稀代の癒し手と呼ばれた婚約者を裏切った主様はすでに手遅れ。

ぽんぽこ狸

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 しばらく話をしてからエミーリアはレオンハルトの部屋から去っていった。しかしオリヴァーはどうしても腑に落ちない事があって、彼女に渡すために用意していた手土産を持たせるのを忘れたからとレオンハルトに言って部屋を出て彼女を追いかけた。

 王宮の広い廊下をすたすた歩いている彼女の背後に向かって声をかける。

「エミーリア様っ!」

 そうすると、気がついて緩慢な動きで彼女は振り向き、少し首を傾げた。

「あら、オリヴァー様、どうしたのですか? そんなに急いで」

 少し息を切らして、走ると昨日無理したせいで腰が痛く少し抑えながらも建前として持ってきたお菓子の入った籠を手渡す。

「是非、帰路にでもお召し上がりください、と主様が仰っていました。せっかく用意してあったのですが渡すことをすっかり失念していまして」
「そうですか、ありがとうございます。大切にいただきますね」

 言いながら受け取って、エミーリアはレオンハルトからだといったからとてもうれしそうな表情をした。その表情にやっぱり疑問に思ってオリヴァーは少しだけこそっとした小さな声で「あの」と切り出した。

「私から一つ、お聞きしてもよろしいですか」

 そういうとエミーリアは、「はい、いいですよ」と同じように少しこそっと返した。開けた廊下で他に誰もいない事はわかっていてもなんとなく声を潜めてオリヴァーは彼女に聞く。

「……蒸し返すようなことになってしまってお気を悪くされるかもしれませんが……どうして主様を許してくださる気になったのでしょうか?」

 そう聞くとエミーリアは少しキョトンとした。

 ……確かにそれほど重要でもないし、レオンハルト様はきちんと謝罪をされましたから、それで納得したからと言われればそれまでです。でも、私が知る限りエミーリア様は自分のデビュタントも台無しにされて他にも貴族の前で侮辱されたりといろいろありました。

 それなのに謝罪一つで許して家族としてやっていこうというのは不思議でならない。元から関係性があってそのうえで一時的に態度が悪くなってしまったというのならそれで納得することもあるかもしれないが、オリヴァーはレオンハルトに仕え始めてから特別彼女とレオンハルトが仲良くしているところを見たことは無い。

 だからどうして、そうしてくれたのかが気になって追いかけてまで聞いたのだ。その疑問にエミーリアは少し考えて、それから、普通の声で言う。

「実は、昔にレオンハルト様に救われたことがあるんです」
「そ、それはどんな……」

 含みのある笑顔で言う彼女に思わずオリヴァーは食い気味に聞いた。それににっこりとして彼女は答える。

「幼いころ、私は聖女という特殊な立場であるうえに、少し変わっていて、まったくこの世に存在しない言葉を話してしまうような時期があったんです」
「!」
「そのせいで家族からも気味悪がられて、誰も私を認めてくれない。そんな風に思っていた時、幼いレオンハルト様と偶然パーティーで会いました、その時に彼は、私のそれは生まれる前の特別な記憶があるからだと、そういう自分だけの世界を子供はみんな持っていて、違うことは恐ろしい事ではないと」

 ……なるほど。たしかに言いそうです。私にも似たようなこと言ってくださいましたし、すごく素敵な言葉ですね。

 咄嗟にオリヴァーはそう思い、しかし、その前に転生したばかりの自分自身と似たような症状に別の可能性が浮上してきて、驚愕して彼女を見る。

 すると、エミーリアは続ける。

「それが私はとても嬉しくて救われました」
「……」
「だから、私はレオンハルト王太子殿下が婚約者に決まった時、嬉しかったですし……それに」

 言いながらエミーリアは、口元に手を当てた。それに合わせるようにしてオリヴァーは彼女の口元に耳を寄せる。

「実は私、この世界に生まれる前の記憶があるんです」
「っ、」

 ……それは私のように転生者という事ですか。

「その私の記憶は、とてもこの世界よりずっと文明の遅い世界で生まれ、水の女神さまの生贄にされて死にました。だから私、この身も心も、もうすでに贄として女神さまにお捧げしたのですよ」

 それからぱっと距離を取って、エミーリアは少し恥ずかしそうにオリヴァーを身ながら、自らの首からぶら下げている水の女神のシンボルをかたどったペンダントに触れて言う。

「ですから、私のすべてはすでに捧げてしまって、夫になる方にそれを渡すことは出来ません。だから、レオンハルト王太子殿下はとても良い相手なのです」
「え、ええと、どういう意味でしょうか?」
「すでに一番大切なものを決めているご様子ですから、ね。私との関係はその次ぐらいの距離感でちょうどいいと思いますから」

 ……これは……レオンハルト様と私の関係を見抜かれているようですね。

 冷静にそう思ったが、頭のなかはパニックだった。彼女が転生者であるという事や、きっと同郷出身ではないないだろうこと、それにレオンハルトとの関係性をあんな少しの時間で見抜かれたことは衝撃的だった。

「これからも、よろしくお願いしますオリヴァー様……今話たことはくれぐれも内密に」
「……ええ、もちろん」

 ぎこちなく答えるとエミーリアはそのままくるっと踵を返して去っていく、その背中を見て、オリヴァーはよろしくと言われて、彼との間を正妻に認められた浮気相手みたいな気持ちになりながら、彼女には逆らわない方向でレオンハルトともども長くそれなりに仲良くやっていきたいなと思うのだった。





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みんなの感想(3件)

みき
2024.02.26 みき

人間味のある登場人物の苦悩や愛情表現に引き込まれて一気に読んでしまいました!
なんか結末にしっくりして良かったなと感動しました!是非その後の番外編なども拝見出来たら幸せです!
⁽⁽ଘ( ˊᵕˋ )ଓ⁾⁾
素敵な作品ありがとうございます。

2024.02.26 ぽんぽこ狸

感想ありがとうございます。結末に納得していただけたようで安心いたしました。

解除
takoyaking
2024.02.25 takoyaking

読んでいて心が癒されました。レオンハルト(敬称略)の感情が最後まで分からず、オリヴァーとの長年の中を感じました。そんな大それたことを文章に直接表現、というのではなく感じさせる、というのがすごい好きだと思いました!
今まで無理やり、というのは心が通じ合っていない好きではないもの同士の行為、ということを勝手に思っていたのですが好きという愛情を持っている同士がその悲しき行為にいたる、というのがなんとも虚しく、目を瞑った時の感情と言ったらもう本当に辛くて辛くて、読み終わると胸がスッキリとしました!
長編を完結させてすごいと思います!
勝手ながらもこれからも活動を応援させていただきます!

2024.02.26 ぽんぽこ狸

感想ありがとうございます。オリヴァーとレオンハルトの特別な関係を感じていただけたようで、うれしく思います。応援に添えるように頑張って活動していく所存です。

解除
虎太郎
2024.02.21 虎太郎

怖いな~( ̄▽ ̄;)破滅しないでね

2024.02.22 ぽんぽこ狸

読んでいただきありがとうございます。

だ、大丈夫ですよ!……多分😊

解除

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