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22 メインヒーロー その一
しおりを挟む放課後、僕はアラン様に呼び出されて、メローニア王家所有の屋敷に来ていた。
この場所だけはほかの貴族の屋敷と違って常駐の騎士が沢山配置されており、美しく高級な館であるけれどとても緊張してしまう。
普通は応接室に通されて、彼が着たら頭を下げて挨拶をし、彼からの申し渡しを聞き受けるのが通常なのだが、僕はアラン様とそれなりに面識と関係性があるので直接、アラン様の部屋に通される。
彼の部屋はゲームの背景で見た通りとても洗練されていて、なんだか無機質だ。
人が住んでいるというよりも、モデルハウスみたいに見える。
だからいつもどうしても落ち着かない。
そわそわしつつ、出来るだけ小さくなって出された紅茶をちびちびのんだ。
「それで、ニコラス。君の姉は相変わらず、律儀に私たちに絡んでくるわけだが何か言うことは?」
不意に、笑顔だけどまったく笑っていないその目でぎろりと睨まれて、蛇に睨まれたカエルのように固まることしかできない。
「ああ、別に今日はそんな些末なことで呼び出したわけではない。だから地面に頭をこすりつけて謝罪をしろとは言わないけど、こうして君の顔を真っ向から見るとどうにも嫌味を言いたくなってね、すまない」
「いーえ……いつも、沢山迷惑かけてごめんなさい」
「……ははっ、やはり顔が似ている分、すこしは君に文句を言うと溜飲が下がるね」
「そりゃ、どーも」
アラン様はさわやかに微笑みながら美しい所作で紅茶を飲み、ふうとため息をつく。
彼はいつもこうだ。ゲームをしているときの彼は腹黒王子というよくある設定だったのだが、まぁ、優しく見せたい相手以外には普通に辛辣な人である。
というか、僕ら兄妹にだけ特別辛辣である。
もちろん姉さまがやらかしたことによって彼が酷い損害を受けたからなのだが、僕が誠心誠意謝ってすべての非を受け入れたので、温情を貰って許してもらったのだ。
そして僕はこの人の犬……というか駒になった。
たまにこうして呼び出されて、厄介事を押し付けられるのが彼に対する姉のやった事の責任の取り方である。
「……それで、今日はいったいなんお話ですか……アラン様」
このまま何も言わずに小さくまとまっているだけだと、さらにここ最近のメロディ姉さまの行為について詰られて文句を言われかねないので、僕は失礼だとわかっていつつも媚びた笑みを浮かべて彼に聞いた。
すると、彼はちらりとイラついた視線を向けてきて、怒りを買ったかとギクッと体が動く。
その様子をみて、アラン様は、しばらく逡巡したけれど「そうだね」と話し出した。
「率直に言うと、彼女の情報が欲しい」
「……彼女って……」
「ルシア・パターソン二年の秋から編入してきた女子生徒で、知っての通り我がメローニア王国の貴族だ」
「……」
「君と……フィル・ランドルフはここ最近随分と仲良くしているだろう?」
……う、ううううっ、その話か、っていうか目ざといなぁ! 僕、アラン様の前ではルシアに全然接触してないのに!
予想外の話題に思わず言葉を失う。
たしかにフィルが、ルシアの正体に気が付いてからずっと彼女たちとは交流がある。
そしてこうなったからには、原作的にはアラン様が彼とともにいるフィルに疑問を持つとともに、彼女の身元について深く興味を持つ場面だ。
「それは……その、いや、ぼ、僕は別に何の関係も……」
「何か、知っているという顔だね。私にウソをつくのかな」
「いや! ま、まったくそういうつもりじゃないから! ただちょっと複雑な事情があるだけっていうか━━━━」
「だからその複雑な事情を知りたいから君を呼んだ、わかるだろう。ニコラス」
だからこそ、こうならないために気を使って姉さまが突っかかっていくのを止めるだけにとどめて、ルシアとは彼の前で話をしないようにしていたのにどうしてこうなるのだろう。
ただでさえ王族の人は威圧的で怖いのに!
僕はこの人に逆らえない。
アラン様と姉さまは、実は昔婚約していた時期がある。
そしてその時に、彼女はアラン様に強請って国宝であるうつくしい魔法道具を見せてもらった。
それは国の為に必要な魔法道具で、勝手に触れていいものではなかったのだが、婚約者として信頼していたアラン様は姉さまの前にそれを差し出してしまった。
将来を誓い合った仲として特別に。
しかし、姉さまはそれを破壊した。もちろんアラン様が使用人たちにも秘密で大人しか入ってはいけない場所に入り見せたので、証人はいない。
それから姉さまは放心する彼をおいて屋敷に帰ってきた。
そんなわけで、原作でのアラン様は、大失態をやらかした無能な王子として周りの人間に陰口を言われながら育つ。
いつしか完璧を求めるあまり、少々性格が歪み、腹黒王子になったというわけなのだが、今世で僕はその騒動の時、姉に成り代わってアラン様を誘惑し、国宝級の魔法道具を壊したと告白した。
つまり、姉さまの罪をそのまま肩代わりしたわけで、もちろんアラン様もその日に魔法道具を壊したのは僕ではないとわかっている様子だったが、自ら名乗り出たことによって損害の賠償だけで済まされることになった。
もちろんウェントワース公爵……父にはぼこぼこにされたが、それ以来温情を掛けてもらった代わりに僕はアラン様に二度と逆らえなくなったというわけである。
今更思い返してみると姉はとんでもないクソ野郎だし、多分操られてやったと思うのだが、その後名乗り出ないのは悪質極まりない。
……せめてあの時の姉さまの行動だけでも止められていたら、またなにか変わったかもしれないのに……!
ぐるぐると考えを巡らせつつも、アラン様の事を窺う。
「……ニコラス、君はそんな風に考えている暇があるのかな」
……そんなこと言われてもそもそも、原作通りに行くなら、聞くのは僕からではないはずだと思うし! なにより絶対、僕がばらしたらフィルに殺される!
「それとも言えない理由がある? それは……私に媚びるよりも重要なことかな」
静かな声で僕が考えていることを推し量ろうとするアラン様に、紅茶を持つ手ががたがたと震える。
そもそも、王族の人たちはいつも魔力が多くて恐れ多いのだ。自重してほしい!
「そ、そんなことはないけどっ、それにぼ、僕以外から知る方法なんて山ほどあると……思うんですケド……」
「そうだね。もちろんある、でも……」
頼むから、作品の途中で始末されるような展開にはしないでほしい、そう思いながら懇願するように言った。
しかし、アラン様は考えを変える気はないようで、おもむろに手を伸ばしてくる。
それにびっくりして固まっているとグッと制服のネクタイを掴まれて、首が苦しい。
「一番手っ取り早い情報源があるんだから、それを使うのが効率がいい」
「っ……ほ、ほんと、勘弁してくださいっ」
「……いつになく強情だな。……無理にでも吐かせようか?」
「ホントにごめんなさい」
両手を挙げて降参だと示す。
そういえば先日もこんなことがあった気がするが気のせいだろうか。魔力がびりびりと伝わってきて、血の気が引いてしまいそうだ。
もうこんな生活嫌である。
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