117 / 156
生きるためには 3
しおりを挟む灰皿を手に持って、もう片方の手で煙草を吸う。
煙が肺に入って、久しぶりの感覚にクラっと来るのをすこし、懐かしく感じながら、煙を吐き出す。
適当に吐き出していたけれど隣にいるナオくんにかかってしまうかもしれないと思い返して急いで反対側をむいてはあっと息をついた。
こんなものなくても特に気にしていなかったのだが、こうして思いだすと稀に吸いたくなる。
……子供がいるときには吸わないんだけどね、今日だけ特別。
事後の雰囲気を味わうみたいにして、ひと息、深く吸い込んだ。
それからまだまだ吸えるけれどもそれを灰皿に押し付けて消して、テーブルまで歩くのが面倒だったので床に置いて、隣で布団を抱き枕のようにして眠っているナオくんの事を見た。
彼はあんまり泣いたからか、目元が赤くなっていて、乱れた髪と一糸まとわぬ姿にそういう行為をした後だと一目でわかる容貌をして眠っている。
……えろ……いね。……だめだめ、俺まで尽き果てるぐらいしたらナオくん死んじゃうって。
もたげてきた邪念を振り払って、尻尾を内側にもってきて片手でそのシルバーのアクセサリーをいじった。
病魔を討つと言われているこの銀アクセサリーは、初めて先祖返りした時に、親がどうにか獣人らしく生きられるようにとつけたものだ。
けれども、そんなものつけたって野に放って俺を捨てたのだから、彼らの自己満足だったのだと思うけれど、親からもらった物はこれ以外ない。
あとはぼちぼち、先祖返りするたびに増やしていったらいつの間にかこんなにたくさんつける羽目になった。
……でも、今回は。増やさなくてもいいね。
義務感で増やしていたのに自然とそう思う。
もう、炭だけになっている暖炉の炎の灯りは弱くて、でも獣のこの目ではそんな暗闇も気にならない。
隣に愛おしい子が眠っている。俺はもう、自分を失うことを恐れる必要がなくなった。全部、彼のおかげだ。
ああしてたまたま先祖返りを起こすことになったけれども、本当に奇跡のような確率で彼が素敵な魔法を持っていたおかげで、こうしていられる。
それはまたとないような出来事で、俺に幸運の奇跡が起こったようにきっとナオくんには……不幸の奇跡が起こったのだろうと思う。
俺とナオくんは今は同じ同族で、同じ生き物だ。
……人間だから、俺とは違うからって、生贄の事気にしないようにしてたけど、それって、同じ力をもっていて、同じように話して、行動して、笑ったり傷ついたりするのに、誰かに命を奪われるのが嬉しいわけないって今ならわかる。
身内にしたいと思ったから、そう思うだけなのかもしれないし、実際問題ここまで深く関わらなければ、きっとこう考えることもなかったと思う。
でも今は、利己的で、身勝手な考えだけど、ナオくんが死んでいいなんて思えなかった。
こんなに傷つきやすくて、繊細なのに大義を背負って死んでいくことを自分の中に落とし込んで納得して、それでも良いというなんてできないと思うし、させてしまってはいけないと思う。
……この子を守りたい。
強くそう思う。
でも彼の命はすでに契約の上に存在してしまっている。
この世界に来た時からそれは決まっていて、逃げることは許されないようになってる。こうして出会えた俺の奇跡は、ナオくんの命の犠牲の上に存在してる。
そんなのは、どうしようもなく不条理で、自分だけが病を患って獣人らしく生きられなかった時のように、特別自分に都合が悪く世界が回っているような気さえした。
事実を見ないふりをして、このままどこかに逃げてしまえたらいいのにと思うけれども、それを許さない刻印が彼自身にきざまれていて忘れさせてはくれない。
尻尾のない滑らかなおしりの上、丁度腰の真ん中に、血盟魔術できざまれた生贄の証たる刻印。
こんなもの入れられて、勝手につれてこられて、本当に不運だと思う。
でも、不幸を嘆いているばかりでは始まらない。やれることを考えていかなければならないだろう。
しかしそれも今の状況は非常に厳しいとしか言いようがなかった。
リヒトがいなくなった、この事実が一番大きい。
もともと生贄は二人必要だけど、最低限一人は必ず送り出す決まりだ。それ以外はレジス様と話し合ったりして随時決めたりする場合もあると聞いている。
だから、そのリヒトがいなくなったとなれば、ナオくんは戻ってからすぐに生贄として送りだされても不思議じゃない。
……大前提として、ルシアンは死んでるんだろうね。
まずはそう考えるのが妥当だろうと思う。リヒトが何らかの理由で俺たちの嘘に気がついた。それから、情報を引っ張れるようにルシアンを連れて馬車から離れる。
多分、その隙を突かれて御者に成り代わった反レジス派閥の過激派がナオくんの暗殺を計画してああなったのだろう。
俺たちの元に起こった昨日の事柄は、リヒトが逃亡したことによって引き起こされた副産物だ。
ルシアンがしくじって致命的な情報を漏らしたのか、もしくが血盟魔法を使える純血の吸血鬼だから何かを知ることが出来たのかはわからない。
なににせよ、自分たちを殺そうとしている相手にリヒトは容赦をするだろうか。
……しないよね。そういう柄じゃなさそうだもん。それにルシアンだって役目を放棄するような性格じゃない。きっと、命を救ってもらう代わりに情報を話したりはしていないと思う。
そうなると、リヒトは一人で行動しているんだろう。
リヒトだって馬鹿じゃない、血盟魔法が使えるのだから、その強制力を理解しているはず、行方をくらませてそのままとは考えられない。
きっとその血盟魔法の契約書を使って当然、レジス様との交渉に持ち込もうとするだろう。普通の人間だったら早々に兵士にでも捕まって、生贄にされるのがオチだけど、リヒトはすごく力のある存在だ。
ルシアンを殺して食べちゃったんならなおさらね。
王族だって、いくら盟友の誓いがあるといっても兵士をむやみに減らしたりはしたくないだろう、きっとリヒトとの交渉になる。
……そこだよね、ナオくんが生きる道を作るんだとしたら、その時にリヒトを俺が何とか無力化するとかして彼を生贄にしてナオくんの命をつなぐために動くしかない。
そのぐらいしかまともな考えが思い浮かばなかった。けれど、どう考えても、リヒトに殺されるだけの未来しか予想ができない。
俺たちには手札が足りない。望みを叶えるためには手札が必要だろう。
……じゃあどうする?
今から急に強くなったりはしないし、協力者を募る当てもない。そうなると何か一番大切なもの以外で犠牲を払うほかないだろう。
よく考えなくても、すでに答えは出ているような気がした。前に一人だけしか生贄を用意できなかった時の伝説は覚えている。
……神託の下って、血筋の尊い姫が一人、神の御許へと向かったんだったね。
つまりは召喚者ではなくとも生贄は務まる。この血は獣の混じった人間とは違う生き物だけど、それでも今回、リヒトのような鬼族が選ばれて、生贄となる。
だったら人間にこだわらないのではないだろうか。俺だって、血筋だけなら尊いといえば尊いし。
一か八かの賭けだけど、何もしないよりもずっといい。ナオくんが怖い思いをもうしなくていいように彼を守ると約束して、大切にすると言った以上、つがいを守るのは俺の役目だ。
自分がどうなるかよりも、大切なことはこの世に存在する。
その”大切な事”を作るというのが身内を作るということで、俺が絶対にできないと思っていたことだ。
そんな、一番の醍醐味と言っていいような事だけでも成せるならば幸福だと思う。たとえ、ずっとそばにいて長い時を幸せに過ごすことが出来なくても。
「……ねえ」
そんな風に考えを巡らせていると、ふとナオくんの声がして、ぱっと耳を向けてから、振り向いた。するといつの間にか目を開けて、寝そべったままこちらを見ているナオくんの姿があった。
「ちょっと、触ってもいいですか」
そういって、ちらっと見る先には俺のしっぽがあって、ナオくんの瞳はとろんとしている。
少し寝ぼけているのだと思う。
音は立てていなかったけれど、眠ってからそれほど経っていなかったので、煙草を吸ったりして俺が動いていたことで起こしてしまったのだろう。
「……いいよ」
「やったぁ」
笑みを浮かべて、そばに来てゆっくりと子猫でも撫でるみたいに優しくしっぽを撫でる、ナオくんはいつまた眠ってしまってもおかしくない様子だった。
31
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる