8 / 22
8
しおりを挟む髪を引かれて、痛みが伴ってもオリヴァーは頑なだった。
「俺は、俺が不甲斐なくて仕方がない。どうすればよかった。何が正解なんだ。オリヴァー、自主性を持たなければまた父上に罵られる。民からも、貴族からも」
「っ、」
「お前が俺を守り切れなかったことなどどうでもいい。俺が痛みに慣れていることぐらい知ってるだろう。そんなことよりもお前が勝手にまた動き、貴族相手に挑んだことの方がずっと危険を伴っていて俺は不愉快だ」
吐き出すようにしてレオンハルトは続ける。そうして勝手に動いたこともまた事実であり、それを知らせるつもりもなく、それでも彼がこれ以上傷つくところは見たくなかった。
それはオリヴァーの純然たる愛情であるのに、どうしてもレオンハルトの望むこととはいつもすれ違ってしまって、上手くいかない。
「それとも、上手くやれなかったお前に罰でも与えればお前は満足か? そんなお門違いの感情をお前にぶつけて、お前がただ俺のように歪んでいけば俺が喜ぶと思うのか?」
「……お、もいません」
それも違うのだとわかる。しかし、オリヴァーがレオンハルトが間違えないように強制し続けるのもそれはまた違うのだ。結局は彼は多くの人間に望まれるような王太子になることは出来ない。
だからこそ、その中でも最善であるようにオリヴァーは尽くすしかできない。
にっちもさっちもいかなくて、上手くいかない事の方がおおい、どうすれば彼を幸せに出来るのか毛頭検討がつかない。
「そうだろう。じゃあ、すべて俺が悪いそういえばいいだろう」
「違います、レオンハルト様はたしかに間違えましたが、悪ではありません」
ぐっと掴まれた髪が痛みを主張して、無理やり持ち上げられるようにして顔をあげさせられているので、目を逸らすこともできずにオリヴァーはレオンハルトを見つめたまま言った。
藍色の髪が彼の顔に影を落としていて、その隙間からオリヴァーを射抜く金色の瞳は憎悪に震えていた。そんな感情をレオンハルト自身に向けてほしくない。しかし、オリヴァーが悪いというと彼も怒る。
……貴方様は間違えているかもしれませんが、決して悪ではないです。違うんです。ただ選択のないこの世界が悪い。
王子で無ければ、戦争をしていなければ、彼に魔術の才能があれば。
そのどれか一つでも選び取れて、変えられるならば喜んでつかみ取るというのにどれもが夢物語に近くて変えることが出来ない。
小説の中の悪役だって、ただそうなるべく周りがそうであったというだけで、すべての責任が本人にあるとは言い切れない。けれどもそれは果たして何のせいなのだろう。
「っ、主様は、悪くないのです」
「……」
その答えはなく、レオンハルトの憎悪はどこにも向けることは出来ない。オリヴァーはそれだけは分かって、彼だけは守ろうとそんなことを口にした。
しかし、ぱっと手を離されて、床に手をつく。そして上から声が降っていた。
「であるなら、いったい誰が悪いのだ。……ああ、そうか、あの女のせいだろう」
それから忌々し気に言葉を重ねる。
「父上に媚びを売って王族に入るあの女が悪い」
「……」
「俺を手に入れて、仕様のない人間にやさしくしてやって、自分の株を上げたいのだろう」
「……」
……ああ、どうしてこうなるんですか。
それは、それだけは間違いなく、お門違いである怒りだった。
……それにどうしてそこまでエミーリア様の事を目の敵にするのですか。ベルンハルト国王陛下との仲も良い王太子妃ではありませんか。
「何が慈雨の女神だ。……俺は許さないぞ」
「……主様、それは」
否定の言葉を紡ごうとした。それでは、本当に悪役になってしまう。割を食うのはレオンハルト自身だ。
「俺に逆うのか」
声をさえぎるようにしてそう聞かれてしまうとオリヴァーは何も言えなくなって、ゆっくりと頭を振った。「いいえ、主様のおっしゃる通りでございます」そう平坦な声で言う。
それに心底安心したというように「ああ、良かった」と安堵のため息とともに声が聞こえた。このままではまずい事は理解していても、どうしようもない事はどうしようもないのだと自分に言い聞かせた。
36
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる