35 / 42
35
しおりを挟む母を亡くした次の年の雨季の事だった。酷い頭痛に悩まされながらも王宮でのパーティーに参加していた。
誰が主催のどんな趣旨のものだったかは覚えていないが、フェリシアの事だけはよく覚えていた。
彼女は王太子の婚約者という立場でありながら、非常に主張のない子供だった。
どんな嫌味を言われても、笑顔で受け流し、カイ王太子殿下のわがままを常に聞いてやって彼を立てて、ニコニコしている地味な子供。
聖女ではあるが伯爵家の出身であまり魔力量も多くない。
本来ならば、よっぽど器量が良くなければ王室に迎え入れられることなどないはずの彼女は、国王陛下が病床に臥せっているゆえに、その治療係りとして将来の王妃の座に就いた。
多くの高貴な令嬢が狙っていた王妃の座を特別な力があるというだけでかっさらっていったフェリシアは、同じ令嬢たちに好意的に思われていない。
むしろその逆で、その日は彼女があまりに大人に頼らないのをいいことに、雨の中庭に置き去りにした。
ガーデンパーティーの最中に雨が降り出し、パーティー会場を王宮に設置されていた温室へと移し、少年少女たちは、暗い空にしとしと降る雨の中でのきらびやかなパーティーを楽しんでいた。
何かあった時の為の大人の使用人もいたが、フェリシアを守ろうとする人間は誰一人おらず、彼女は締め出されて温室の外でぼんやりと空を見ていた。
雨粒がフェリシアの頬を伝って落ちて、ドレスを濡らし彼女の青い髪を項に張り付かせる。
気温はそれほど低くはないので、すぐに風邪をひくというほどでもないが、それでも、将来の王妃という座が約束されている彼女をこのまま放置しておくのは、いくら子供のやった事とは言え体裁が悪い。
この集まりに参加している全員がそういう事をする、賢くない子供だと大人に烙印を押されるのも癇に障るので、助けてやろうとと打算たっぷりに俺は彼女を見ていた。
話しかけてきた令嬢を軽くあしらって、温室のガラス越しにフェリシアを見ると、いつの間にか彼女の周りには、花が咲いていて淡く光を帯びていた。
…………?
突然の出来事に数分前の記憶を疑って何度か目をこすってみたが、そこにはやはり青い花が咲いていて、ぼんやり光っているように見えた。
周りの反応はどうかと伺ってみるが、誰一人、騒ぎ立てもしないフェリシアに興味を失って誰もフェリシアを見ていない。
俺にだけ見えている幻覚かと思うぐらいには妙な光景で、その雨の中でフェリシアは一人笑っているような気がした。
それを見てなんだか堪らない気持ちになって、急いで外に飛び出した。
傘をさして、タオルを使用人からもらって彼女の元へと駆け寄った。
「ベルナー伯爵令嬢っ」
声をかけるとふとこちらに向いて、いつものごとくぼんやりとしているその顔を俺に向けてふんわり微笑んだ。
「……?」
すぐそばまで来てから、あの変な花を摘み取って見ようかと考えて地面を見た。
しかし、いつの間にか花はなくなっていて、ただ彼女がそこにいるだけだった。
「……それ以上そこにいては、風邪を引いてしまう。使用人も声をかければきちんと対応してくれるだろ、中に入ろう」
やっぱり幻覚だったのかもしれないと思いながらも、諭すようにそういうとフェリシアは少し考えてから、フルフルと首を横に振って「気にしないで」と軽やかな声で言った。
「気にしないでいられるわけねぇだろ。あの令嬢たちは今回は流石にやりすぎだ」
強がる彼女に頭の痛みと面倒くささで強くそう言った。
しかし、フェリシアは俺のその言葉を聞いて、背後にある温室にいる彼女たちを見てからやっぱり「大丈夫」と口にする。
それから、やっと俺と目を合わせた。
「私に優しくすると、あなたまで何か言われるかもしれないし、気にしないで。……それに、私、雨好きなの」
「そんなわけないだろ。植物じゃあるまいし」
「……どうだろう。私、本当は花なのかもしれないから」
「は?」
「雨も浴びてみると気持ちいいし、植物なのかもしれない……だから、大丈夫、心配してくれてありがとう、ヴィクトア様。見えるところにずっといたのが悪かったね……じゃあこれで」
雨の中、丁寧にそう言って彼女は小さくお辞儀をしてサクサクと芝生を歩いて去っていく。
王宮の方へと戻るのだろう。
小さくなっていく背中を見て、俺はただ、何もできずに呆然としてしまって、まったくよくらない彼女の事を考えた。
別に心配したわけではなく、打算があって助けてやろうとしただけだし、自分が植物かもしれないという意味もまったく分からないし、心配させないための冗談だとしても面白くない。
しかし、それなのにフェリシアと来たら、いっちょ前に俺の立場の心配をして、一人で勝手に去っていった。
俺自身の心配をされたことに、多少なりともプライドが傷ついたような気がしたし、柔らかく笑っていた彼女にいいからついてこいと言いたくなった。
だって一人で去っていくその背中はあまりにも、寂しく見えるし、たしかに彼女の言う通り、美しく咲いては、あっけなく散る花のように儚く見えた。
けれども人間が植物のように無力で、何も望まずどこまでも環境に翻弄されるはずがない。
きっとどこかでフェリシアだって、自分の幸せの為に今の不幸から抜け出すために動き出すはずだ。
そう思いながら気がつけば彼女の事を社交界で見つけるために目で追っていて、常に彼女の情報を気にしていた。
しかし、どんなに成長してもやはりあの時と同じ無力なお花のまま、ただ受け入れるばかりのフェリシアに腹が立ってイラついてしまっていた。
いつはらりと花弁を落として散り行くのかと、弱っていくフェリシアを見ながら苦しくなってきて、ついには手を出した。
あの日に追えなかった背中を追って、あんたは人間だろと言えなかった言葉を今更言うような気持で、きちんと良い方向に望んで生きることを選んでほしくてフェリシアの手を取った。
58
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる