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しおりを挟む……もし、この世界で捨て子にでもなったりしたら……。
そう考えると恐ろしくて、どうして転生なんかしてしまったのだろうという、夜も眠れなくなるぐらい考えた疑問が悲しみを伴って襲ってくる。子供の体は悲しくなるとすぐに涙が出て、平静を装うこともできない。
『っ、帰りたい、もう帰りたいです。ううっ』
泣き言を口にして、レオンハルトを前にしているというのにまた日本語で喋り、それだって許されない事なのにやってしまって、帰ってきたテレーザに二つの意味で怒られて食事を抜かれて寒空のバルコニーに放置されるかもしれない。
それだって、簡単な子供のお仕置きだともうが相当に怖いものなのだ。体は簡単に冷えるし、心が死んで行くような感覚を覚える。さらには泣いて謝るまでは入れてもらえない惨めさにもう消えてしまいたくなる。
想像をしてさらに涙があふれる。そんなオリヴァーを見て、レオンハルトは、少し困ったような顔をした。それから仕方なくオリヴァーと同じように床に座って、彼と目線を合わせた。
「……そんなに泣くと瞳が解け落ちてしまうぞ」
言いながら彼は小さなポケットからハンカチを出して、オリヴァーの目元に充てる。彼に不敬なことを言って、許されない行為をしたはずなのに、当のレオンハルトはまったく気にしない様子で、オリヴァーを慰めた。
「それにあまりわがままを言ってはいけない。乳母様を困らせるようなことばかりしていると、叱ってももらえなくなる」
しかし、オリヴァーはその言葉にカチンときた。なんせ、自分が本当の子供のようにわがままで反抗しているみたいに言ったのだから、看過できない。
「わがままなんて、わがままなんて言ってないです。ただ、理不尽……おかしいんです。僕は、お役目なんて守りません」
理不尽という言葉が通じるか分からなくて、オリヴァーは易しい言葉で言い直してレオンハルトに食って掛かる。そんないつもとは違う彼にレオンハルトも驚いたけれども言い聞かせるみたいにオリヴァーに返した。
「それでは乳母様はきっと泣いてしまうぞ。女の人というのは弱いものらしいから、可哀想だ」
「な、なんでおばさんが、泣くんですか!」
「……? 王家に仕える家柄として、立派に後継ぎを育てるのが乳母様の夢だからだろう」
「そんなの、僕に関係ないじゃないですか」
当たり前のようにオリヴァーは言った。しかし、それにレオンハルトは当たり前のように返す。
「関係ある、そう、生まれついたからだ」
「……そんなの、理不尽です」
「そんなことは無い、私だってそうだ。王の子に生まれついた」
話しているうちに涙は渇きオリヴァーは納得のいかない瞳で彼を見た。レオンハルトはこの歳にしてすでに父親から男らしくないという理由で、木剣で叩かれたり炎の魔法で焼かれたりしているのに、そんな風に言うのは不思議でならない。
オリヴァーのようにこの理不尽を呪えばいいのに、ただ、押し付けられる期待と重圧に耐えて、認めて、彼には向いてない事でも向き合っている。
「で、でも僕は道具じゃないです、誰かの思い通りに使われるなんて、人生嫌ですよ」
「ああ、ただの道具じゃない……俺、大切な従者だ」
そういうレオンハルトの金色の瞳がキラリと光る。それには妙な魅力があって、つい黙り込んでしまいそうになったが、オリヴァーは続けて言う。
「だから、物じゃないんですってば!」
「だが、人は一人では生きていけないだろう、だから国があり、貴族がいて王がある。皆それぞれ違う役割を持っているその中の与えられた役を嫌ってもいい、でも、私は思う」
「……」
「役割として与えられて、こう生まれついたからこそ手に入れたものもある」
レオンハルトはまだ年端のいかない子供であるはずなのに、とても綺麗な言葉を使ってオリヴァーにやさしく言った。
こういう所は彼の美点だと思うのに、それすら父親には厭われ、母親には一人称すら強制されて、不安定な子供のはずなのにそれでもオリヴァーを慰めようと言葉を紡ぐ。
小さな体、その子供用のシャツの下におびただしい数の傷跡と痛々しい痣があるというのにこの生まれを不条理だとは言わない。
ただ、疑うことなく信じて、受け入れて、レオンハルトは優しい子供だ。
「それはお前と私のような関係だ」
「……関係ですか」
「ああ、お前が生まれ落ちた時から一生、私の従者だなんて、私はとてもうれしい」
「それ僕にいいことありますか?」
「ある。私はそんなお前だから一番に大切にする。一番に私に仕えてくれるお前を私も一番求める」
「……」
「こう生まれ落ちなければありえなかった気持ちだ。だから、お前が母に叱られないように私は守るし、不思議な言葉をしゃべっても咎めない」
彼はきっとこんな風に大切にされたことなどないはずなのにどうしてか、オリヴァーを許すようなことを言って、笑みは浮かべなくても柔らかな声音は人を安心させる。
こんな国のこんな戦況でなければ彼はきっと歓迎され愛された王になるはずだった。
その才能がある。それが、オリヴァーにとってものすごく理不尽に映って、またじわじわと涙がにじんできた。
「……僕、従者の才能、ないかもしれないですよ」
「かまわない。俺もきっといい主ではない」
「変な言葉も使うし」
「悪い事じゃない、きっと生まれる前の世界の言葉が口をついて出てしまうのだ。本で読んだ考え方だが、オリヴァーを見ていて納得した」
……なんですかそれ、なんで、貴方が僕を認めてくれるんですか。
ただの子供、押し付けられた役目の元凶、そう思っていたのに、もうその時にはこの人の為に転生したと思えたらいいなと自然と思ってしまっていて、小さな手に頭を撫でられるのを受け入れて、目をつむった。
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