているが、やはり体系の維持のためとはいえつける彼女も、つけられるエリアナも大変だ。
「それは今のあなたのようにまだ体が小さなころ、採寸を嫌がってこれからずっと同じサイズの服で生きると言ったので、その服を着られるように腰を小さくしているんです」
「えー……痛そう」
「はい、それはもちろんです。しかし、エリアナお嬢様は大人であなたよりも賢いですから毎朝、あの日に採寸しておかなかったことを後悔しながら必死に耐えているんです。どうですか、偉いでしょう?」
「でも、そんなのエリアナさまが可哀想だ、だって痛いんだろ?」
「そうです、でも一度やったことは取り返しがつかないんです! あなたもそうなりたいですか……?」
ディーナの瞳は鋭く、アルフはクーンと声をあげる。エリアナはそれを見てよくそんな話を思いついたなと思う。
「さぁ、大人しくしていてください。採寸をしますから」
「うん」
不満そうながらも受け入れる彼の耳はぺったりと下がっていていつも楽しそうに揺れている尻尾も地についていた。
テンションが高い彼も可愛いものだが、そうしてしょぼくれている姿も悪くない。あとで沢山撫でてあげて、機転を利かせてアルフにいう事を聞かせてくれたディーナにはきちんとお礼を言わなければ。
どんなことがあっても、凹んでいても彼ら二人が仲良くしているのを見ると気がまぎれる。可愛いなと思いつつもアルフの気を逸らしてしまわないように静かにエリアナは二人を見つめていたのだった。
おやつの草食動物の骨を乾燥させたものをもらってアルフはご機嫌でエリアナにブラッシングをされてくれる。
どんなに梳かしても、梳かしても毛が出てくるのは毛皮を持つ動物の謎である。
髪の気なんかは梳かしたって抜ける髪の数は梳かせば梳かすほど増えていくというわけではない。
それに加えて膝の上に上半身だけ乗せているがそれでも重たい。
アルフは大型犬から超大型犬に進化しているところらしい。通りで緩めに作ってもらった皮のハーネスがきつくなってくるわけである。
「それにしても、あなた、自分のお父さんよりも大きくなるんじゃない? 先祖返りだって言っていたけど、昔の亜人ってどれくらい大きかったの?」
「あう?」
アルフは犬歯でゴリゴリと骨を齧っていてエリアナの言葉を聞いてなさそうだし答えも持ち合わせていないだろう。
エリアナもそんなことはわかっているので質問をしたのはディーナにだ。彼女は荷物を整理していて、明日、リオ王子と合流して帰るだけだとしても、貴族の移動にはそれなりにものが必要になる。
前世のように気軽にリュック一つで一泊二日とはいかないのが面倒なところだ。
「そうですね、たしか、古代の獣人は他の生物同様、四つ足の状態で人の胸ほどの高さがあったと伝え聞いています」
「……そこまで行くと、もうオオカミですね」
「はい、オオカミから進化したともいわれていますし、実際にもう少し成長したらオオカミのようになるかもしれません」
「うーん。なにかの拍子にがぶっといかれないように気をつけないとね……」
「ええ、後はもう、契約とアルフの理性にかけるしかないですね」
エリアナも前世で犬の先祖はオオカミだったという話を聞いたことがあったので素直に大きくなるのも納得できる。
しかし納得は出来てもある程度の大きさで止まってほしいとは思う。
世話も大変になるし、寝床も大きくしなければならないし、餌代も高くなる。
頭に思い浮かんだのは普通の大型犬を飼っている犬飼いのような懸念だったがディーナと共通してもう一つ懸念すべき事項がある。
その部分が前世とは違って少しばかり物騒だが、二人がふとした時に牙でがぶりとやられてしまわないかという点だ。
もちろんそんな間違いが怒らないように魔法を使った契約が施されていて、クリフォード公爵家やその家に属するものを殺害すると彼も死ぬ。
そういう呪いのような契約だ。
それがあるのでおおむね安心だとは思うのだが、ずんずん大きくなっていくので心配ないとは完全には言い切れない。
けれども彼はあぐあぐと骨を齧って、前足で一生懸命押さえてべろべろと舐めている。
その間抜けで可愛い様相に、まあそうなったら仕方ないかとエリアナは半ば投げやりに思う。
「……ことは深刻だというのに、骨一つでこんなに幸せそうなんですから、困ったものです」
ディーナも似たようなことを思ったのか苦笑して、荷物を整理する作業に戻ったのだった。
66
あなたにおすすめの小説
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
「君の代わりはいくらでもいる」と言われたので、聖女をやめました。それで国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
聖女であるルルメアは、王国に辟易としていた。
国王も王子達も、部下を道具としか思っておらず、自国を発展させるために苛烈な業務を強いてくる王国に、彼女は疲れ果てていたのだ。
ある時、ルルメアは自身の直接の上司である第三王子に抗議することにした。
しかし、王子から返って来たのは、「嫌ならやめてもらっていい。君の代わりはいくらでもいる」という返答だけだ。
その言葉を聞いた時、ルルメアの中で何かの糸が切れた。
「それなら、やめさせてもらいます」それだけいって、彼女は王城を後にしたのだ。
その後、ルルメアは王国を出て行くことにした。これ以上、この悪辣な国にいても無駄だと思ったからだ。
こうして、ルルメアは隣国に移るのだった。
ルルメアが隣国に移ってからしばらくして、彼女の元にある知らせが届いた。
それは、彼の王国が自分がいなくなったことで、大変なことになっているという知らせである。
しかし、そんな知らせを受けても、彼女の心は動かなかった。自分には、関係がない。ルルメアは、そう結論付けるのだった。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる