異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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生きるためには 3

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 灰皿を手に持って、もう片方の手で煙草を吸う。

 煙が肺に入って、久しぶりの感覚にクラっと来るのをすこし、懐かしく感じながら、煙を吐き出す。

 適当に吐き出していたけれど隣にいるナオくんにかかってしまうかもしれないと思い返して急いで反対側をむいてはあっと息をついた。

 こんなものなくても特に気にしていなかったのだが、こうして思いだすと稀に吸いたくなる。

 ……子供がいるときには吸わないんだけどね、今日だけ特別。

 事後の雰囲気を味わうみたいにして、ひと息、深く吸い込んだ。

 それからまだまだ吸えるけれどもそれを灰皿に押し付けて消して、テーブルまで歩くのが面倒だったので床に置いて、隣で布団を抱き枕のようにして眠っているナオくんの事を見た。

 彼はあんまり泣いたからか、目元が赤くなっていて、乱れた髪と一糸まとわぬ姿にそういう行為をした後だと一目でわかる容貌をして眠っている。

 ……えろ……いね。……だめだめ、俺まで尽き果てるぐらいしたらナオくん死んじゃうって。

 もたげてきた邪念を振り払って、尻尾を内側にもってきて片手でそのシルバーのアクセサリーをいじった。

 病魔を討つと言われているこの銀アクセサリーは、初めて先祖返りした時に、親がどうにか獣人らしく生きられるようにとつけたものだ。

 けれども、そんなものつけたって野に放って俺を捨てたのだから、彼らの自己満足だったのだと思うけれど、親からもらった物はこれ以外ない。

 あとはぼちぼち、先祖返りするたびに増やしていったらいつの間にかこんなにたくさんつける羽目になった。

 ……でも、今回は。増やさなくてもいいね。

 義務感で増やしていたのに自然とそう思う。

 もう、炭だけになっている暖炉の炎の灯りは弱くて、でも獣のこの目ではそんな暗闇も気にならない。

 隣に愛おしい子が眠っている。俺はもう、自分を失うことを恐れる必要がなくなった。全部、彼のおかげだ。

 ああしてたまたま先祖返りを起こすことになったけれども、本当に奇跡のような確率で彼が素敵な魔法を持っていたおかげで、こうしていられる。

 それはまたとないような出来事で、俺に幸運の奇跡が起こったようにきっとナオくんには……不幸の奇跡が起こったのだろうと思う。

 俺とナオくんは今は同じ同族で、同じ生き物だ。

 ……人間だから、俺とは違うからって、生贄の事気にしないようにしてたけど、それって、同じ力をもっていて、同じように話して、行動して、笑ったり傷ついたりするのに、誰かに命を奪われるのが嬉しいわけないって今ならわかる。

 身内にしたいと思ったから、そう思うだけなのかもしれないし、実際問題ここまで深く関わらなければ、きっとこう考えることもなかったと思う。

 でも今は、利己的で、身勝手な考えだけど、ナオくんが死んでいいなんて思えなかった。

 こんなに傷つきやすくて、繊細なのに大義を背負って死んでいくことを自分の中に落とし込んで納得して、それでも良いというなんてできないと思うし、させてしまってはいけないと思う。

 ……この子を守りたい。

 強くそう思う。

 でも彼の命はすでに契約の上に存在してしまっている。

 この世界に来た時からそれは決まっていて、逃げることは許されないようになってる。こうして出会えた俺の奇跡は、ナオくんの命の犠牲の上に存在してる。
 
 そんなのは、どうしようもなく不条理で、自分だけが病を患って獣人らしく生きられなかった時のように、特別自分に都合が悪く世界が回っているような気さえした。
 
 事実を見ないふりをして、このままどこかに逃げてしまえたらいいのにと思うけれども、それを許さない刻印が彼自身にきざまれていて忘れさせてはくれない。

 尻尾のない滑らかなおしりの上、丁度腰の真ん中に、血盟魔術できざまれた生贄の証たる刻印。

 こんなもの入れられて、勝手につれてこられて、本当に不運だと思う。

 でも、不幸を嘆いているばかりでは始まらない。やれることを考えていかなければならないだろう。

 しかしそれも今の状況は非常に厳しいとしか言いようがなかった。

 リヒトがいなくなった、この事実が一番大きい。

 もともと生贄は二人必要だけど、最低限一人は必ず送り出す決まりだ。それ以外はレジス様と話し合ったりして随時決めたりする場合もあると聞いている。

 だから、そのリヒトがいなくなったとなれば、ナオくんは戻ってからすぐに生贄として送りだされても不思議じゃない。

 ……大前提として、ルシアンは死んでるんだろうね。

 まずはそう考えるのが妥当だろうと思う。リヒトが何らかの理由で俺たちの嘘に気がついた。それから、情報を引っ張れるようにルシアンを連れて馬車から離れる。

 多分、その隙を突かれて御者に成り代わった反レジス派閥の過激派がナオくんの暗殺を計画してああなったのだろう。

 俺たちの元に起こった昨日の事柄は、リヒトが逃亡したことによって引き起こされた副産物だ。

 ルシアンがしくじって致命的な情報を漏らしたのか、もしくが血盟魔法を使える純血の吸血鬼だから何かを知ることが出来たのかはわからない。

 なににせよ、自分たちを殺そうとしている相手にリヒトは容赦をするだろうか。

 ……しないよね。そういう柄じゃなさそうだもん。それにルシアンだって役目を放棄するような性格じゃない。きっと、命を救ってもらう代わりに情報を話したりはしていないと思う。

 そうなると、リヒトは一人で行動しているんだろう。

 リヒトだって馬鹿じゃない、血盟魔法が使えるのだから、その強制力を理解しているはず、行方をくらませてそのままとは考えられない。

 きっとその血盟魔法の契約書を使って当然、レジス様との交渉に持ち込もうとするだろう。普通の人間だったら早々に兵士にでも捕まって、生贄にされるのがオチだけど、リヒトはすごく力のある存在だ。

 ルシアンを殺して食べちゃったんならなおさらね。

 王族だって、いくら盟友の誓いがあるといっても兵士をむやみに減らしたりはしたくないだろう、きっとリヒトとの交渉になる。

 ……そこだよね、ナオくんが生きる道を作るんだとしたら、その時にリヒトを俺が何とか無力化するとかして彼を生贄にしてナオくんの命をつなぐために動くしかない。

 そのぐらいしかまともな考えが思い浮かばなかった。けれど、どう考えても、リヒトに殺されるだけの未来しか予想ができない。

 俺たちには手札が足りない。望みを叶えるためには手札が必要だろう。

 ……じゃあどうする?

 今から急に強くなったりはしないし、協力者を募る当てもない。そうなると何か一番大切なもの以外で犠牲を払うほかないだろう。

 よく考えなくても、すでに答えは出ているような気がした。前に一人だけしか生贄を用意できなかった時の伝説は覚えている。

 ……神託の下って、血筋の尊い姫が一人、神の御許へと向かったんだったね。

 つまりは召喚者ではなくとも生贄は務まる。この血は獣の混じった人間とは違う生き物だけど、それでも今回、リヒトのような鬼族が選ばれて、生贄となる。

 だったら人間にこだわらないのではないだろうか。俺だって、血筋だけなら尊いといえば尊いし。

 一か八かの賭けだけど、何もしないよりもずっといい。ナオくんが怖い思いをもうしなくていいように彼を守ると約束して、大切にすると言った以上、つがいを守るのは俺の役目だ。

 自分がどうなるかよりも、大切なことはこの世に存在する。

 その”大切な事”を作るというのが身内を作るということで、俺が絶対にできないと思っていたことだ。

 そんな、一番の醍醐味と言っていいような事だけでも成せるならば幸福だと思う。たとえ、ずっとそばにいて長い時を幸せに過ごすことが出来なくても。

「……ねえ」

 そんな風に考えを巡らせていると、ふとナオくんの声がして、ぱっと耳を向けてから、振り向いた。するといつの間にか目を開けて、寝そべったままこちらを見ているナオくんの姿があった。

「ちょっと、触ってもいいですか」

 そういって、ちらっと見る先には俺のしっぽがあって、ナオくんの瞳はとろんとしている。

 少し寝ぼけているのだと思う。

 音は立てていなかったけれど、眠ってからそれほど経っていなかったので、煙草を吸ったりして俺が動いていたことで起こしてしまったのだろう。

「……いいよ」
「やったぁ」

 笑みを浮かべて、そばに来てゆっくりと子猫でも撫でるみたいに優しくしっぽを撫でる、ナオくんはいつまた眠ってしまってもおかしくない様子だった。




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