【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第6章、遥編

【1】17歳、浅野遥

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この街に来て、3ヶ月。
港のあるこの街は、前にいた街と張るぐらいのどかだ。

あっちにいる頃はずっと、つらい顔しか見せなかった母さんも、笑顔が出るようになった。
ここには親戚や母親の友達も大勢住んでいるせいかもしれない。
今は近くの個人病院で、助産師として勤めている。

俺の父親は産婦人科医ではなく、呼吸器専門の内科医だ。
何故呼吸器を選んだかというと、俺が小さいころ、喘息持ちで入院しがちだったから……らしいけど、詳しくは知らない。
それを母親から聞かされた時は「恩着せがましい話しやがって」としか思っていなかったので、ちゃんと聞いていなかった。

相変わらず激務に追われ、新しい女とは続いてるんだかどうなのかも知らないし、興味もない。
LINEでだけは繋がっていて、たまに「そっちはどうだ」と連絡があるけど、スタンプ一個送りつけて終了。

離婚してからの方が、俺の事を気に掛けてくれている気もするが、……正直、あんな親父にはなりたくない。
俺は、もっと家族を大事にする父親になりたいし、あんな風には絶対ならない。

そして、「高校に行け」と俺の胸ぐらを掴んで怒鳴ったばあちゃんは、相変わらずの迫力で呉服店を営んでいる。
素直に高校に通ってる俺を見て満足しているようだ。

昔から、行儀には口うるさく、たまに会っても叱られたことしかない。でもまあ、ここまで親身になってくれる人間も、村上以外いなかったから、今の環境は悪くない。

バイトにも慣れてきたし、高校のクラスメイトにも恵まれたのか…村上みたいな教師はいないけど、前の高校より馴染めてるし…


あと………足りないのは。


ベッドの上で、スマホの動画を再生した。

碧が、寝てる凛太を抱っこしてる姿。
凛太のねえちゃんとして過ごしている碧はとてもしっかりしてて、俺が知ってる碧ではなかったけど見直した。
いつも、そうやって大人のように振舞って過ごしてきたのが垣間見えて。

俺が撮ってることに気付いて、「撮らないでよ」と笑うところで動画は終わる。

……そして、その晩もらったあいつのエロ画像を見る。
俺の個人的なリクエストに応えてくれている画像だ。できればこれも動画がいいけど……
あんまり求めたら怒られそうだからやめておく。碧は怒ったら怖いから、ばあちゃんと気が合うかもしれない。

それに、明日は本物に会える。

明日、碧がやってくる。
一人で新幹線乗れるかな。でも、あいつの事だから、難なくやってくるのだろう。

バイクで海に行って、…どっかラブホあるかな。ずっと自己処理で来たけど、いい加減限界だ。
バス停ではゆっくりできなかったし。

……というわけで、この日も碧のあの姿を妄想してから、眠りに着いた。







―――夜中の3時前。


スマホが鳴っている。

手を伸ばして取ってみると、……こんな時間に、碧?

「もしもし。碧?」

まさか、明日来れない連絡か?やっと落ち着いてヤれる…いや、会えると思ったのに。

その時の俺はまだ悠長だった。
音量を最大にしても声は全く聞こえてこなくて、ガサガサと音が入ったり、車が通るような音がしたり、はあはあと息が聞こえてきたり……明らかに変だった。

「…おい、碧!何かあったのか?」

何度も呼びかけた後、やっと聞こえてきたのは、耳を疑う内容だった。


『おっ、おとうさんに…襲われる……っ』

「えっ!?」

『ね、寝てたら、胸とか、…いろいろ、触られて……わたし……2階から飛び降りて……』


血の気が引き、すぐに怒りで手がわなわなと震える。
あいつの変態オヤジの愚痴は時折聞いていたし、いかがわしい話は知らないわけじゃなかった。

碧も気が動転していたらしく、殆ど会話にならないが、大通りから国道に出た情報だけは得られた。
その国道からは、確か村上の自宅へ繋がる。

……くそ!
あいつには頼りたくねぇのに……!

碧の様子から、そんな意地を張っている場合ではないのは明らかだ。
夜道を一人で歩いていることも危険だし、クソオヤジが追いかけてきて家に連れ戻されたら、ただじゃ済まないだろう。―――村上の方が、まだマシだ!


「ちょっと待ってろ!」


すげー癪だけど、絶対頼りたくねえけど、俺が行けないんだから、誰かに助けを求めるしか方法がない。
……そして、頼れる大人は村上しかいない。

舌打ちしながら村上の携帯を鳴らす。
コール音が数回、もう出ないかと思った時に、出た。


『………浅野か?何だ、こんな夜中に……』

オッサンの寝起きの声、しかもあくびつきなんて聞きたくねえけど、必死で説明を始める。

「碧がオヤジに襲われかけて家飛び出して、今一人で国道沿いにいるんだよ!」

『えっ??どういうことだ!?』

普段はリアクションの薄い村上も、流石に驚いていた。

「……センセー、あいつ助けてやって…!頼むから…!!」

情けない声で懇願する俺に、村上は「わかった」と答え、電話が切れた。


手が……手が、震えてる。
震える両手を強く握り、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回して、はあっと溜息を吐いた。

……あいつが困ってる時に、何もできない。

今もあんな場所で、一人でいるのに……俺は助けてやれない。
今から駆け付けようとしたって、電車も新幹線も動いてはいない。


村上から連絡が来るまでの間―――いや、正しくは碧に直接会えるまでの数時間は、自分との戦いだった。

碧を心配する気持ちと。
碧を信じ切れない自分と、信じたい自分と。
村上への嫉妬が織り混ざって、汚い自分が見えてくる。

明け方に一度村上から連絡があったが、込み入ってそうな状況に、俺の嫉妬なんてくだらない話はできず、「始発で行く」とだけ伝えた。

全く眠れず朝を迎えた。
まだ暗いうちから始発は出ていたが、新幹線に乗った頃には空も明るみ、一日が始まっていた。

今日は、晴れか。
暑い一日になるんだろうか。

村上からは『こっちは大丈夫だから安心しろ』『駅に着いたら迎えに行く』 とメールが来ていた。

安心できるわけねぇだろ。村上には前科があるからな。
…でも、きっと碧は村上が来た事で安心してるはずだ。



朝の光が燦々と 降り注ぐ窓を、睨むように外を眺める。
遠距離でも、碧を不安にさせないように大事にしているつもりだけど…。これが正解なのかは俺にはわからない。

………はあ。
まあ、いいや。今は。
あいつの無事を確認できれば、何でも。


ヴー、と膝の上でスマホが動く。
開封すると、村上から『浅野もちゃんと寝ろよ』というメールが届いた。

浅野、な。
17年間呼ばれ続けたその名字は、今の街で呼ばれることはない。

それに、意外と俺は神経質で、こんなところじゃ寝れねぇんだ。
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