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しおりを挟むとある日の午後、部屋でユリシーズとおしゃべりをして過ごしていると部屋の扉が三回ノックされて来訪者を告げる。
相変わらずの雨の日の事でじめっとした陰鬱な雰囲気が屋敷の中に漂っていた。
ソファーを立ってエントランスホールへと向かうとユリシーズは何も言わずにルーシャの後ろをついてきた。
どんな来訪者なのかそれは二人とも察していて、彼らの事など考えたくない気持ちと、どんな風になっているかという嫌な期待が混ざって奇妙な高揚感があった。
それを不思議に思う。彼らを呪って、恨んで、憎んで一生懸命に復讐ばかりしていたルーシャは、何故だか楽しい気分になることがどんどん減っていた。
食事をしても味がしないし、ふとした時に悔しくなって涙をこぼすし、何をやっていても意味がないと思ってしまってなんだかずっとつかれていた。
それなのにこんな高揚感が体を包んでドキドキと心臓の鼓動が跳ねる。これがどうしてなのかよくわからなくて、でも嬉しいのだと無理やり勘違いして笑みを浮かべた。
エントランスホールの階段の上に到着して遠目で彼らを見た。
二人はそこに並んで跪いていて、この国で二番目にえらい王太子の彼も頭を垂れてそこにたたずんでいた。
「……」
階段をゆっくり降りる。それからじっと観察した。
快活で明るくプライドに満ち溢れていた彼は、その背中が小さく曲がり老人のようにしょぼくれた猫背になっている。
普段は刺繍のたくさんついた高級なジャケットを好んで羽織っていたのに柔らかな素材の羽織に変化している。
それはきっと腕の大きな包帯のせいだろう。そのせいでカチッとした服を着れなくなったに違いない。
一番目立つ怪我は腕だったがそれ以外にも肌に細かな生傷が見えた。
そばに寄っただけで血の匂いがしそうだった。
彼のとなりにいるアンジェリカは長く美しく結い上げていた艶のある髪がゴワゴワになっていて、ひとつに纏めただけに変わっている。その様はまるで年増の女性のようで肌艶も悪く肌荒れも酷かった。
それを分厚い化粧で目立たないようにしているせいか、あまり似合っていない濃い色合いのアイシャドウと口紅をつけている。
初対面の時に感じた上品な美しさは消え失せて、派手でけばけばしい醜い女になっている。
もちろん彼女にもいくつかの包帯がまかれていて天罰の結果をルーシャに教えてくれた。
「……」
そんな彼女たちに嬉しくなるのと同じぐらい恐ろしくなった。自分でやっておいて、そんなことを思うのもおかしな話だが目の前にしてみると怖くなる。
それでも、何か悪い事をしたのだとしても、何も失うものすらない事を思い出して、悲しくなって悔しくなって頭の中がもう滅茶苦茶で整理できなかった。
押し黙るルーシャにゆっくりとクリフが顔をあげて、その瞳と目が合った。
……片目が。
生気を失ったような光のまったくない瞳だったことにもたしかに驚いた、しかし髪に隠れて見えなかったが、よく見れば頭にぐるりと包帯がまかれていて、片目を覆い隠すように白い包帯が視界を遮っている。
じんわりと血がにじんでいて痛ましい、何か目に怪我を負ったのだろうそうでもなければこんな風に大袈裟な治療はしないはず。
潰れてでもいるのなら一生その障害は残るだろう。手足の骨折なんかより一生苦労するものだ。
「……ルーシャ、私は、すべてを見誤っていた」
絞り出すような声でクリフは言う。こんな風にルーシャに謝罪をしに来る日をルーシャはずっと夢見ていた。
「許してくれ、もう、君の力を疑ったりしない。なんでも君の思うままにすると神に誓う」
丁寧に紡ぎだされる言葉には、最大限の誠意が込められていた。あのプライドの高い彼にここまで言わせた。
こうして跪いて許しを乞うている。
「だからどうか、天罰をこれ以上は与えないでくれ、死んでしまう。どうか、すまないルーシャ、どんな望みでも私は君の思うままに動く」
「あたくしも、です。おねがいします」
再度頭を下げて、アンジェリカも同じように謝罪を口にする。
「申し訳あ、ありませんでした。許して、ください」
彼らはルーシャが望んだように、二人して頭を下げて降参した。天罰はきちんと彼らをさばいた。それを示すような完璧なまでの復讐の結果がここにあった。
見るも無残な姿の二人はきっと社交界でも沢山笑われ馬鹿にされただろう。苦しんで、考えて、どうするべきかを話し合って喧嘩したりたくさんの苦悩を受け入れたはずだ。
それは彼らにとってとても屈辱的だっただろう。しかし、こうする以外解決策がない事を受け入れて、血涙を流しながらも頭を下げている。
「……」
これは、ルーシャが望んだこと、ルーシャが望んで夢見て、願った事実。叶った叶えてしまった。
喜べばいいのか、と思う。多分そうなのだと思う。
しかし、ルーシャは固まった。
喜んでしかるべきだとわかっているのに上手く言葉が出てこない。謝罪をしてほしかったルーシャの苦悩を認めて、努力の成果が欲しかった。
でもどうだろう、今、目の前にあるこの状況に何も心が軽くならない。むしろ重たく苦しくなっていく。
こんなはずじゃなかった、もっと育てていたお花が開いたときのような、勉強の成果が分かった時のようなそんな気分になるはずだったのに、憎い事には変わりはなくて、それでどころかルーシャが呪って憎んだ苦しんだ日々の分の苦悩も割り増しされてこんなのじゃあ、と思ってしまう。
じゃあどこまで行ったら終わりなのか、そんなことは考えたくなかった。
終わりなんかない、だってこの人たちと違ってルーシャには行く当てもやることも何もない。
だから唯一の目的が終わってしまったら困るのだ。
「……ゆ」
震える声で口を開く。これはいけない事だとわかっていた。最低な人たちに騙されて捕まって苦しんだのに、自分もその最低になろうとしている。
そんなのは馬鹿みたいだ。でも、それ以外、いい案が思いつかない。
「ゆ、るしません。許したくありません」
クリフが縋るような目線を送ってくる。そんな目で見られても困ると反射的に薄ら笑みを浮かべる。
昔よりずっとルーシャはきっととても不細工になった。
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