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しおりを挟むニコラスはいつもと違って行為が終わった後、ぐったりとしていてそのままうつぶせで眠ってしまっていた様子だった。
始める前に散々虐めたせいだろうことは容易に想像ができる。
すぐに起こしてやった方がいいと思いつつも、グレンはニコラスの後姿を見つめて、項にかかっている髪を少し払う。
そうすると彼が何者なのかを象徴する聖痕がきざまれている。
しかしそれは、普通の女神の加護を受けた為に刻まれている物ではないのだ。
グレンはこの不思議な聖痕が気になって調べたことがあるのだが、これは運命の歯車だ。
魔力を纏って暗闇の中で淡く光っている。
加護を与えられた人間の聖痕とはまた違った形をしていて、この聖痕ははるか昔から亡国フィアノーガの伝説上に登場する神の使い神使が与えられる証だ。
彼らは未来を正しく導くために神から遣わされる。
しかしそれはフィアノーガの王族を助けることだけが目的ではない場合があるらしい、目的は運命の女神が定め、それを神使が遂行することによって、その後の運命が間接的に変わるという場合もある。
だからこそグレンは困っているのだ。
ニコラスは間違いなく神使である、神から遣わされた神聖な存在。
しかし同時に人間だ。酷い事を言われれば傷つくし、食っていくためのお金も必要だし、神使であってもこの世界のことわりの中に存在している。
そして人に紛れて生きていて、人にはない使命をニコラスは背負っている。
その使命は果たして何なのだろうか。
今までずっとグレンは、ニコラスが神使だからこそ深入りをしない方がいいと思っていたし、だからこそ長年の関係があっても踏み込まなかった。
しかし、物語は動き出した。
ニコラスがフィアノーガ王国の伝説に伝わる神使だとするならば、きっとフィアノーガ王国に関係がある何らかの使命を背負っているはず。
そしてかの王国を滅ぼしたアルカディアという魔薬の存在は日に日にその存在感を強めている。
そしてニコラスがずっと気にかけているメロディ様はその渦中にいる人物だ。
ニコラスがそんな彼女を助けようとしているのは、それが使命だからか。
使命だとしたら……。
……その使命は絶対か?
「ん……ハッ、僕死んでた?!」
グレンが彼の項の聖痕に触れると、ニコラスは目を覚まし急にグレンの事を振り返る。
「……五分ぐらい、ぐったりしてたけど……もう少し休憩していったら?」
「いやいや! 早く帰らないと姉さまが暴れだすから、絶対だめ!」
そういってニコラスはプルプルと震える腕で体を起こして、バシバシと自分の両頬を叩いて気合いを入れる。
「それに明日も朝から早いしね! ぼんやりしてらんないよ」
笑みを浮かべてそういう彼は、グレンに向かって元気に見えるように力こぶを作って見せてぱたぱたと帰る仕度を始める。
ランタンの灯りをつけてやって火を大きくしつつ、グレンは忙しないニコラスにすこし胸が苦しくなる。
魔法学園の授業に碌に出ないで朝から晩まであっちこっちで活動しているニコラスは、ここ最近見ていられないほど、ムリをしているように映る。
何か目的の為に全力で取り組んでいるというよりも、方向を見失った中でがむしゃらにもがいているそんな様子だ。
「……ニコ、無理して体を壊すようなことになったら、意味ないよ」
「ないないっ、僕ってほら案外丈夫だからね! じゃ、もう行くから! グレンこそ早く寝るんだよ! おやすみバイバイ!」
ローブを羽織って走り去っていく彼に、昔調べた神使の記述を思い出した。
彼らは鳩の姿をしていて、選ばれた者にはその声を届けることと本来の姿を見せることができる。
そして飲食を必要とせず、魔力のみで体を維持することができるらしい。責務を果たすと神の御許に帰っていく。
しかし、ニコラスはそうではない。モリモリ食べるし、傷だって自分の力では治すことができない、神使であっても人間だとグレンが考える理由はそこだ。
神の御許に帰るって言ったって、肉体がこの世界にあって今まで生きてきたニコラスが消えるわけじゃない。使命を果たした後もニコラスはニコラスとしてこの世界で生きていくはずだ。
それなのに、彼は将来の事など一切話さないし、考えてもいなさそうだ。
そしてその使命は彼の破滅を呼ぶものかもしれない、彼の行動から考えるとメロディ様を救う為に身代わりになるなんてこともありそうだ。
彼女を救って未来にどんないいことがあるのかわからないが、目指していそうなのはそれぐらいだろう。
しかし、ニコラスが使命を背負っているとしても、そうではなく姉を救いたいのだとしても、それはニコラスだけの力では到底できないだろう。
特に今のニコラスのようにビジョンもなくただかばい続けているだけでは、フィルのように彼はメロディ様の行動を助長させて野放しにしているだけだと思われる。
あれでは誰も救えないし、救われない。
ニコラスはすべてを抱え込みすぎだ。世界にまるで自分と姉との二人だけしか存在していないかのように振る舞っているように見える。
グレンも友人たちもいるはずなのに見えていない、それはニコラスの落ち度だろう。
あれではだめなんだ。グレンが口で言っても、彼からしたら姉の責任を取っているだけのうちの一人でしかない。
それが取り返しがつかなくなる前に代わるのか。
昼間のフィルの話もあり、いよいよ取り返しがつかなくなる予感がする。
……こんなに気持ちが焦るのは、俺はやっぱり……。
ニコラスが好きなのかもしれない。
しかしそう考えると酷く醜い感情な気がする。体を重ねて心まで引っ張られただけ、勘違いだ。そもそも男だし。
そういうことを彼も言うだろうし、グレンはその言葉に反論ができない気がする。
それでもそう言われたうえでも、きっと諦められないだろうなとすぐに思った。
今まではただこのままでいいと思っていた、得体のしれない彼とうわべだけの行為、愛しているかどうかなんてお互いに微塵も考えていない、ただ快楽を伴う痛みない関係。
けれど、彼は迷いなく使命を背負って、暗闇に突き進んでいっている。崖っぷちにいる兄妹ときつく手をつないで必死に引き上げようとしている。
それではきっともう持たない。
「……なら、俺はたとえあなたが望まなかったとしても、あなたの事を」
その続きは言えなかった。
生憎メロディ様まで救う方法は思い浮かばない、しかしがむしゃらであってもニコラスはいつも彼女にも周りにも尽くしてきた。
そのうちの誰かが、それぞれ危険なところにいるウェントワース公爵兄妹をひっぱりあげられたら、それがいい。
……ニコラスの感情を無視して彼だけを助けることは、決して彼は望まない。それなら冷静に考えるべきだ。
当たれそうな人物を考えて、頭の中を切り替えた。
感情にさいなまれるより、動いていた方がいい。何事にも情報は大切だ。
あとそれから、ニコラス自身の未来を望む気持ち。
説得しよう。説得して手を伸ばしてもらう。助け合うには助かりたいという気持ちが必要不可欠だ。
グレンはそう考えると早々に適当なシャツを羽織って、このどこに向かっているのかもわからない神々の絡んでいる騒動に身を投じることを決意したのだった。
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