私の通り名が暴君シッターでした。

ぽんぽこ狸

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 ぎろりとみられて言葉に詰まると、ふんっと顔を逸らして勝手にカリスタは応接室を出て、すたすたとフェルステル公爵家の廊下を歩いていく。

 彼女の勢いに驚いて止められなかったが、彼女はなんと言っただろうか。

 ……自分で探す?

 その言葉を咀嚼して考えてみるとまずい事を言っていた。

 すぐに、血の気が引いて、ずんずん歩いていく彼女の後を追った。

 普段過ごす私室のある二階に、エントランスホールの階段から勝手に上がっていく彼女を見て、こんなに非常識なことをするとはと引いてしまう。

「カリスタ! やめて、探されたって私の部屋には大したものなんてないよ!」
「嘘よ、嘘! 公爵家の夫人になったんだもの、たんまりお部屋に貯めこんでるんだわ。そんなに止めるって事はそういう事よ!」

 ……そんなわけないじゃない! ただ、今日は休日で、昨日に続いて雨が降っていてつまりは、ヴィクトアが部屋で休んでいる。

 そんなプライベートな空間のある屋敷の二階に、カリスタをあげたくない。

 彼女が来たことに使用人たちも困っていて、よその貴族である彼女を止めることもできずに私の事を伺っていた。

 ここは私が何とかしなければ、色々な人に迷惑をかけてしまう。

 実家の治療の事もそうだが、まさか妹までこんなにも非常識な形で問題を起こすとは全く想定していなかった。

「……カリスタ! お願い、やめて!」

 急いで階段を上がって、先に進んでしまった彼女の手首を掴んで引き留めた。

「これ以上、迷惑をかけないでよ!」

 ヴィクトアに見つかってしまうのではないか、そんな風に思うと気持ちが焦って強い言葉を言ってしまう。

 そんな私の怒りにカリスタも驚いた様子で目を見開いた。しかしすぐにその青い瞳がギラリと怒りに染まって、私の手を思い切り振りはらった。

「迷惑?! 迷惑ですって? ふざけないでよ、お姉さまがちゃんと私たちに恩返しをしてくれないから、こんなに困っているのに!!」
「……っ」

 カリスタの声は屋敷中に響き渡るほど大きくて、思わず肩をすくめてしまう。

 ……ヴィクトアが休んでいるのに。

「仕方ないから私がわからずやのお姉さまの為にお小遣いをもらいに来てあげたのに!! どうしてわたくしが怒られなければならないのよ?!」
「やめて、カリスタ。きつい事を言ったのは謝るから、ね。ヴィクトアが今日は体調が悪くて部屋で休んでいるの、お願い、下でゆっくり話をしましょう、話を聞くから」
「あら、それなら丁度いいわ! フェルステル公爵様にご挨拶するわ! それからお姉さまが如何にケチで、恩知らずか彼に教えてあげたらいいのよ!」
「駄目よ、ねぇ、わかるでしょう? 彼も忙しくて色々な仕事がある中でやっと取れた休息の日に、こんな騒ぎを起こすことはもうそれだけでとても不愉快な事なのよ。 だからお願い、静かにしてくれるなら私の部屋をあさってもいいから」
「嫌ったら嫌! わたくしは今決めたの!! なによ、このベルナー伯爵家跡取りのわたくしの言うことが聞けないっていうの!!」

 カリスタは興奮した様子で私を突き飛ばして、さらにつかみかかろうと手を伸ばしてきた。

「っ、」

 しかし、その手は私に届かずに、簡単につかまれて払いのけられる。その背後から伸びて居る手の正体にすぐに気がついた。
 
 さすがにヴィクトアの寝室の前でこんなに言い合っていたら、体調の悪い彼だって出てくるだろう。

「……あら、フェルステル公爵閣下! ごきげんよう!!」

 私の向かいにいたカリスタは、手を払いのけられたにも関わらず強気にヴィクトアに話しかけた。

 私が彼を伺うようにちらりと振り返って視線だけで確認する。

 すると、ただでさえエルフの血を引いた高貴な顔つきで、顔を合わせるだけで圧倒されてしまうような雰囲気があるのに、その表情は親しみを一切感じさせない嫌悪感だけをむき出しにしたような雰囲気だった。

 ざあざあ降っている雨のせいでそんな様子なのか、体調が悪いときに厄介事をプライベートな空間に持ち込まれたがゆえの表情なのかはわからない。

 しかし、とにかく恐ろしい、普段も彼はまったく怒らなくて優しい人というわけではないけれど、普段の怒っているとはまた一段違った恐ろしさがある。

 周りの空気が一瞬にして冷え込むような雰囲気だ。

「……」
「今日は鈍感で恩知らずなお姉さまの為に、お小遣いをもらいに来てあげたんですのよ。それなのにお姉さまったら、わたくしに渡すお金なんて少しもないなんて嘘をおっしゃるの」

 カリスタはヴィクトアの事などまったく、気にしていない様子でありのままを口にした。

 普通はもう少しオブラートに包むなり、適当な事情を話したりするようなあさましい行為だが、彼女にその自覚はない様子でむしろ自慢げにそう言った。

「酷いと思いませんこと? フェルステル公爵閣下、お姉さまったらいくら聖女だからって、こんな意地悪ばかりしていたら、わたくしたち家族から嫌われても仕方ないと思いますわよね」

 言いながら、カリスタは私を押しのけて背後にいたヴィクトアに猫のようにすり寄っていって体を押し付ける。

 その笑みは妖艶で、美しく、カイもこうされてまんざらではなかった様子を思い出す。

 ……どうしてカリスタは、そんなことばかりするの?

 男性なら誰に対してもこうなのか、それとも私の相手だからこそこうなのかわからないが、ヴィクトアがこんな彼女を受け入れる姿など見たくなくて視線を落とした。

「思いやりも、可愛げもない女の子なんてフェルステル公爵閣下もつまらないでしょう? 今日この後はわたくし、予定もないの、せっかく結んだ縁だもの、ベルナー伯爵家とフェルステル公爵家、是非、家族同然に仲良くしていきましょう?」

 …………そんなこと、させるわけには……。

 しかし、どんなに妹が夫を誘惑している姿を見たくないんだとしても、私は、自分の実家を止める義務があるし、ヴィクトアの休息を邪魔していることは事実だ。

「カリスタ!」
「きゃあっ」

 カリスタの話をどんな気持ちでヴィクトアが聞いているのだとしても、私が間に入らなければ、と気合いを入れて彼女を呼んだが、同時に、ヴィクトアはカリスタを突き放した。




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