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56 どれだけ変わっても
しおりを挟む「それでこっちの神様にいろんなもの奉納してきたんだけど、よく考えるとあっちの神様だったのかもしれないし実際問題、どういうふうに運命を結んでくれたのかなってのも疑問だよね」
エリアナは、着替えをしているカイルの背中に向かってなんとなく言った。
彼はエリアナとは別に、王族としての仕事があり、格式を慮った服からラフな適当な部屋着に着替えるためにチェストの上に用意された服を手に持っている。
どんな時でも侍女が世話を焼いて、身なりを美しく整えるのが身分の高い人の慣習だ。
しかし転生者が多く、国の最高権力者である王家なのでカイルが自分で着替えているのを含め、そのあたりは本人の裁量に任せられることが多いらしい。
けれども、嫁であろうが無防備な着替えの時に私室にいるという事もこちらの世界では常識外れの事だが、お互いに忙しくしていると身なりを整える時間よりも話をする時間の方が優先だ。
というわけで神に感謝を示すべく、沢山の奉納品をもって、教会へと先ほど行ってきたエリアナはカイルにそんなふうに言った。
すると彼は上裸のまま振り返って、エリアナに返す。
「日本的に考えると、八百万の神々のうちの誰かが異世界の神と交流があって、こういう理由で何とかなんてと話をして、一緒の場所に転生させたとか?」
「なんか庶民的だね」
「それともどこの世界も神様はたった一つの存在で、それが人間から見た時に別々のものに見えてるだけで同じ神様がエリアナの願いに耳を傾けて、俺のところに来させたなんてのもロマンがあるんじゃないか」
「ああ、その方が神様っぽいね」
「ま、どっちにしても感謝を伝えるって事が大事で、良い事だと思う……俺も行ければ良ければよかったんだけど、ごめん、エリアナ」
「いいのいいの、私が出来ることは私がやるよ。人生向き不向きでしょ」
「それは……ちょっと違うと思うけど、でもありがとう」
適当に言葉を交わして、エリアナは姿も見たことがない神様に思いをはせてみた。
前世では神様なんて所詮は幻、人が作り出したものという思想が強かったと思うし、エリアナもとりあえず初詣で祈っておく、ぐらいの人間だった。
けれどもそんな程度の信仰でも、恋人を追いかけて自殺した人間を来世で会わせてくれるなんて、割といい人ではないだろうか。
それも、こんなに幸せな形で。
もちろん、障害はあったし名前は思い出せないし、運命なのかと思い悩んだ日々だって大変だった。
しかし、こうして結ばれてみると、前世でカイルを奪った病魔はスッカリと過ぎ去って彼は今こうして、ものすごく健康を通り越して大概の事では死にそうにない程丈夫になっている。
それはよく考えると、何よりも前世で望んだことでエリアナが欲しかった生活だ。
あの時刺された傷だって、今ではもうまったく跡一つも残っていない。
「……何か気になるとこでもあった?」
エリアナがまじまじとカイルの体を見つめていると、彼は少し気恥ずかしそうにそう口にして、エリアナに問いかけてくる。
彼の裸など前世で山ほど見ているし、今更恥ずかしがるような純粋さも持ち合わせていない。しかし、カイルの方は何故かそうではないようで、少し面白い。
「うん。本当になんにも跡がないんだなって」
「ああ、これか。……本当ならもっとこの力も有意義に活用できると思うんだけど、それこそ神様に褒められるような力の使い方が出来るんじゃないかって」
カイルがそういっている間にエリアナは少し揶揄ってやろうと思い椅子からぴょんと降りて、シャツを着ようとした彼のわき腹をついっと指先で伝ってみた。
「っわ、ちょっ、な、なに?」
「……いや、有意義って、どんな?」
驚いて服を着るタイミングを逃した彼は、シャツを片手に持ったまま、エリアナの疑問に答えた。
「それは、ほら、戦場に出れば死にさえ死ななければ勝ちみたいなものだろ。だから国の騎士たちを先導して、悪い国を撃退したりさ」
もちろんそれはいい事だろうが、エリアナはそういう事をされると少し……いや大分心配になる。
その気持ちを察したのかカイルは続けていった。
「可能性の話だから、実際にやるわけじゃないからそう悲しそうな顔をしないで。それに、実際問題できないし」
「どうして?」
「俺、知ってると思うけど、運動神経が……」
ないとまでは言いたくなかったらしく、苦々しい顔をして口ごもる。
……たしかに、病気のせいでまったくできなかったっていうのもあるし、日々のところどころで元から運動神経悪いんだろうなって思うところあったもんね。
なにもない所で躓いたり、階段を一段踏み間違えたり、リズム感がなかったり、よく考えると彼とダンスを踊ったことはなかったが踊れるんだろうか。
とにかくそんな人間に、剣を握らせて戦争に行かせるのは無理だろう。
ならばいいのだ、やらなければならなくなったら仕方がないけれど、得意として自らやるものでもないはずだ。
「なるほどね」
「……うん」
そうして話を一段落終えると、結局目の前にいる彼の裸体の事が気になって、そろそろ服を着ていいかとこちらを伺うように見てくるカイルのわき腹を今度はガシッとつかんでみた。
「っ、くすぐったいんだけど……」
何事かと驚いて、困った様子でそういう彼に、エリアナは今更思った。
……なんかがっしりしてない?
こんなに健康になって体調も崩すことがなさそうでそのうえ、刺されてもピンピンしているなんてとても幸運だと思ってカイルの事を見ていたのだ。
手があれだけ前世に比べて肉厚になっていたからには、体だって普通に良い体格で、がっしりしている。
「エ、エリアナ?」
体質が改善したのだからこんな夏のビーチでどや顔でナンパなどをしていそうな体つきになったのだって自然な事なのだろう。
運動神経が悪いからと言って体を動かさないのは体に悪い、ある程度、健康と筋肉の為に動いているに違いない。
……それに改めてみると、こんなに立派になって……。
彼を見上げることなどなかったのに今ではこの角度で話をすることが普通だ。
よくよく見れば顔だって違う、彫が深くて西洋風だし、前世ではありえない白髪だ。
「……こうしてみてみると、顔も体も違うんだなって、改めて思って」
「いきなりだな。俺から見た君だって、あの時とは違う……何というか全体的に……小さくなった」
「それは、カイルが健康的に大きくなったからだよ」
「そう? 前世では俺はずっと君に助けられてばかりで、俺にとってすごく大きな存在だったから、立場的にも、肉体的にも君を少しでも守れるようになったから、君がちょっと縮んだように見えるんじゃないかなって俺は思ってるんだけど」
頭をぽんぽんと触れられて、何を言っているんだこの人は。とエリアナは思った。
たしかに、そういう側面もあるかもしれないが、物理的に体格に差が出来たのは事実だろう。
彼はとても大きくなって、平均的な男性のようになり、エリアナはまだ完全に体が出来ていない子供も同然だ。
だからこんなに体格が違って、顔も違って、けれど二人そろってこうしている。
体が変わったって中身はまったく同じだろう。そんなことで、相手に対して感じる心理的なサイズ感が変わったりしない……はず。
しかし本当にそうだろうか。
「俺も、君を守れるくらい強くなって、大きな男? になりたかったから少しでも、体に伴って君にもそういう人間だって思われているとうれしい」
「……」
……体に伴って……。
外見と中身は切って切り離せるものではない。前世のエリアナとカイルの関係性はお互いの肉体に依存していた。
彼は病弱でエリアナは健康で彼を手伝って側にいて愛して愛されて、いつでも引っ張っていくのはエリアナだった。
けれども、こうして体が変わった以上は中身も変わっていく、これからきっとカイルはエリアナと同じようにいろいろな方向に手を引いてくれるだろう。
そして守っても手伝ってもくれるかもしれない。
ではエリアナはどうだろうか。エリアナはこの体になって何が変わるのだろうか。
「……でも、それじゃあ、私は? 私はあなたにとって小さくなって劣化してる? 力を失ってるって事?」
ふと不安になって聞いてみた。
するとカイルは意外そうに目を見開いてから、丁寧に言った。
「いや、俺は君に今だって支えてもらってる、君を守りたいと思って俺はなんでもできる気がする。それに、君はこっちにきてエリアナになって、かつての俺に手を伸ばしてくれたみたいに、いろんな人に手を貸している」
「……」
「その人たちにとって君は何より逞しくて、頼りがいがあるすごい人だと思われてると思う。ただ、状況によって俺たちの関係が変わっただけで君の性質が変わったわけじゃないと思う。俺はそれをすごくいいことだと思ってるよ」
そうしてきちんと言葉にしてシャツを羽織ってボタンを留めて、それから抱きしめてカイルはエリアナの頬にキスをした。
その様子にエリアナはぽつりと思う。
……あなたも昔からそういう優しいところ変わらないんだね。
こういうふうに言ってくれるところが、彼の好きなところなのだ。
好きで大切でエリアナは勇気をもらえる、たとえどんなふうに変わろうとも、変わっていこうとも、それでもそばにいたいと思う理由だ。
「……私、やっぱりあなたが好き。そういう所が好き」
そういって、頬に手を添えて背伸びをして唇を重ねた。
これからも多くの事が変わっていくだろう。しかし二人でならば大丈夫だと思える。暮らす世界も、体も、名前さえも変わっても支え合えるのだから。
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