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つかの間のまどろみ 5
しおりを挟む……鬱って漢字ってすごく難しいですよね。で、それが二つ重なると鬱鬱、今の気分がそれです。
雪の降る、暗雲立ち込める空を眺めながらそんなことを考える。
夜も遅くなって、日付だって変わるころなのに、リシャールは帰ってこない。
今日は二人で夕食を食べようって約束して、塔の中の料理人さんに頼んでクッキーを焼かせてもらったのに、それも僕一人で食べてしまった。
……だって帰ってこないんですもん。仕方ないです。
はぁっとため息をつくと、吐く息は真っ白くなって、夜の空気に溶けていく。
部屋の中に入れば暖かいけれども、そんな気も起きない。一人で部屋にいてもいいことは無いし、最近会えていないリシャールに今日こそは会いたい。
それに僕の部屋側のバルコニーは帰ってくる人が見える位置にある。だから上に上がってくる前にいち早くリシャールを見つけられる、そういう算段だった。
その分すごく寒いけれどもそのぐらいの方がいい。快適な場所にいると、考え事をしてしまって涙が止まらなくなるから。
それに今日こそ、話をしてくれるかもしれない。夢の中で教えられた話について、リシャールの口から言ってもらえるかもしれない。
ここ最近はずっとそれを待ってる。あれからしばらくたつけれどもレジスさまは夢に出てこないし、なにか進展があったとも聞かない。ただずっとこうして僕は待つこと以外できない。
あったことといえば、この塔にもついに雪が降ったぐらいだろうか。
数日前からぱらつき始めて、それから少し積もるようになってバルコニーにも十センチくらいあった。
……雪だるまつくーろー。
なんとなくアニメ映画のワンシーンを思い出して、頭の中で歌いながら、バルコニーの柵に積もっている雪を素手でかき集めて、小さな手のひらサイズの雪の球を作って、二つ重ねる。
枝も、葉っぱもないので顔を作ってやることが出来ないけれど、小さな雪だるまが完成してそばに置いた。リシャールが帰ってくるまでのお供だ。
誰もいなくて寂しいけれども、それを紛らわせるように水の魔法でいくつか雪だるまもどきを作り出してぷにぷにしている彼らと体が寒さで震えるのを無視してリシャールを待った。
寒くて耳の感覚がなくなるころ、リシャールは帰ってきた。しかし、なんだか変な歩き方をしていて、片足を引きずっているようだった。
……怪我してる。
すぐにそうだとわかって、急いでバルコニーから中へ入って自室を飛び出した。
体が寒さにがくがくしてて上手く部屋の扉を開けられなかったけれども、それでも、両手で押さえて開けて、彼が階段を上りだす前に下につくように半分ぐらい風のツールを使って飛び降りて、一階に向かう。
もともとの運動神経がよくないからこんな使い方は滅多にしないけど、どうしても驚いてしまって焦って転びそうになりながら駆け下りた。
召喚者塔に戻ってきてから、リシャールは毎日、王宮に行くようになってたまに傷を負って帰ってくることはあった。でも今日のように酷い怪我は初めてで気持ちが焦る。
姿が見えると本当にひどい怪我のようで、彼の上着やシャツには真っ赤な血がついていて、暗いエントランスホールでもすぐにわかってしまうほどだった。
「っ、リシャール、どっどどどうしたんですかッ!?」
自分らしくないとても大きな声を出してしまって、自分も驚くけれど、リシャールも僕が急にこうして現れたことに驚いた様だった。
しかし目元を流れている血のせいで視界が悪かったのか怪訝そうな顔をしながら僕の方へと向いた。
「……ナオくん、こそ、どうしたの。こんな夜中に起きて」
「そそそ、そんなのよりっ、怪我してます、魔法使えないんですか!? ぼ、僕、治せます、お、お手伝いしますッ」
「ああ、触らないで、汚いから。……ナオくん部屋に戻りなよ。俺は大丈夫だから」
そばに寄ろうと思ってリシャールに近づくのに彼は、数歩下がってボクから距離をとる。
どう考えても大丈夫ではない傷なのに、手当もさせてもらえない。それどころか部屋へ戻れと言われて、頭を振った。
「むむ無理ですっ、リシャール、ちゃんと僕だって魔法使えますから」
「っ、ごめんね。今、余裕ないから、本当に部屋に戻って。寂しいなら一緒に寝てあげるから、少し待ってて」
頑張って口にした言葉も、子ども扱いで簡単に流される。
そのまま浴室の方へと、変な歩き方のまま向かっていこうとするリシャールに、またどうしたらいいのかわからなくなって大きな声を出す。
「っ~、ダッだから、手伝いますって!!」
彼は少しびくっとして、耳としっぽが大きく動いた。それからゆっくりと振り返る。暗闇のなかだと少し離れてしまうともう彼がどんな顔をしているのかわからない。
しかし、低い声で返される。
「いらないよ。ナオくん、部屋、戻って」
「……、」
怒ってるみたいな声に体が震える。さっきまで寒い外にいたせいだと、何とか思い直して口を開く。でも先に言葉を発したのはリシャールだった。
「お願いだよ。ちゃんと後で話すから、ね」
今度はそう優しく言われて、心底悲しくなってくる。最近は何をしてるのかすらまったく教えてくれなかったのにそんな風に言われると、そうするしかなくなる。
今だけ我慢すれば後は、心配とか、不安とか、寂しいとか言っていいのかなって思うとこれ以上踏み込めない。
……それに、絶対にこれ以上、今は干渉しないでって声です。
こんな風に強く言うことも多くない彼の言葉は重たくて、一歩後ろに引く。
「部屋にいてね。すぐに行くから」
「…………はい」
「いい子だね」
優しく言われて、ふらふらとしたリシャールは浴室の方へと戻っていく。それをしばらくぼんやりと見送ってから、僕も部屋へと戻って、ただ暖炉の前でリシャールの帰りを待った。
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