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第5章、碧編
【4】予兆
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この街から離れた遥は、角が取れて、虚勢をはる事もない、普通の17歳になっていた。
きっとこれが普段の遥だったのだろう。
それ程、遥にとって堪え難い環境にいたのだと想像しながら、電車に揺られた。
バス停の近くには私のバイト先であるコンビニがある。バスを待っている間、家で食べるおやつが欲しくなり、立ち寄ってみた。
……太っちゃうな。
「あっ。碧ちゃん!今日休みでしょ?」
この曜日のこの時間は、いつも藤田さんがシフトに入っている。
「はい、用事の帰りなんですが、ちょっと甘いものが欲しくなって…」
と言うと、藤田さんは含み笑いをした。
「何ですか?」
「いや、甘いものほしいのって女の子らしいよね。可愛いなと思って」
「……藤田さん、口うまい…」
この人のこういう所、照れる…。
大学生になったらみんなこんな事言うのかな…。
と思ったのを勘付かれたのか、
「可愛い子にしか言わないよ。今日いい事あった?表情が違う」
と優しげな目を細める藤田さん。
……すごい。わかるんだぁ。
驚いて目を見開いたら、藤田さんが苦笑した。
「あ、当たった?テキトーに言ったんだけどね」
「………テキトーですか…」
そんなテキトーな発言にうっかり喜んじゃったじゃん!
「そろそろバス来るんじゃない?はい、おつかれ」
袋の中にはプリン。
村上先生が持ってきてくれた、あのプリン。
「ありがとうございます」
藤田さんから袋を受け取り外に出ると、ちょうどバスがやってきた。
バス停では、ちょうど出張帰りの母が待っていた。
19時を回った時間で、日帰り出張にしては早めに帰ってこれたようだ。
「お母さん!おかえり」
…と駆け寄ろうとしたが、疲れた横顔が見えて、少し歩みを止めた。
「…ああ、碧。こんな所でどうしたのよ?バイトだったの?凛太は…」
「あのね、お昼前から連れ出して、昼寝しちゃったから家に帰して、おとうさんいたから私だけまた外に出たの。転校して遠い所から会いに来てくれた友達だったから、帰りは見送りに行きたくて…」
「そう…」
疲れた母は、話を聞いているのだか、いないのだか、よくわからなかったけれど、横顔を見ていたら早く休ませてあげたくなった。
母と帰宅すると、凛太は一度起きて、また寝たようだった。
……そして、義父から漂う酒臭さ。
最近お酒の量が増えているのは知っていた。
私の下着を漁りには来なくなっていたが、母が忙しくしているのが寂しいのか、気に入らないのか、日中から飲んでいる事もしばしばある。
元々そういう生活で、夏休みになって私が気付いただけなのかもしれないが。
その晩は、私が洗濯機から洗濯物をカゴに移していると、リビングで言い争うような声がし、一瞬時間が静止した。
が、そのあと母の艶めかしいの声が聞こえ、舌打ちしたい気持ちになった。
こんなにあからさまに聞こえるようにするなんて、おかしい。
母は……酔った父に逆らえないんじゃないだろうか。
夜は、望ましくない方向へ妄想を加速させる。
カゴに入っている父のパーカーをヒステリックに広げ、ハンガーに掛けて乱雑に干す。
その程度の事でしか、憂さを晴らせなかった。
しかし、パーカーって。この暑いのに。
どうせパチンコ屋の空調が寒いんだろうけど。
覚えのある息苦しさを感じながら部屋に戻り、買ってきたプリンを開けながら、遥が映る動画を再生した。
口に広がる甘さにふうっと肩の力が抜けて、心が優しく満たされる。
スマホの小さな画面で、遥が笑っている。
今日のバス停での衝動を思い出して苦笑した。
あんなとこでエッチをねだってしまった。
さすがの遥も動揺してたな。
少しずつ積み重ねる思い出は、私の心を強くする。
もう、誰かに縋らなくても大丈夫だ。
一週間後には、遥の街に会いに行ける。
私の未来は、遥と共にあるんだから―――。
そう決意し、遥に会いに行く予定だった、8月の初め。
状況が一変した。
「碧」
出勤前の母が私を呼びとめる。
凛太は保育園の用意を済ませ、玄関で靴を履いている。
「今度の出張ね、宿泊になったの。急だし、家を空けて本当申し訳ないんだけど、家の事お願いできる?お父さんにもちゃんと協力するように言っておくから。翌日は早く帰れるから…」
今度の出張の日は、遥に会いに行く前日。
「うん。でも、次の日は……友達に会いに行きたいの…」
遥に会う約束だけは諦めたくないので伝えると、母はあっさり頷いた。
「いいよ。じゃあ、その日は凛太を保育園に送ってくれる?帰り迎えにはお母さん行けるから」
昔は、義父が送ったり、迎えに行くこともあったのに。
最近仕事が忙しいからと、義父は今朝も居間まで下りてこない。
その方が気兼ねしなくてよかったので、私にとっては好都合だった。
掃除に洗濯。買い物。
部屋から義父が出て来る頻度が減ったお陰で、食事を作ったりもできたし、バイトで家を出られる。
今年の夏休みは、自分なりに快適に過ごしていた。
―――そして、遥に会いに行く日の前日。
『ごはん用意できた?お父さんはごはん食べてる?』
出張先から、母が電話をくれる。
私と凛太がちょうど晩御飯の夏野菜カレーを食べていたところだった。
「おとうさんは部屋だよ。お昼は食べてたけど、晩御飯はまだだよ」
『そう。じゃあいいわ』
電話の向こうの母の溜息がこちらに聞こえてくるようだった。
凛太も聞き分けいいし、いつもより静かで大人しい。
夜、母がいないことが寂しいのかなあと思っていた。
しかし凛太は義父にも懐いているし、毎日一緒に寝てるし。
今日さえ乗り越えれば、明日はまた母も帰ってくるし。
それより、遥に会いに行く準備をしよう。
遥に会える喜びでいっぱいになっていた私は、機嫌良く部屋の電気を消し、眠りについた。
明日は、凛太を保育園に送ってから、新幹線に乗って…
明日は、遥にたくさん抱き締めてもらうんだ。
きっとこれが普段の遥だったのだろう。
それ程、遥にとって堪え難い環境にいたのだと想像しながら、電車に揺られた。
バス停の近くには私のバイト先であるコンビニがある。バスを待っている間、家で食べるおやつが欲しくなり、立ち寄ってみた。
……太っちゃうな。
「あっ。碧ちゃん!今日休みでしょ?」
この曜日のこの時間は、いつも藤田さんがシフトに入っている。
「はい、用事の帰りなんですが、ちょっと甘いものが欲しくなって…」
と言うと、藤田さんは含み笑いをした。
「何ですか?」
「いや、甘いものほしいのって女の子らしいよね。可愛いなと思って」
「……藤田さん、口うまい…」
この人のこういう所、照れる…。
大学生になったらみんなこんな事言うのかな…。
と思ったのを勘付かれたのか、
「可愛い子にしか言わないよ。今日いい事あった?表情が違う」
と優しげな目を細める藤田さん。
……すごい。わかるんだぁ。
驚いて目を見開いたら、藤田さんが苦笑した。
「あ、当たった?テキトーに言ったんだけどね」
「………テキトーですか…」
そんなテキトーな発言にうっかり喜んじゃったじゃん!
「そろそろバス来るんじゃない?はい、おつかれ」
袋の中にはプリン。
村上先生が持ってきてくれた、あのプリン。
「ありがとうございます」
藤田さんから袋を受け取り外に出ると、ちょうどバスがやってきた。
バス停では、ちょうど出張帰りの母が待っていた。
19時を回った時間で、日帰り出張にしては早めに帰ってこれたようだ。
「お母さん!おかえり」
…と駆け寄ろうとしたが、疲れた横顔が見えて、少し歩みを止めた。
「…ああ、碧。こんな所でどうしたのよ?バイトだったの?凛太は…」
「あのね、お昼前から連れ出して、昼寝しちゃったから家に帰して、おとうさんいたから私だけまた外に出たの。転校して遠い所から会いに来てくれた友達だったから、帰りは見送りに行きたくて…」
「そう…」
疲れた母は、話を聞いているのだか、いないのだか、よくわからなかったけれど、横顔を見ていたら早く休ませてあげたくなった。
母と帰宅すると、凛太は一度起きて、また寝たようだった。
……そして、義父から漂う酒臭さ。
最近お酒の量が増えているのは知っていた。
私の下着を漁りには来なくなっていたが、母が忙しくしているのが寂しいのか、気に入らないのか、日中から飲んでいる事もしばしばある。
元々そういう生活で、夏休みになって私が気付いただけなのかもしれないが。
その晩は、私が洗濯機から洗濯物をカゴに移していると、リビングで言い争うような声がし、一瞬時間が静止した。
が、そのあと母の艶めかしいの声が聞こえ、舌打ちしたい気持ちになった。
こんなにあからさまに聞こえるようにするなんて、おかしい。
母は……酔った父に逆らえないんじゃないだろうか。
夜は、望ましくない方向へ妄想を加速させる。
カゴに入っている父のパーカーをヒステリックに広げ、ハンガーに掛けて乱雑に干す。
その程度の事でしか、憂さを晴らせなかった。
しかし、パーカーって。この暑いのに。
どうせパチンコ屋の空調が寒いんだろうけど。
覚えのある息苦しさを感じながら部屋に戻り、買ってきたプリンを開けながら、遥が映る動画を再生した。
口に広がる甘さにふうっと肩の力が抜けて、心が優しく満たされる。
スマホの小さな画面で、遥が笑っている。
今日のバス停での衝動を思い出して苦笑した。
あんなとこでエッチをねだってしまった。
さすがの遥も動揺してたな。
少しずつ積み重ねる思い出は、私の心を強くする。
もう、誰かに縋らなくても大丈夫だ。
一週間後には、遥の街に会いに行ける。
私の未来は、遥と共にあるんだから―――。
そう決意し、遥に会いに行く予定だった、8月の初め。
状況が一変した。
「碧」
出勤前の母が私を呼びとめる。
凛太は保育園の用意を済ませ、玄関で靴を履いている。
「今度の出張ね、宿泊になったの。急だし、家を空けて本当申し訳ないんだけど、家の事お願いできる?お父さんにもちゃんと協力するように言っておくから。翌日は早く帰れるから…」
今度の出張の日は、遥に会いに行く前日。
「うん。でも、次の日は……友達に会いに行きたいの…」
遥に会う約束だけは諦めたくないので伝えると、母はあっさり頷いた。
「いいよ。じゃあ、その日は凛太を保育園に送ってくれる?帰り迎えにはお母さん行けるから」
昔は、義父が送ったり、迎えに行くこともあったのに。
最近仕事が忙しいからと、義父は今朝も居間まで下りてこない。
その方が気兼ねしなくてよかったので、私にとっては好都合だった。
掃除に洗濯。買い物。
部屋から義父が出て来る頻度が減ったお陰で、食事を作ったりもできたし、バイトで家を出られる。
今年の夏休みは、自分なりに快適に過ごしていた。
―――そして、遥に会いに行く日の前日。
『ごはん用意できた?お父さんはごはん食べてる?』
出張先から、母が電話をくれる。
私と凛太がちょうど晩御飯の夏野菜カレーを食べていたところだった。
「おとうさんは部屋だよ。お昼は食べてたけど、晩御飯はまだだよ」
『そう。じゃあいいわ』
電話の向こうの母の溜息がこちらに聞こえてくるようだった。
凛太も聞き分けいいし、いつもより静かで大人しい。
夜、母がいないことが寂しいのかなあと思っていた。
しかし凛太は義父にも懐いているし、毎日一緒に寝てるし。
今日さえ乗り越えれば、明日はまた母も帰ってくるし。
それより、遥に会いに行く準備をしよう。
遥に会える喜びでいっぱいになっていた私は、機嫌良く部屋の電気を消し、眠りについた。
明日は、凛太を保育園に送ってから、新幹線に乗って…
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