私の通り名が暴君シッターでした。

ぽんぽこ狸

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 まさかの事態に万全に備えたつもりだったが、今更ながらにその策がきちんと機能しているか不安になってきた。

 ……でも、とにかく逃げないと、話し合いなんてできる状況じゃないっ。

 息を切らせながらエントランスへと向かう。息が上がって胸が苦しくなっても必死で足を動かした。後ろから、私の名前を怒鳴るように呼ぶ声が聞こえてきて、その獣の咆哮のような声にぞっとした。

「っ、はぁっ、はっ、っ?!」

 屋敷の外に出れば、どうにかなる。

 それだけを信じてエントランスホールへとやってきた。しかし、肩に何か大きなものがぶつかって、重たい衝撃と痛みに足が動かせなくなってその場に倒れこんだ。

 一瞬視界に入ったのは大きな岩石が床におちていく様で、父の魔法だとすぐにわかった。

 しかし私には、応戦できるだけの武器はちいさなダガー一つだ。魔法を持ている貴族を相手にするには心もとない。

 ただ花を咲かせるしかできない私の魔法では到底対抗などできない。

「っ、ぐぅ……っ」

 それでもふらふらとしながらなんとか立ち上がって、出口を目指して歩みを進めた。

 帰りたい、帰らなければ、私を好いてくれていると言って嫁に貰ってくれたヴィクトアに申し訳が立たない。

 あの人の役に立って、側にいて、私をお嫁さんにしてよかったと思って欲しい。

 ……私はあの人に必要とされたい。

 まだそれほど長い期間じゃないけれど、一緒に暮らしていてとても楽しかった。最初はあんなに緊張していたのに、いつまでも続いていったらいいのにと思ってしまっていた。

 だからこそ、そうできるように自分なりに手を打ったのに、上手くいかない。

 当たり前なのかもしれない、ずっとそうして自分から望むことを諦めてきた。

 嫌だとか、辛いだとか思ったとしても全部、やり過ごしていた。ただそこに咲く花のように自分がこうであると定められているのだからと諦めてきた。

 普通の人は幼いころから長年かけて自分の望むことをできるようになっていく。

 それをしてこなかった私がすべてをうまくやれるわけもない。

 足音が近づいてくる。どたどたと、私をただまた利用するために、私を何もできない傀儡にするために両親が近づいてくる。

「っ、あ」

 身を引きずるようにして出口に向かうが、足元に大きな岩が出現して蹴躓いて転倒する。

 肩が痛くて、手を付けずに頭から床に激突した。カーペットが引いてあっても硬い床顔面を強打して涙が目に浮かぶ。

 背後からぐっと二の腕を掴まれて、慌ててダガーを振り回して引き戻されないように、彼らを振り返って睨みつけた。

「ぐあっ!……この、調子に乗りやがって」

 私の振り回したダガーは父の手の腕を切り付けて、ひるんだ隙に少しでも前に進もうと這いずるようにして移動する。

 しかし、視線を背けてすぐに思い切り後頭部を拳で強打されて思わずダガーを落とした。

 父はそれを丁寧に拾い上げて、にんまりと笑みを見せた後、襟首をつかんで私を引き戻し、まるで暴力的な行為を楽しんでいるかのような声音で言った。

「そうだ、男を惚れさせたその顔をもう二度と誰にもさらせぬものにしてやろう!」

 切れ味を試すように私の頬を切りつけて、熱い斬撃が頬に走る。

 それからすぐにつうっと生暖かいものが流れて、髪を掴まれて立ち上がることすらできない私を持ち上げた。

 頭も頬も、肩も、なんだか体のどこもかしこも痛くて、息が上がる。

 目の前にいる父と母はいつからこんなに酷い人たちだったのだろうと思う。

 血走った眼で私を傷つけることを楽しむ父に、これからの利益を想像して楽しそうな母。

 どちらも正気とは思えない。恐ろしくて泣き出してもう二度と言葉を交わさなくていいならそうしたいし、顔も見たくない、ただ、閉じこもりたい。

 そう思ってしまう弱い自分もいるけれど、それよりもずっと強く手に入れた私の居場所の事を考えた。決して手放したくはない。最後の最後まであがきたい。
 
 迫ってくる切っ先が怖くて目を瞑ってしまいそうになるけれど、どうにか堪えて睨みつけた。この顔が刻まれても諦めることだけはしたくなかった。

 途端、背後から轟音が響き渡り、風が吹き込んだ。

 私の顔に刃を入れようとしていた父は驚愕の表情のまま固まっていて、母まで驚いた顔をしたまま私の背後を見つめていた。

 思わず、振り返るとカツカツとキレの良いヒールの音を響かせて私の元へと向かってくる少女が一人。

「っ……ア、アンジェラ!!」

 両サイドにつけている可愛らしいリボンのバレッタが揺れていて、その切れ長の瞳は怒りに染まりぎろりと睨みつけるようだった。

 私はそんな彼女を慣れ親しんだアンという名前ではなく、元の地位へと戻った正しい彼女の名前で呼んだ。
 
 手紙で知らされた時に、次に会った時にはそうきちんと呼んで、元の居場所へと戻れた彼女を祝福しようと決めて、何度か練習していたので咄嗟に正しく呼ぶことが出来た。

「まったく! なにやってるんですか、フェリシア、手紙を見てまさかと思って来てみたら、とんでもないことになってるじゃないですか!」

 言いながら彼女は私を守るように抱きしめた。綺麗な赤毛がふわりと揺れて、懐かしい彼女との再会にものすごく安堵してしまって、ボロボロと涙が出てくる。

「まあ、良いです。話はあとでしましょう。……それよりも……」

 彼女は声を低くして、すぐに父と母へと視線を向ける。

 彼らは突然の来訪に驚いた様子だったが、アンジェラが連れている騎士はひとりだけだと見るや否やすぐにこびへつらうような笑みを浮かべた。

「ご、誤解だ! 私たちは騙されている娘を何とか正気に戻そうとしていただけで」
「そうよ。ごめんなさないね、フェリシア怖かったでしょう? でもあなたに必要な事だったのよ? さ、家族のいざこざに、人様を巻き込んではいけないわ。ほら、昔の友人だからって立場ある方を呼びつけるだなんて無礼よ。こちらにいらっしゃい!」

 必死にアンジェラには関係がないと主張する彼らに、アンジェラはものすごく嫌そうな顔をしてから、無言で後ろを振り返った。

 そこには彼女の連れてきた魔法を使える騎士でもいるのだろう。

 一応アンジェラも土の魔法を持っているが、先ほどの風はその魔法では起こせない。

 風の魔法使いがいるならば安心だと、私も振り返ってみた。すると、そこにいたのは、ものすごく子供っぽく機嫌悪そうな顔をしているカイであり、彼はエリカから触れることも使うことも制限されていた大剣を持っていた。

 …………。

 ついでに魔法を使っているのか瞬きの間に居なくなって、いつの間にか父の目の前にいて容赦なく剣を振り下ろすところだった。

「カイ!! ……殺してはダメです。というか貴方に人が殺せるかは、知りませんけど!」
「……何でだよ。い~じゃん殺したって!!」
「何言ってるんですか! いちおうフェリシアの家族ですよ! フェリシアの前で殺したら可哀想じゃないですか!」
「あ、たしかに!」

 なんだか間の抜けたカイの声がしてそれから彼は「じゃーどうする?」と間延びした声を出した。

「外に連れてきた衛兵に捕らえさせてください、ベルナー伯爵は魔法持ちですから気を付けるんですよ」
「な、なんの根拠があって私たちを捕らえるのですか!?」
「そうだ! こんなのただの子供を躾けただけだ、王太子ごときが私に逆らいおって、花の女神の加護を与えてやらんぞ?!」

 喚き散らす彼らをカイは思い切り殴りつけて膝を折らせ、魔法で対抗しようとした父が岩石を出現させる。

 しかしそれと同時に吹き飛ばされて、エントランスの階段まで大きな男の体が飛んでいった。

 悲鳴とうめき声が響く中、アンジェラは私の頬の血をぬぐって、悲しい顔をした後それでも、優しく笑みを浮かべて口を開いた。

「……とりあえず行きましょうか。フェリシア」

 言いながら立ち上がって私に手を差し伸べる。その手を取って、震える足で何とか立ち上がり、ベルナー伯爵邸を後にした。



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