異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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 ……リシャールは嘘をついています。リヒトお兄さんは帰ってきません。ルシアンは今、投獄されているらしいです。

 皆きっとボクの事なんてどうでもいいのかもしれません。

 部屋で一人、ムーンハープを弾きながらそんな風に考える。リヒトお兄さんとルシアンは言わずもがな、リシャールもここ最近忙しそうで僕に塔の中から出るなとだけ言って、お仕事に行くようになった。

 そうすると必然的に一人で過ごす時間が増えて、手に入れた魔法で色々なことをしてみたりするけれども、結局はいつもの通りになれた曲をループで弾いてしまう。

 それだって仕方がない事だと思う。

 この世界にスマホは無いし、音楽だって聴けない、だから、こうして懐かしい曲を自分で演奏する以外ない。それにこちらに来てもうすでに数えていないけれど三カ月ぐらいは経った。

 季節一つ分で元の世界に帰れるという最初の話が、どうやら怪しい事は僕にもわかった。

 窓の外で、キラキラと星が光る。

 あの世界には僕の手は届かない。

 行こうと思えば行けるけど虚しくなるからやめることにしている。

 浄化の泉から何とか乗り合いの馬車に乗って帰ってきて、僕たちは、まずすぐに王宮へと向かった。

 リシャールが予想した通りに、リヒトお兄さんは第一王子のアリスティドさまに面倒を見てもらっているらしくて、召喚者塔には帰ってこられず、ルシアンは何故か罪を犯して投獄されていた。

 それと帰ってきてからすぐに契約の更新の儀式が行われるはずだったのにそれも先送りになって、神様からの神託によって、今回の儀式に赴くのは僕かリヒトお兄さんかのどちらかだけという話になったらしい。

 それが決まるまでは儀式もお預け、また召喚者塔での待ちぼうけの日々。

 いつになったら、帰れるのだろうということは、考えないようにして、目をつむって、あれから優しく接してくれるリシャールと肌を重ねた。女の子になったみたいで、少しは安心するけれど、それもその時だけ。

 ……これからどうなるのか、全然わかりません。それに僕がどうしたらいいのかもわかりません。

 自分にできることがないのか、なにかを行動すれば変わるのかそんなことも分からなくて、弦をはじく。

 あんなに、いい人だったのにどうしてルシアンは捕まってしまっているのだろう。リヒトお兄さんも何故一度逃げてそれから、アリスティドさまの元にいるのだろう。

 疑問はつきない。でも、回答はどこからも得られない。そのことにため息をついた。

 それから、ふと違和感を感じて、自分の部屋の入り口を見た。ゆっくりと扉が開いて、そこからは、見覚えがあるような気がする男が入ってくる。

「ナオ、会いに来た、久しぶり」
「……あ」
「思いだしたか?」

 その声を聴いて、すぐにピンとくる。たまに僕の夢に現れていた人だと思う。彼が何ものか僕は知らなかったけれど、こんな容姿だったかな、と疑問に思った。

「こ、怖そうです」
「この体がか?」
「はい、酷い事しませんか」
「しない」
「そうですか、どうぞ」

 彼は声にあっていないのっぽで赤毛の男性だった。刺青もはいていて、ピアスもしていて少し怖そうだった。しかし、身なりは普通によさそうな服を着ていて落ち着いた印象だ。

 イスを勧めるとそこにはなかったはずの椅子が現れて、窓が見える位置に座っている僕の斜め向かいに、彼は座る。

「主導権はお前か。珍しい事もあるらしい」
「……当たり前です。僕の夢ですから」
「普通は黒魔法なんて持っていないんだ、お前はよほど他人に干渉するのが好なんだろう」
「そうですか? よくわ、わかんないです」

 彼は、表情を動かさずに声だけで面白がっているように言って、その椅子にどかりと腰かける。

 それからテーブルとお茶と、と考えていると次々に目の前に出現してくる。こんなに不思議なことでも簡単に受け入れて操れるのは、僕が手に入れた魔術のうちの一つの黒魔法が夢をつかさどることが出来るものだからだ。

 ……それを知っていると今までああして僕に会いにきていたこの人も、そうして魔法を使って僕の夢に入ってきていたんだと思います。主導権が僕になってるのは僕が魔法を使って見ている僕の夢だから。

 元の世界の夢でもよかったけれども、夢だからと言ってなんでも好きにしていたら起きた時に悲しくて泣いてしまうからやらない。

「一人の生活には慣れたか?」
「……なんですかその親戚のおじさんみたいな質問」

 そんな風に聞いてくる彼に、僕は笑って返した。自分の分のお茶を飲みながら、ムーンハープを置く。そうすると彼も飲んでそれから、ギッと音を立ててイスの背もたれに体を預けた。

「いや、リヒトは放棄しているだろう。君はその分、待つ時間が長いだろうから、話をしに来た」
「放棄って何をですか」
「選択」
「なんの?」
「……」

 重要なところは話さずに、彼はふと視線を上げて僕を見る。やっぱりどこかで会ったことがあるような気がしたけれども、気のせいだと思う。

 だってあの御者ではなかった御者さんは、リシャールに殺されたのだろうし。

 不思議に思いながら彼を見つめていると、ふと思いついたように、自分の顔に触って頬をぐにぐにと押し上げた。それから、引き攣ったみたいな笑みを浮かべて僕を見る。

「なにしてるんですか」
「笑顔で好意的なアピールをしてみた、どう思う?」
「笑ってない笑顔ですそれ」

 聞かれたのでそのまま答える。彼はその僕の言葉に、真顔に戻ってそれから首をかしげて再度聞いてきた。

「笑ってない笑顔?」
「だから笑ってない笑顔です。楽しくもうれしくも、なんともない笑顔です。それ、なんでやるんですか」
「お前が怖そうだといったから」
「じゃあ気にしないでください」

 僕がそういうと彼は少し拗ねたような口調で「分かった、二度としない
」と口にした。

 しかし顔は一切動かない。前回の時とまったく違う容姿をしているので、もしかすると彼の本質は声にあるのかもしれないなんて思う。

 それからそのまま拗ねたような声のまま、彼は、机に頬杖をついて、僕を見た。グレイの瞳は僕みたいな日本人にはとても不思議に映ってつい見入ってしまう。

「私はレジス、神様だ」
「……そうですか」
「ナオは本当に夢と現実とのギャップが激しい」

 自分からそう言っておいて、僕が納得して受け入れるとすぐにそんな風に言う。

 それでもだってどう考えてもそれ以外ないと思っていたし、神様が出てくるなんて異世界ものではあるあるな展開に今更驚きもしない。
 
 ……それに、割とどこの異世界ものも、普通に人間っぽい神様なんですよね、不思議と。アレはなんでなんでしょうかね。

「それで、何しに来たんですか。神様は」
「レジス」
「レジス、さまは」

 一応偉い人なので様をつけて呼びかけると、彼はうんと一つ頷いてから、話し出す。

「お前に、真実を伝えてやりに来た。リヒトはこのことを自分で暴いた、だから彼には選択肢を渡した。お前は待ちぼうけの暇つぶしだ。どうせ、春が来る頃には結論が出る、それまで精々楽しませてほしい」
「……なんかヴィランみたいですよ。言ってること」

 彼が面白そうにそういって、僕は妙に不安に感じながら、話を聞いた。せっかく話をしに来た神様を追い出すわけにもいかないし、話をさえぎるのも悪いと思う。

 それに、その真実が僕が、きっと今僕が知りたいことだというのもなんとなくわかる。

 怖くて聞きたくないけれど、聞けたら一歩前に進めるような気がしてしまって続きを促すようにレジスさまを見た。

 彼は仕草だけは、楽し気で足を組み手を広げて、僕に言う。

「お前は帰れない。召喚者は生贄だ、ナオにもリヒトにもきざまれている刻印がお前たちを人間以外に変貌させる」
「……」
「殺されて、奪われて、故郷を夢に見ながら、一生を体を失って過ごして最後には消える。そういう運命なんだ、逃れることは出来ない」

 ……生贄ですか。

 言われて、こちらの様子をうかがって、さらに何かを言おうとしてるレジスさまをぼんやりと見た。

「嘘だと思うか? それなら、前の召喚者の記憶を特別に見せてやる、夢の主導権を私に渡せ」
「……」
「どうした衝撃のあまり言葉も出ない? ナオ」
 
 問いかけられて名前を呼ばれて、僕はこの人嫌いだと思う。

 僕を傷つけるのが楽しい人なんだと思う。こういう人って意外といるもので、そうすることに特に意味なんかない。




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