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召喚者 1
しおりを挟む俺は、自分がどういう人間かを知っている。
簡潔に言えば、発言に深みのない老人みたいなもの、他に例えるなら、甘くないクッキーみたいなものなのだと思う。
……それをつまり具体的にどういった人間だと的確に言い表すのは難しい。
「おめでとうございます!!熱海一泊二日の旅行券!!!一等出ましたーー!!」
「……はあ」
満面の笑みで商店街の福引担当係が俺に向かってそう言った。それほど、めでたい笑みを浮かべられようとも、俺は気の抜けた返事しか返すことが出来なかった。
そんな俺に、無理やり握らせるようにして福引係が装飾過多に飾られた旅行券を渡してくる。
後ろに並んでいる福引待ちの主婦たちは、狙っていた一等を自分の順番の前にかすめ取られて、忌々しげに俺を睨んでいる。
しかし、通りすがりの人々は福引係のならすカランカランという陽気な音のせいで、何かとてもめでたい事なのだと勘違いして微笑ましいような笑顔で歩き去っていくのだ。
「是非!!お子さんや奥さんと楽しんできてくださいね!!」
「……」
渡された旅行券を眺めていると、端の方にご家族全員ご招待の文字が見え、そして福引係の彼女の言葉で察した。
この福引は家族がいる様な人間が回すことを想定していることを。
つまりは俺のような単身寂しい人間が他の暖かな家庭を持っている人たちの幸せを奪い取ってしまったらしい。けれどもここでそんなことをわざわざ言うのもこの場の空気を壊すことになるだけだろう。
「……い、いやぁ、ははっ。妻が喜びます。ありがとう」
「滅相もございません!!ささっ、次の方~!!まだまだ、二等、三等豪華景品がそろっていますよ~!!」
お礼を言ってその列を離れる。それからビジネスバックにさも大事そうにそれをしまい、笑顔を作って帰路に就く。
……こんなことになるなら、酒屋でたまたまもらった福引券なんか使うんじゃなかったな。
夕暮れの街を一人歩きながらそんなことを考える。別になにも悪い事をしたわけでもないのにそんな風に思った。
前記した通り、俺は自分という人間がどんな人間かを知っている。
妻、子供がいないのは、その自分の特性の最たるものだと思うのだ。すべてをそういう人間だからでませるつもりでもないが、どうしたって、その部分に問題があって、この歳になっても独身を貫いているのだと思わざるを得なかった。
どれほど長く付き合った相手でも、俺だからいいのだと言われた事がない。貴方でいい、そう言われて付き合った相手が大半だったと思う。だから、多くの場合には、あの人じゃなきゃダメなの、と言われて別れる羽目になる。
自分はそういう人間だ。
そして、その改善方法を知っているような気もするけれども、分からないような気もする。つまりはそんなことを深く考えたくない。そんなことはどうでもいいから今日もさっさと家に帰って、動画のサブスクでも見て、酩酊して眠りにつく。
そんな日々の方がずっと重要だ。
「━━━━円になります。ご利用ありがとうございました」
「どうも」
だから、つねに自分らしいの範疇から外れないように動いている。
旅行券が当たったから、両親にプレゼントして親孝行するでもなく、職場の妻帯者に譲るでもなく、金券ショップで適当に換金して今日の運を金に換える。
しかし、別にお金に困っているわけでもない。
お金のかかる趣味があるというわけでもないし、苦労して入った会社なので給料もいい。その割に、定時で退社できるのだからホワイトカラーの誰もがうらやむ職場だ。
だから、夕暮れの福引をやっている時間に商店街を通ることもできたし、これからもこんな規格が商店街で催されていたら、一応は今日のようにまた福引を回すだろう。
それもまた、なんとなくだ。そして今度こそハズレを引いて自分の人生には劇的なことは何も起こらないと確信する。劇的に良くならないけれども劇的に悪くなったりしない事に安心する。
そうして、同世代が仕事に子育てに大忙しの時期に自分は自分というただ一人だけの分かりきった自分という存在の機嫌を取り、世話をして生きていく。
こんな人生の事を何と言うだろう。
決して苦悩があるわけでもない、しかし、何かが足りない事は明白だ。
旅行券で手に入れたお金を今度は行きつけの牛丼屋で牛丼を大盛にするのに使う。
旅行券という夢のあるものが自分の手に入ったとたんにファストフードの大盛という現実的で面白味も何もないものに化ける。現実的にすぐに腹が膨れて悪くもないが、勿体ない事をしていることには変わりないだろう。
そうは思いつつも牛丼をたいらげて、アパートに帰る。ここに帰ってくることが出来ると少しだけ安心するような心地になった。なんせ、このアパートには、俺と同じような独居の人間しかいないのだから。
それも活発な新成人、大学生なんかではない。行政からの支援を受けなければ生きられないような病人や、子供にも妻にも見捨てられた老人ぐらいしかこの酷く古ぼけたアパートには住んでいない。
ポケットから鍵を取り出して、がたの来ている鍵穴に無理やりに鍵を差し込んで、力任せにゆすりながら自室の鍵を開ける。
もうすでに辺りは薄暗くなっており、何故か扉の下から、光が漏れているのが見えた。今日は部屋の明かりを消し忘れて家を出てしまったらしい。また電気代がかさんでしまう。
……そうはいってもどうせ一人分の電気代だ。かさんでもたかが知れてるな。せめてそんな話をするような、パートナーがいればまた何か違ったのかもしれないが。
そんなものは存在しない。
こんな人生を何と言おうか。
扉が開く、ドアの向こうは目が眩むほどの眩しい光に包まれていて思わず目を見開いた。
こんな人生をどう言い表すのだろうか。
そんなことを考えている場合ではないのに、その疑問が思い浮かんだ。
答えは今の時点では……こんな人生は”味気ない”とでも言い表しておこうかと、冷静な自分がぽつりと考えた。
光は、目に慣れて治まっていくどころか、どんどんと強くなっている。強すぎる刺激に目を守ろうと反射で手で瞳を覆う。それでも眩しい事に変わりはない。
何が起きているのか、まったく理解できなかったが、その場から退避しようと自然と身を翻して、きた道を戻ろうと考える。
もし、謎にマンションの部屋が光り輝く現象が起きているのだとしたら、今頃、同じマンションの住人達も、慌てて飛び出してくるだろう。それから彼らに話を聞いてこの事態の原因を突き止めればいい。
とにかく今はすぐにここを離れようと、一歩踏み出した。
しかし、なにかに腕を掴まれる。とても強くきつく。
俺の部屋にはそんな風に俺を引っ張るような同居人も、サプライズを仕掛けてくる相手もいないはずだ、それなのに。
「なっ」
そして掴むだけではなくその手は俺の腕を引いた。咄嗟の事に、光の中に頭から突っ込んでしまう。この状況はよくない気がして、踏ん張って外に戻ろうと玄関の床に足をつけようと前にだした。
「っ」
しかし、それは空を切って頭から真っ逆さまに光の中に落ちていく。
眩しい光は目をつむっても、手で遮っても消えることは無い、滅茶苦茶に暴れてもがくのに、何にも触れることが出来ずに、落ちていく感覚だけが光の中で続く。
叫び声をあげることすらできずに、ただひたすらに落ち続けてそのうちに、地面に激突する恐怖から、意識を手放して、味気ない人生にさよなら告げることになった。
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