125 / 128
第20章、東野編
【4】グロウアップ
しおりを挟む
「小城さん……すみません!俺も帰ります」
「ああ。うまいこと言っておくよ。早く行け。見つからないうちに」
「ありがとうございます!」
背中を押してくれた小城さんに感謝しながら、俺は駅まで全速力で走った。
スニーカーならもっと走れるのに……!
慌てて階段を降りると、改札に入ろうとするチーフを見つけた。
「チーフ!待って!」
チーフは大きな瞳をさらに大きく開けて、俺を見た。
「ど、どうしたんですか」
「お茶しませんか?」
気まずくなるぐらい、明らかに困った顔をしているがここは引けない。
俺の心臓がハイスピードで打っているのがわかる。
「…………」
「一杯だけ、だめですか?」
「いいです、けど……」
「えっ、いいの?」
喜びが漏れそうだが、心の中にとどめる。
チーフが辺りをきょろきょろと見回した。
立場上、あと社風上、誰かに見つかるとややこしい話になるので駅のスタバは使えない。
「チーフ、家どこですか?」
「◯◯だけど…」
「あ、俺んちの近所なんですね。じゃあ、そこまで戻りますか」
俺の家とチーフの家と、一駅違いだということがわかった。
この辺りでウロウロするよりは、戻った方が見つかる確率は下がるだろう。
女性はみんな、メーカーの制服を着て通勤するので、わかる人にはわかってしまう。
引き止めた改札に二人で入り、満員電車にも無事乗れた。
「同じ沿線なのに、電車で会ったことないですよね」
「……私は見かけたことありますよ。何度か」
「じゃあ声かけてくれたらよかったのに」と言ったら返事はなく、チーフの駅に着いた。
改札を出たらすぐにコーヒーショップがあったが、テラス席しか空いていなかった。
秋真っ只中だが、夜は冷える。
彼女に尋ねると、テラス席でもいいと答えたので、あったかいのを頼み、膝掛けも借りて席に着いた。
座って待っていたチーフの膝にブランケットを掛ける。
「…ありがと」
「いえ。俺が誘ったんで。どうぞ」
マグに入っているクリームたっぷりのハニーミルクラテを彼女に差し出す。
はちみつもミルクも、ふわふわで甘そうなこのラテが、彼女にとても似合っている。
「おいしい」と呟くチーフに満足して、俺もコーヒーを飲む。
チーフはきれいな瞳を俺に向けながら、湯気の立つマグを両手で持ち話し始めた。
「東野さん、煙草は吸わないんですね」
「そうですね。昔から…。スポーツしてたし」
「野球ですか?」
「いや、サッカーですよ。ずっとGKでした」
「サッカー…」
チーフはマグに口をつけるも、ふーふーと冷ましながらなかなか飲まない。
「猫舌なんですね」と言ったら、また顔が赤くなった。
「何でわかるの……じゃなくて、私、今はもうチーフじゃないし!トレーナーだし!」
タメ口になってムキになってるのが、かわいい。
「じゃあ、なんて呼べばいいですか」
「『浅野さん』でいいじゃない」
また俯いてしまった彼女に、もっと近づきたくなる。
ラテもすぐ冷めてしまい、すべて飲み終えて店を出る。
ついでに酔いも醒めた。
別に酒の勢いで誘ったわけじゃない。
ただ、チーフが常に俺にバリアを張っているような気はしている。
嫌われてるとは思わないが、何かに警戒してるような、そんな気がした。
俺に気があるのかどうかは、まだ確信が持てない……。
「浅野さんの家、どっちすか」
「え?」
「送ります」
「…ここ渡って、右に……」
横断歩道で立ち止まり彼女を見ると、深く俯かれてしまった。
「俺と飲みに行くのは、何で嫌なの?」
タメ口で尋ねたら、チーフはすぐに顔を上げた。
「……なんか。悔しいから」
悔しい?何がだ?
意味がわからん。
「東野さんは、誰にでも優しいし……」
「?仕事ですからね」
「違うよ……」
よくわからないまま信号が青に変わった。
一か八か。
華奢な手を握って、ぐっと引き寄せた。
「きゃ…」
よろめいたチーフが、俺の腕にぶつかる。
「な、何ですか、もう」
困惑する彼女が愛おしくて、気がつけば手を繋いだまま「つきあって」と口にしていた。
しかし、返事は……。
「や、やだ……」
と顔を伏せてしまった。
しかし諦めず「何で?」と問う。
我ながらしつこいが、簡単には諦められない。
すると、チーフは困り果てたように口元を押さえながら答えた。
「すごく好きになっちゃいそうで。ヤキモチ焼いたり、周りが見えなくなっちゃいそうでいやなの」
え?
すごく好きになるなんて、むしろいいことじゃないのか?
「それに、東野さんは清楚なのが好きなんでしょ。私、全然違うし、もう恋愛するのが怖いし…」
泣きそうになりながら言い訳をしている彼女を、堪らず抱きしめた。
過去に何かあったのかもしれないが、過去のひとつやふたつ受け止めてやる。
「清楚とかどうでもいいんだよ。何でもいいから、チーフの力になりたいって思ってる」
道路脇の一角で、好きな女に必死に愛を伝える。
「ちょっとでも俺のこと好きなら、つきあって。絶対、大事にするから」
俺の背中に回していた彼女の手に、ぎゅっと力がこもった。
完全に火がついてしまった。
抱きしめるだけじゃ足らない。
「…うち来る?」と聞いたら、彼女は小さな声で答えた。
「…私の家の方が近い、けど…」
家にあげてくれるのか?
二人きりになれたら何でもいい。
「でも、変なことしないでよ」
「変なことって何?」
「私、軽い女じゃないんだからね」
さっきは本音を見せてくれた気がするのに、いつものチーフに戻った。
ふっと笑うと「何がおかしいの!?」と怒られてしまった。
「わかってるよ。仕事の姿勢見てたら、何にでも真剣に取り組むんだろうなと思うよ」
「…………」
黙ってしまった彼女の手を握り、歩道を進む。
変なことって、キスはしていいのかな。
……俺、我慢できるのかな。
もう相当好きなんだけど、ちゃんと彼女に伝わってる?
マンションにつき、鍵を開ける彼女の手を見ていた。
綺麗な指先に見とれ、ガチャとドアが開く。
「……どうぞ。」
「お邪魔します」
ワンルームの彼女の部屋は、彼女らしい、整頓された部屋だった。
チェストの一角には、コスメやネイル、香水が置かれていて、シンプルなベッドと白い二人掛けソファがある。
写真も飾ってあるが、この場所からじゃ見えなかった。
「東野さん、くつろげないよね、スーツじゃ…」
「あ、いいよ別に」
ネクタイを外してジャケットを脱げば、まあまあマシだ。
……つうか、俺はここまで何をしに来たんだ?
明るい照明に照らされたら、さっきのちょいムラ気分も失せてしまって、気恥ずかしい。
「チーフは着替えてくださいね」
ついには敬語に戻ってしまった。
声をかけ、小さなソファに腰を下ろす。
目の前にある、白いシンプルなベッドが目に入り、ここで寝る彼女の姿を妄想してしまった。
「ああ。うまいこと言っておくよ。早く行け。見つからないうちに」
「ありがとうございます!」
背中を押してくれた小城さんに感謝しながら、俺は駅まで全速力で走った。
スニーカーならもっと走れるのに……!
慌てて階段を降りると、改札に入ろうとするチーフを見つけた。
「チーフ!待って!」
チーフは大きな瞳をさらに大きく開けて、俺を見た。
「ど、どうしたんですか」
「お茶しませんか?」
気まずくなるぐらい、明らかに困った顔をしているがここは引けない。
俺の心臓がハイスピードで打っているのがわかる。
「…………」
「一杯だけ、だめですか?」
「いいです、けど……」
「えっ、いいの?」
喜びが漏れそうだが、心の中にとどめる。
チーフが辺りをきょろきょろと見回した。
立場上、あと社風上、誰かに見つかるとややこしい話になるので駅のスタバは使えない。
「チーフ、家どこですか?」
「◯◯だけど…」
「あ、俺んちの近所なんですね。じゃあ、そこまで戻りますか」
俺の家とチーフの家と、一駅違いだということがわかった。
この辺りでウロウロするよりは、戻った方が見つかる確率は下がるだろう。
女性はみんな、メーカーの制服を着て通勤するので、わかる人にはわかってしまう。
引き止めた改札に二人で入り、満員電車にも無事乗れた。
「同じ沿線なのに、電車で会ったことないですよね」
「……私は見かけたことありますよ。何度か」
「じゃあ声かけてくれたらよかったのに」と言ったら返事はなく、チーフの駅に着いた。
改札を出たらすぐにコーヒーショップがあったが、テラス席しか空いていなかった。
秋真っ只中だが、夜は冷える。
彼女に尋ねると、テラス席でもいいと答えたので、あったかいのを頼み、膝掛けも借りて席に着いた。
座って待っていたチーフの膝にブランケットを掛ける。
「…ありがと」
「いえ。俺が誘ったんで。どうぞ」
マグに入っているクリームたっぷりのハニーミルクラテを彼女に差し出す。
はちみつもミルクも、ふわふわで甘そうなこのラテが、彼女にとても似合っている。
「おいしい」と呟くチーフに満足して、俺もコーヒーを飲む。
チーフはきれいな瞳を俺に向けながら、湯気の立つマグを両手で持ち話し始めた。
「東野さん、煙草は吸わないんですね」
「そうですね。昔から…。スポーツしてたし」
「野球ですか?」
「いや、サッカーですよ。ずっとGKでした」
「サッカー…」
チーフはマグに口をつけるも、ふーふーと冷ましながらなかなか飲まない。
「猫舌なんですね」と言ったら、また顔が赤くなった。
「何でわかるの……じゃなくて、私、今はもうチーフじゃないし!トレーナーだし!」
タメ口になってムキになってるのが、かわいい。
「じゃあ、なんて呼べばいいですか」
「『浅野さん』でいいじゃない」
また俯いてしまった彼女に、もっと近づきたくなる。
ラテもすぐ冷めてしまい、すべて飲み終えて店を出る。
ついでに酔いも醒めた。
別に酒の勢いで誘ったわけじゃない。
ただ、チーフが常に俺にバリアを張っているような気はしている。
嫌われてるとは思わないが、何かに警戒してるような、そんな気がした。
俺に気があるのかどうかは、まだ確信が持てない……。
「浅野さんの家、どっちすか」
「え?」
「送ります」
「…ここ渡って、右に……」
横断歩道で立ち止まり彼女を見ると、深く俯かれてしまった。
「俺と飲みに行くのは、何で嫌なの?」
タメ口で尋ねたら、チーフはすぐに顔を上げた。
「……なんか。悔しいから」
悔しい?何がだ?
意味がわからん。
「東野さんは、誰にでも優しいし……」
「?仕事ですからね」
「違うよ……」
よくわからないまま信号が青に変わった。
一か八か。
華奢な手を握って、ぐっと引き寄せた。
「きゃ…」
よろめいたチーフが、俺の腕にぶつかる。
「な、何ですか、もう」
困惑する彼女が愛おしくて、気がつけば手を繋いだまま「つきあって」と口にしていた。
しかし、返事は……。
「や、やだ……」
と顔を伏せてしまった。
しかし諦めず「何で?」と問う。
我ながらしつこいが、簡単には諦められない。
すると、チーフは困り果てたように口元を押さえながら答えた。
「すごく好きになっちゃいそうで。ヤキモチ焼いたり、周りが見えなくなっちゃいそうでいやなの」
え?
すごく好きになるなんて、むしろいいことじゃないのか?
「それに、東野さんは清楚なのが好きなんでしょ。私、全然違うし、もう恋愛するのが怖いし…」
泣きそうになりながら言い訳をしている彼女を、堪らず抱きしめた。
過去に何かあったのかもしれないが、過去のひとつやふたつ受け止めてやる。
「清楚とかどうでもいいんだよ。何でもいいから、チーフの力になりたいって思ってる」
道路脇の一角で、好きな女に必死に愛を伝える。
「ちょっとでも俺のこと好きなら、つきあって。絶対、大事にするから」
俺の背中に回していた彼女の手に、ぎゅっと力がこもった。
完全に火がついてしまった。
抱きしめるだけじゃ足らない。
「…うち来る?」と聞いたら、彼女は小さな声で答えた。
「…私の家の方が近い、けど…」
家にあげてくれるのか?
二人きりになれたら何でもいい。
「でも、変なことしないでよ」
「変なことって何?」
「私、軽い女じゃないんだからね」
さっきは本音を見せてくれた気がするのに、いつものチーフに戻った。
ふっと笑うと「何がおかしいの!?」と怒られてしまった。
「わかってるよ。仕事の姿勢見てたら、何にでも真剣に取り組むんだろうなと思うよ」
「…………」
黙ってしまった彼女の手を握り、歩道を進む。
変なことって、キスはしていいのかな。
……俺、我慢できるのかな。
もう相当好きなんだけど、ちゃんと彼女に伝わってる?
マンションにつき、鍵を開ける彼女の手を見ていた。
綺麗な指先に見とれ、ガチャとドアが開く。
「……どうぞ。」
「お邪魔します」
ワンルームの彼女の部屋は、彼女らしい、整頓された部屋だった。
チェストの一角には、コスメやネイル、香水が置かれていて、シンプルなベッドと白い二人掛けソファがある。
写真も飾ってあるが、この場所からじゃ見えなかった。
「東野さん、くつろげないよね、スーツじゃ…」
「あ、いいよ別に」
ネクタイを外してジャケットを脱げば、まあまあマシだ。
……つうか、俺はここまで何をしに来たんだ?
明るい照明に照らされたら、さっきのちょいムラ気分も失せてしまって、気恥ずかしい。
「チーフは着替えてくださいね」
ついには敬語に戻ってしまった。
声をかけ、小さなソファに腰を下ろす。
目の前にある、白いシンプルなベッドが目に入り、ここで寝る彼女の姿を妄想してしまった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
先生の秘密はワインレッド
伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。
教師と生徒のドラマチックラブストーリー。
執筆開始 2025/5/28
完結 2025/5/30
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる