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本当に安心できる事 5
しおりを挟むリシャールは眉間に深く皺を寄せて、僕を睨むように見た。怒られたらきっと、もっとつらくなると分かっていても、訂正も嘘も言えなかった。
「……だから、やったの」
「そそ、そうです」
「これも、きっと同じなんだろうね」
リシャールはそう言いながら、水の魔法に包まれた僕の手から少し離して、親指を撫でる。
噛んでしまって深爪なのでピリピリして痛い。それに間違ってない。ちゃんと自覚してないだけで分かっていてやっている。
そんな心の機微がわかるような人だともそもそも思っていなかったので少し驚いた。
「……これからも、同じように……するんだろうね。なんか、分かるよ」
なんだか不思議な雰囲気の言葉と、まずは否定されなかったという安堵の気持ちになって、しっとり響くリシャールの低音の冷たい声が、良く響く。
冷たいけど優しいような声をしている。冬の昼下がり、日は陰って空は黒い。
部屋のなかだけが暖かくて、隙間風が僕らの間をふっと通り過ぎた。
痛みがゆっくり引いて、リシャールは、じっと僕を見たまま目を細めて耳をぺたんと下げたまま言う。
「さみしいのが、辛いの?」
「……帰れないのも、と、あと、怖いのと、痛いのも、誰も僕を必要としてないのと、全部です」
「そっか」
ため息と一緒に言ったようなその言葉が、呆れなのか、同情なのか何なのかまったくわからなくて、リシャールをうかがった。
「そうだね」
納得するようにそういって、やっと治った手を水の魔法から解放して、両方の手で握るようにして言う。
「……俺は、ナオくんの事、大切にしたいと思ってるよ。大事にする。本当に大丈夫になるように君を守るよ」
唐突に言われたかった言葉を言われて、でも喉の奥に引っかかる。
思う所はあるけれどもリシャールは強くて、沢山気配りしてくれていい人だ。
でも、僕の事好きになってくれたりはしなくてそれに、こんなに真剣に言われても、嘘は消えない。
「それじゃあ、だめ? 気休めにはならない? 俺はもう君がいないなんて考えられなくなっちゃったよ。……だから、痛いのはやめて、自分を傷つけちゃ駄目だよ」
まるで本物の心配みたいに言われて、心が変になってしまいそうで、たしかに心配かける様な事をしてしまったと良心が痛む。
でも、そんなに言ってくれても、リヒトお兄さんが逃げ出すような、危険からは僕を逃がしてくれたり、知らせてくれたりはしない。
……だからそれって本当は、全部嘘って事です。子供だからって見くびって大切だって言っておけばいいやって責任もたずに言ってるだけじゃないですか。
僕みたいなストレスで自分を傷つける様な子供は恥ずかしいから!
「やです。……嫌です」
「……どうして」
「安心できない、です。わ、わかんないです、僕、それじゃ、嫌です。っ、子供だから適当言っておけばいいって思ってるんでしょ!! 安心なんてできませんっ、放っといてください」
手を振り払って、立ち上がる。どこかに行こうと思ったけれども、よく考えてみるとリシャールの大きなシャツを一枚着ているだけで下着とズボンが足りていない。
威勢よく言っても、どこにも行けずに、その場を謎にうろうろしてから同じように立ち上がったリシャールを見上げた。
洋服をもらおうと思ったのに、彼はまだ難しい顔をしていて、ゆっくりと左右に尻尾を振ってシルバーのアクセサリーを揺らしていた。
「……ナオくんみたいなのを放っておくとどうなるのか、俺、知っているよ」
「っ?」
「それじゃあ、嫌だよ。……ごめんね、ちゃんとお世話してあげられなくて、苦しい思いさせて、ごめん。どうしたら安心できるのか、教えてほしい」
両肩を掴まれて、逃げられない。こんなに拒否したのに、彼はまだきちんと僕の要望を聞こうとしてくれている。
話し合って分かりあったら、引っかかっているものを解消できるだろうか。
怖くなくなるだろうか。でも、もしそうなったとして嘘が分かったとして、それで、僕とリシャールの関係ってどうなるんだろう。普通にこれからも色々面倒を見てもらってそばにいてもらう?
……でもそれって仕事上の関係ですよね。僕、居なくてもいいじゃないですか。僕じゃなくても。
そんな風に考えてから、昔の彼女が言っていた文句や不満と僕自身が同じことを考えてることに気がついた。そして彼女が、もっぱら僕に求めてきた安心させる方法は、誰でも出来る行為だ。
というか、こっちの世界は男とか女とかあんまり関係ないのかもしれない、だって、ヒリトお兄さんとルシアンはあんなことになっていたし。なにより、そうなったらきっと確かに、守られて当たり前になれて、安心できるかもしれない。
僕だってもう何でもいいから、そういうつながりが……欲しい。
ないと寂しくて、一人ぼっちで、帰れない事にずっとずっと苦しんでしまう。
それは、辛くて、怖い。
「……子供だましは、いやです」
「うん」
その選択が、果たして正しいものかはわからない。彼のついている嘘を僕が問いただして、彼が豹変したらどうしようという怯えがまったくないまま選んだ要望かどうかは分からなかった。
「僕大人で、そういう風に、言葉だけで言っておけばいいって思ってるの分かりますもん」
「……そうなんだ」
「はい。ダ、だから、ぼ、僕のこと大人として、ちゃんと、一人の人間として、言ってるって、示して」
肩を掴まれたまま、俯く。無理なんてことないだろうと思う。だっていつも僕のこと可愛いっていうし。
「ア、あんしんっしたいんですっ」
「……」
思い切って口にすると、リシャールはしばらく黙ってそれから、僕の頬に手を添える。それから、おっきなその手の甲で僕の頬を撫でた。
「意味、わかってるの」
聞かれて、今になって心臓がばくんと大きく音を鳴らす。それでも、躊躇してると思われたくなくて、すぐにうなずいた。
「……痛くて、苦しかったりするよ」
その冷たい声を聴いて、脅かされてるのかと思って、子供扱いされるのが嫌でばっと顔を上げて、必死ににらみながら言った。
「いいデスッ、痛くてもいいし、その方が、辛かったって、ちゃんとわかるから」
「俺はなんでそういう風にナオくんが自分に当たるのかよくわかんないよ。爪噛んだり、ひっかいたり、痛いでしょ」
「……もっと、それより、ずっと、ずうっと。い、痛かったからです。こっちが」
言いながら、胸元をぎゅっと押さえる。
「でも、受け入れないと、普通にできないから、忘れようとするんです。ででで、でも、それじゃ気持ちが可哀想だから、残しといてあげるとちょっとだけ、マシです」
「そうかな。言えばいいのに、苦しいって」
「……言ったらしんぱい、すす、する、から」
もごもごというとリシャールは僕の頬を撫でていた手を止めて、僕を抱き寄せる。
その人肌の感触は、驚くぐらいに久しぶりで、すごく緊張してしまう。
「ああ、そっか。そうだね。君みたいなのって、皆そう。優しいから、可哀想で、可愛くて、大切にしないと、すぐに……」
言いながら抱きしめられて、大きな体に包まれると、もう後戻りが出来ない事を理解した。
「でも、ナオくんは、俺が守ってあげるからね。好きだよ」
言われた言葉に耳を疑った。リップサービスなのか、なんなのかまったくわからなかったけど、心臓がバクバク跳ねる。
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