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渇き 5
しおりを挟む召喚者塔で過ごし始めて、数日が経過した。俺は基本的に執務室にこもって、日がなぼんやりしながら契約魔術の仕事をして過ごしていた。それにはルシアンも必ず同行していて、本を読んでいたり壁際でいつものように俺を眺めていたりする。
ナオは、ナオでリシャールと予定を決めてゆったりとした日々を送っているようだった。たまに運動をしているのを見かけたり、風呂場で鉢合わせることもあったが、あまり長時間一緒にいることはない。
……そもそも学生と社会人だもんな。生活リズムが違うのは当たり前だしな。
そんなことを考えつつも、喉が渇いてマグカップに入れていた赤ワインをごくごく飲み干す。若干酔いが回るが、相変わらず物足りない。しかし他の飲み物よりも喉の渇きが潤うような気がして、昼間からもこれをずっと飲んでいる。
「…………」
それをルシアンはとても複雑そうな顔で見ている。しかしグラスが空くとワインを注いでくれるので、一応は止める気はないらしい。
「なんでそんな複雑そうな顔してるのかな」
今までだってずっとそうだったが、なんとなく、隣でワインを注ぎ終わった彼に聞いてみる。するとルシアンはその顔のまま、俺の方に視線を向ける。しかし、俺は契約書を作る手を止めたくなかったのですぐに、キーボードへと視線を戻して返答をまった。
すると彼はしばらく黙った後、とても深刻そうに言う。
「俺の命はあと数日のうちだろうと思ってな」
「っ、ははっ?どういう意味かなそれ」
「そのままの意味だが」
意味の分からない事を言われて、笑って返すが、ルシアンはまったく冗談のつもりはなかったようで、いたって真面目だった。その話題について深堀しても良かったが、俺が実験的に書いた契約書が出来上がったので、契約書がキンと音を立ててプラスチックの板のようなものが完成する。
……よし。
その契約書を見て、俺は誤字がない事を確認しつつ、ルシアンへと渡した。彼はそれを少し怪訝そうにしながら受け取って内容を見た。
……ここ数日、契約魔法の仕事をしてみて思ったんだが、多くの場合は、誰から誰に物や土地の所有権を移行する、といった契約書が多い。俺はさながら不動産屋にでもなったような気分になっていたが、それは置いておいて、稀になにかの行動を契約するようなものもあった。
それは、例えば労働の契約だったり、中には奴隷契約のような過酷な契約も存在していた。
しかし疑問だったのが、契約の中に命のやり取りをする契約は一つも無かった。もちろんその契約の罰則にもそういった条件が付けられているものは存在しなかった。
そして、この契約魔術、魔法としての有効性がある部分は、契約内容を違えた時らしいのだ。たがえた場合に発生する罰則が強制的な効果を魔法として発揮して自動的に履行されるらしい。
……こうしてたくさん書くのだから、その自動履行の部分を知っておきたいと思うのは当然だろう。
そして契約によって命が簡単に取ったり取られたりできるのなら、ルシアンが黙って寝てる間にでも彼にペンを握らせてサインをさせて味方につけるなんていう手段もとれるだろう。
せっかく持っている元の世界にはなかった超人的な力を有効利用しなければ勿体ない。
だから、今回はあえて過激な内容にした、”契約者である二人がお互いに害をなさない事を誓います”といった具合の内容で破った場合に、罰則として死と記載した。
実際問題こんなものを契約したら、きっとちょっとお互いに触れただけでいつ死ぬか気が気じゃなくなるだろうと思うので、結ぶのならもっと具体的な記載をするが、今回はただの検証なのでその必要もない。
ルシアンはそれを受け取って一通り読んでから俺の方にぱっと視線をよこした。
「まさか、自分にこれを契約しろと言うんじゃないんだろうな」
「……さあ」
俺の予想通りに彼はそういって訝し気に俺を見る。やってもいいとはきっと言わないのだろうが、それでもどう断るのか気になって、何も言わずにルシアンを見返した。
「……」
しかし、何かを言いかけたところで、彼は固まってそして苦し気に考えるようなしぐさを見せた。断り方を考えているのか、別の何かなのか判断はつかない。それに、それだけにしては彼の顔色は少し悪くなっている。もしかすると何か核心的なことに意図せず触れているのかもしれない。
そんな風にルシアンを見ながら考えていると、ノックもなく執務室の扉が開いた。
ノックもなくとは言ったが、ここは俺もナオも使う共同スペースなのでそういう事もあるだろうと思う。
「……リヒトお兄さん」
ひょっこりと顔を出したのはやっぱりナオだった。彼は俺が仕事中だからか少し控えめの声で言った。後ろにはリシャールもいる。
「どうしたのかな、ナオ」
作業中でもなかったのですぐにナオの方を見て返答すると、彼は、もじもじしたまま、俺の返答に若干ビクつきつつ「ア、アノ……」と切り出す。
「僕、これから晩御飯、食べってき、きます」
「ああ、いってらっしゃい」
俺がそう返すと、やっぱりナオはびくっと反応してそれから、自分の髪を小動物みたいにくしくし触って、何故か少しだけ気合いを入れて俺を見た後やっぱりしょんぼりしながら「はい……」と言って出ていくのだった。
……そういえば昨日もおとといも晩御飯食べに行きますって報告していたな。まだ仕事は出来ないはずだけど、退勤の挨拶のつもりかな?まだ若いのに律儀だな。
俺は昼頃に目が覚めて深夜に眠る生活をしているせいで、まだまだ働くつもりでいるが、普通の社会人ならばそろそろ仕事を切り上げて家に帰って晩御飯を食べるのが普通だろう。
納得しつつも、ルシアンの方をみると、ナオが去った後の扉を彼はじっと見つめていて、先程まで何やら思いつめて悩んでいる様子だったのが嘘のようだった。
しかし、俺の視線に気が付いてこちらに視線を戻して手元の契約書を見ると彼は、はあ……と大きく盛大な溜息をついた。
「……本来ならこれは召喚者に話すことじゃないんだ。しかし、これを秘密にしたままでは……いつか自分が痛い目に遭わされる可能性もあるかもしれない。それを加味して、君にだけ話すんだからな?」
「前置きはいいよ。何か言いづらいことなのかな」
ルシアンは眉間を押さえて、俺に向かって契約書を突っ返してくる。
「まず第一に、その契約魔法では、命についてのルールは有効に作ることが出来ない。魔術の本にもその記載がされていないので俺で試そうとしたのだろうがこの契約書はそういう意味で無効だ」
彼はそう断言した。たしかに、魔法を学ぶのにちょうどよいと言われていた魔法初学者向けの本にも記載がなかった事項だ。
それに、そこから不審に思ったのも事実だった。
……だって、ここの本、いや、この塔の中にある本。すべて、フィクションの物語についてはその限りではないが、俺たち召喚者が知るべきではない事について、まるで戦後の日本の教科書みたいに塗りつぶされているんだからな。
誰だって、不気味に思ってそんなに隠さなければならない事があるのかと思うだろう。
「そして、命のやり取りができる魔法は契約魔法ではなく別の名前がある」
ルシアンは意を決したように俺にそう言った。これが何か重要な意味を持つ事実であるということは確定だが、どんな風に俺たちに関わっているのか分からない。
「それは血盟魔法と言って、お互いの魔力を認証させた命の契約だ。破れば死、という条件の逃れることの出来ない魔法……通常人間には使うことが出来ない……ので君らには言う必要もなければ知る必要もないはずの知識だった」
「しかし俺が人間ではないから、もし何かの拍子に使えてしまった時……ルシアンが困るって話かな」
「そうだ。その可能性を考えずに、いるよりも、自分が君に言った方が幾分マシだろ」
「……それはそうだろうね」
考えた末に出した結論だけあって納得のいく答えだった。それに彼の言い分からすると、俺が使える可能性が高いのも事実らしい。
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