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第5章、碧編
【1】碧の夏休み
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千晴たち、ブラスバンド部が出演していたサマーコンサートから一週間後。
いよいよ、遥が会いに来る事になった。
時間の都合上、新幹線の駅近辺で過ごす予定だが、近くにはいくつかラブホもあるし……話はしていないけれど、もしかして、入ったりするのかな。
でも、会えるなら、場所なんてどこでもいい。
元気な遥を見られたら何でもいいのだ。多くは望まない。
「碧、前にも言ったと思うけど、明日お母さん日帰り出張だからね」
「あ、また? そうだっけ。行ってらっしゃい」
母の日帰り出張が何を意味するかと言うと。
凛太の保育園は母の職場のすぐ近くで、出張から帰ってくる時間では保育時間も終わっていて、お迎えが間に合わない。そのため、休ませて自宅で凛太の面倒をみるのだ。
私が電車に乗って保育園まで迎えに行く方法もあるけれど、母が望まなかったので、欠席させることで落ちついている。
義父だけでは凛太の面倒が見られないので、私が家にいる夏休みは出張を受けることにしたそうだ。
先週も出張があり、その日は凛太を連れて千晴たちの演奏を聴きに行った。
母が再婚して凛太を妊娠するまでは、もっと頻繁に出張行っていた。
母の母、つまり私の祖母が他界したのが再婚してすぐだったので、今は実家に頼ることもできず、義父の実家も遠方にあるため、やむなく母は出張を断っていたのだ。
「あんたのおかげで、助かってるよ。ありがとね」
穏やかに母に感謝を述べられると、とても照れた。
明日……遥と会っている時間ぐらいは、家を空けても大丈夫かな。
遥も朝早くからこちらに向かって昼前に着き、夕方には戻って行く。
そのぐらいなら、きっと大丈夫。
―――と、タカを括っていたのが間違いだった……。
「あおいちゃん、あそぼー」
凛太の無邪気な声にも反応できず、時間に追われながらブラシで髪を梳く。
遥は今新幹線に乗っている。
ここから新幹線の駅までは1時間かかるから、そろそろ出ないといけない。
足元に纏わりつく凛太に、鏡に向かったまま言った。
「お姉ちゃんね、今日お友達と遊ぶの。おとうさんのお仕事の邪魔にならないようにしてね。お昼ごはんはテーブルにおにぎり置いてるからね。夕方は……何か、お惣菜とか買ってくるから」
「おとうさん……散歩に行っちゃったの。」
「えっ?」
朝から?
もう家を出ないと、バスが間に合わない。
でも、凛太一人でお留守番はさせられないし……
「……凛太、急いで着替えるよ。お星のリュック持っておいで」
「おでかけ?」
凛太の目がきらりと輝く。
「うん。お姉ちゃんの友達にご挨拶できる?いい子にできる?」
「できる!」
笑顔いっぱいで答える凛太。
疑わしい約束なのだが、一応指きりをし、二人でバス停まで向かった。
バスに揺られ、電車に乗り換える。
「あおいちゃん、どこ行くの?」
「新幹線がとまる駅だよ。そこで、お友達が待ってるの」
「ふうん…おともだち、おんなのこ?」
「……………男の子……」
凛太は以前と比べて、随分お利口にできるようになったのがわかる。
先日のサマーコンサートでも、ぐずったら出ようと思っていたが、杞憂に終わった。
遥にはLINEで現状を伝えたけれど、既読がつかない……
車内で寝てるのかなあ。
一抹の不安を抱きながら、ついに駅に到着。
凛太と手を繋ぎながらだとスマホの操作が煩わしく、とにかく待ち合わせ場所に急いだ。
「……あ」
遥がいる。
ずっと会いたかった遥が、そこに……
「遥ーっ!」
小さな足でトコトコと歩く凛太の手を引きながら、遥の元へ走った。
「碧…」
遥がベンチから立ち上がる。
すると、凛太が私の後ろから遥に、ひょこっと顔を出す。
「こんにちはー!」
「えっ。」
たじろぐ遥に、慌てて弁解した。
「………ごめんね、気付いたらお義父さんいなくて、連れて来ちゃった…LINEしたんだけど、そんな問題じゃないよね……ごめんなさい……」
「あ、見てなかった。………ほんとだな」
遥は自分のスマホを見、すぐにポケットに戻す。
イチャイチャはできませんがよろしく…という目をすると、遥がそれを察したかのように苦笑した。
遥が凛太の前にうずくまり、そっと小さな手を取る。
「……おまえが凛太か。お姉ちゃんから聞いてるぞ」
久しぶりに会った遥は、髪の色が暗くなっていて。瞳の色が薄いのは変わってない。ヤンキーぽさは消えて、普通の高校生みたいだ。
「うん。はるかおにいちゃん?」
「呼び方なげぇ」
「“はるくん”でいいんじゃない?」
と口出しをすると、凛太がちょっと照れながら、もじもじと「はるくん…」と言った。
「はい」
遥が答えると凛太の顔が明るくなり、私の手を離して遥の足に抱きつく。
「やっぱり碧にも似てる。兄弟だな」
そう言って笑う顔は、春よりも大人びて見える。
凛太と遥のやりとりにも、何故だか泣けて来てしまいそうだった。
手を繋いでいる二人の後ろを歩いていたら、遥が振り向く。
「見てるんじゃねえ、参加しろ」
ふふっと笑いながら追いつき、私が凛太の右手を取り、遥が凛太の左手を取って歩く。
「ファミレスでいいかー。凛太もパフェ食う?」
「あっ、だめっ、あんまり甘いもの教えないで。まだ虫歯ないの」
咄嗟に止めると、遥が笑い出した。
「…まるで母ちゃんだな(笑)」
「そんなことないよ、…ホットケーキぐらいならいいけど、あのクリームたっぷりなのがさ…」
「ハイハイ。凛太、ホットケーキ食う?」
「食う!」
「あっ、言葉づかい!『食べる』だよ、遥、凛太も」
「ハイハイ、ごめんな母ちゃん」
遠恋の彼女から、母ちゃんになってしまった。
いよいよ、遥が会いに来る事になった。
時間の都合上、新幹線の駅近辺で過ごす予定だが、近くにはいくつかラブホもあるし……話はしていないけれど、もしかして、入ったりするのかな。
でも、会えるなら、場所なんてどこでもいい。
元気な遥を見られたら何でもいいのだ。多くは望まない。
「碧、前にも言ったと思うけど、明日お母さん日帰り出張だからね」
「あ、また? そうだっけ。行ってらっしゃい」
母の日帰り出張が何を意味するかと言うと。
凛太の保育園は母の職場のすぐ近くで、出張から帰ってくる時間では保育時間も終わっていて、お迎えが間に合わない。そのため、休ませて自宅で凛太の面倒をみるのだ。
私が電車に乗って保育園まで迎えに行く方法もあるけれど、母が望まなかったので、欠席させることで落ちついている。
義父だけでは凛太の面倒が見られないので、私が家にいる夏休みは出張を受けることにしたそうだ。
先週も出張があり、その日は凛太を連れて千晴たちの演奏を聴きに行った。
母が再婚して凛太を妊娠するまでは、もっと頻繁に出張行っていた。
母の母、つまり私の祖母が他界したのが再婚してすぐだったので、今は実家に頼ることもできず、義父の実家も遠方にあるため、やむなく母は出張を断っていたのだ。
「あんたのおかげで、助かってるよ。ありがとね」
穏やかに母に感謝を述べられると、とても照れた。
明日……遥と会っている時間ぐらいは、家を空けても大丈夫かな。
遥も朝早くからこちらに向かって昼前に着き、夕方には戻って行く。
そのぐらいなら、きっと大丈夫。
―――と、タカを括っていたのが間違いだった……。
「あおいちゃん、あそぼー」
凛太の無邪気な声にも反応できず、時間に追われながらブラシで髪を梳く。
遥は今新幹線に乗っている。
ここから新幹線の駅までは1時間かかるから、そろそろ出ないといけない。
足元に纏わりつく凛太に、鏡に向かったまま言った。
「お姉ちゃんね、今日お友達と遊ぶの。おとうさんのお仕事の邪魔にならないようにしてね。お昼ごはんはテーブルにおにぎり置いてるからね。夕方は……何か、お惣菜とか買ってくるから」
「おとうさん……散歩に行っちゃったの。」
「えっ?」
朝から?
もう家を出ないと、バスが間に合わない。
でも、凛太一人でお留守番はさせられないし……
「……凛太、急いで着替えるよ。お星のリュック持っておいで」
「おでかけ?」
凛太の目がきらりと輝く。
「うん。お姉ちゃんの友達にご挨拶できる?いい子にできる?」
「できる!」
笑顔いっぱいで答える凛太。
疑わしい約束なのだが、一応指きりをし、二人でバス停まで向かった。
バスに揺られ、電車に乗り換える。
「あおいちゃん、どこ行くの?」
「新幹線がとまる駅だよ。そこで、お友達が待ってるの」
「ふうん…おともだち、おんなのこ?」
「……………男の子……」
凛太は以前と比べて、随分お利口にできるようになったのがわかる。
先日のサマーコンサートでも、ぐずったら出ようと思っていたが、杞憂に終わった。
遥にはLINEで現状を伝えたけれど、既読がつかない……
車内で寝てるのかなあ。
一抹の不安を抱きながら、ついに駅に到着。
凛太と手を繋ぎながらだとスマホの操作が煩わしく、とにかく待ち合わせ場所に急いだ。
「……あ」
遥がいる。
ずっと会いたかった遥が、そこに……
「遥ーっ!」
小さな足でトコトコと歩く凛太の手を引きながら、遥の元へ走った。
「碧…」
遥がベンチから立ち上がる。
すると、凛太が私の後ろから遥に、ひょこっと顔を出す。
「こんにちはー!」
「えっ。」
たじろぐ遥に、慌てて弁解した。
「………ごめんね、気付いたらお義父さんいなくて、連れて来ちゃった…LINEしたんだけど、そんな問題じゃないよね……ごめんなさい……」
「あ、見てなかった。………ほんとだな」
遥は自分のスマホを見、すぐにポケットに戻す。
イチャイチャはできませんがよろしく…という目をすると、遥がそれを察したかのように苦笑した。
遥が凛太の前にうずくまり、そっと小さな手を取る。
「……おまえが凛太か。お姉ちゃんから聞いてるぞ」
久しぶりに会った遥は、髪の色が暗くなっていて。瞳の色が薄いのは変わってない。ヤンキーぽさは消えて、普通の高校生みたいだ。
「うん。はるかおにいちゃん?」
「呼び方なげぇ」
「“はるくん”でいいんじゃない?」
と口出しをすると、凛太がちょっと照れながら、もじもじと「はるくん…」と言った。
「はい」
遥が答えると凛太の顔が明るくなり、私の手を離して遥の足に抱きつく。
「やっぱり碧にも似てる。兄弟だな」
そう言って笑う顔は、春よりも大人びて見える。
凛太と遥のやりとりにも、何故だか泣けて来てしまいそうだった。
手を繋いでいる二人の後ろを歩いていたら、遥が振り向く。
「見てるんじゃねえ、参加しろ」
ふふっと笑いながら追いつき、私が凛太の右手を取り、遥が凛太の左手を取って歩く。
「ファミレスでいいかー。凛太もパフェ食う?」
「あっ、だめっ、あんまり甘いもの教えないで。まだ虫歯ないの」
咄嗟に止めると、遥が笑い出した。
「…まるで母ちゃんだな(笑)」
「そんなことないよ、…ホットケーキぐらいならいいけど、あのクリームたっぷりなのがさ…」
「ハイハイ。凛太、ホットケーキ食う?」
「食う!」
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