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辺境へ運ばれる忍者 (シノブ10)
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草原の道を一台の馬車がゆったりとしたスピードで進んでいる。
初老の夫婦が馬を操り談笑をしながら進むその幌付き馬車の荷台の片隅に体育座りの婦女がいた。
俯き光のない虚ろな瞳で一心不乱にブツブツと呟き続けている。
「……死にたい死にたい死にたい死にたい」
その婦女とは誰であろうあの忍者シノブ。
「死にたい死にたい死にたい」
彼女は自分の言葉通り死にたがっている。
馬車の中で項垂れ揺れに身を任せフラフラしているその姿にかつての精悍たる忍者の面影はどこにも無かった。
あるのは絶望のあまり死にたがる弱々しい小娘。その頭の中はひとつのことでいっぱいであり口からはその言葉のみが漏れて零れ落ちる。
「死にたい死にたい死にたい」
「今日はいい天気だねあんた」
「まったくだな。良い風も吹いてらぁ」
まさしくそんなものはどこ吹く風か老夫婦は背後の闇にそのままの意味で背を向け前へ前へと馬車を進ませている。
大きめな石に車輪が乗り上がったのか馬車は揺れ動くと忍者だったものは転がり床に這いつくばった。
だがシノブはそのまま、老夫婦は気にせず外を向いたまま何事もなく進んでいく。
シノブは頭を打ったおかげか少しだけ正気に戻った。そして恨み言を口走る。
「なんであんな女を選んだのですか王子……あなたには心底がっかりしました。幻滅ですぅ……」
脳裏にフラッシュバックに甦る王子のあの姿。よりによってあなたの為に戦っていた私の前に立ちはだかり、全身全霊を籠めた最後の一撃を受けるだなんて……あの化け物女を庇うなんて……そして王子を御守りすることが全ての私がその愛する王子を傷つけてしまったなんて……自分自身も許せないしあの女も許せない……千々に乱れ切ったこの心! 身も心も全て切り裂かれもうどうしていいか分からない……自分という存在は全否定されもうどう生きて良いのか分からない。
「死にたい死にたい死にたい」
すると馬車が止まりうつ伏せになっていた忍者だったものはたくましき老婦人に担ぎ上げられ外に出された。
空は良いお天気で心地よい風が流れ小鳥も囀っているそんな中で三人は昼食をとることとなった。けれどもシノブは食べる気がまったく起きずに焦点の合わない瞳で二人の様子を眺める。
そのシノブのことを少しも気にせずにパンをかじり茶を呑む二人。
食べ終わった夫の方は口笛を吹き妻が手を払っている。こちらのことをまるで構わないその態度……シノブは思う。
自分への死刑執行人に相応しい態度であると。そうずっとこんな調子。
生ける屍となったシノブを荷物のように馬車に乗せ運びこうやって三度の飯を食わせる。
そうこの馬車とは移動牢獄でありどこかこの先にある処刑場に連行している……最中なのだろう。
手錠も縄もしていないのはこちらがあまりにも無気力であるからに他ならない。
そうですとも、私は逃げない、とシノブは頷く。自分は死ぬしかないのだから。最早望みは死のみ……しかしそれにしてもそこにはいつ辿り着けるのだろう? もうずいぶんと移動しているようであるのに。
「……いつ、です?」
呟くとここまでどこ吹く風な態度であったこの老夫婦が目を見開きシノブを見る。
だが返事はない。だからシノブはもう一度尋ねた。
「……そこにはいつ辿り着きます?」
老夫婦は目を合わせ、それから夫の方が返事をした。
「明日には着くだろうね」
「明日……ですか。別にここでもいいのですよ」
「ここでも?」
妻の方が首を傾げる仕草を見せるとシノブは目を閉じ闇を見つめる。
「そうですよ、ここで、私を処刑してもいいと言いました。一思いにここで」
ふたつの息を呑む音が聞こえそれから静寂が来た。
それでも草のせせらぎの音が聞こえる。まるで完全な闇や絶対的な死がどこにも無いような訴えのように。
闇の中突然右肩に温かい何かが触れてきてシノブが瞼を開くと老婦人が隣におり肩に手を置いていた。
「早まっちゃいけないよ。死にたい気持ちはよーく分かるけどね。自棄になっちゃ駄目だよ。あんたはまだまだ若いんだから将来のことを考えなきゃ」
シノブはその温かみに怒りを覚える。何が未来だ! 私はもうノーフューチャーなんだよ!
「将来なんて私にはありませんよ! あるのは死だけなのはあなたたちだって知っているでしょうが!」
「何も王子様だけが男ではないさ。男は他にいくらでもいるよ。あんたなら大丈夫だって」
夫の方も剣幕に驚かずに返すも忍者は憤激のあまり立ち上がる。何という失礼な言い草だ! 王子以外、ですって!
「王子と比べられる男なんてこの世に一人もおりません! 王子は私にとってこの世でたった一人の男だったのですよ! それなのに私は、私は……!」
この手で傷つけてしまった……また脳裏に浮かぶあの惨劇に忍者は泣き崩れ落ちた。
どう考えても私は死ななければならない。王子を傷つけた罪によって。王子による命令によって。
すべては私の王子への愛故の行動であったのにどうしてこんなことに。
「そう今はいくらでも泣くんだよ。けどね思い詰め過ぎてはいけないんだからね。男にフラれたからって死んでいたら命がいくつあっても足りないし、ほとんどの女は現に生きているんだよ」
老婦が穏やかに言うと夫もそれに続いた。
「それにしても王子も罪作りな御方だ。こんなに思い詰めさせる女をフッてしまうなんてな」
「王子様だから仕方がないよ。そういう結婚制度なんだからさ。まぁでもお優しいじゃないか。落選してショックが大きいこの娘さんを自分の別荘で療養させよなんてご命令をお出しになるなんて。この様子を見ると一人にさせて帰らせたら途中で自殺しそうだからこれで良かったよ」
王子の別荘で療養? シノブは耳に入ったこの言葉をもう一度かみ砕いて咀嚼しようとするも、できない。
呑み込めずそのままの形で口から出て来て確認する。聞き間違いか方言かなにかか?
「あの、今なんて? 私はベッソウという名の処刑場に連れていかれるのですか?」
「どんな聴き間違いだい。躑躅ヶ丘じゃなく王子の別荘に連れていくんだよ。処刑場ってハハッ。どこの世界に自分でフッてその相手を処刑する男がいるんだい。後世に語り継がれる稀代の悪党だよそれ」
老婦の笑い声を聞きながらまだその言葉を信じられなかった。
どういうことだ? 自分は王子を傷つけた罪で処刑される存在ではなく、
落選のショックにより呆然自失状態だから王子の別荘で療養される存在?
意味が分からない。まさかこの二人を自分を騙しているのか?
それともあの悪夢はそのまんま悪夢であったのか?
「……あの、すみません、そもそも私ってどうしていまここにいるのですか?」
まずはそこからと、我ながらかなり頭があぶない女のような質問をしているとシノブは思うも夫の方は微笑みながら説明しだした。
その様子を見るにこちらの態度に安堵感を覚えたようだ。どんだけ心配されていたのか、自分は。
話によるとこうである。落選によるショックで気絶し呆然自失状態になっていた自分を見た王子が別荘にて療養させるべくこうして別荘管理人夫婦を呼び出し馬車を手配しこうして移動している、とのこと。
「王子から直々に言われたよ。くれぐれも丁重に扱え、と仰られてな」
シノブは一言一句を注意深く聞くと同時に警戒し思考する。どうしてそのようなご配慮を?
「あの……王子はどこか御怪我をなされていませんでしたか?」
「怪我? ああ肩がちょっと痛そうだったように見えたが、それがどうしたんだい?」
「いえ、別に……」
それは自分による刀傷で間違いはないが、ますます謎が深まった。
どうして? あの性悪な化け物女は私の処刑を進言し訴えたに違いないのに。
「こんなご配慮はこれまで一度もなかったようだからこれも王子の愛によるものだね。あんたもこれで満足しなきゃいけないよ」
王子の愛! シノブは立ち上がり両手を天に掲げた。
そうだ愛……私達の愛は通じ合い結ばれたのだ、シノブは確信した。
初老の夫婦が馬を操り談笑をしながら進むその幌付き馬車の荷台の片隅に体育座りの婦女がいた。
俯き光のない虚ろな瞳で一心不乱にブツブツと呟き続けている。
「……死にたい死にたい死にたい死にたい」
その婦女とは誰であろうあの忍者シノブ。
「死にたい死にたい死にたい」
彼女は自分の言葉通り死にたがっている。
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「死にたい死にたい死にたい」
「今日はいい天気だねあんた」
「まったくだな。良い風も吹いてらぁ」
まさしくそんなものはどこ吹く風か老夫婦は背後の闇にそのままの意味で背を向け前へ前へと馬車を進ませている。
大きめな石に車輪が乗り上がったのか馬車は揺れ動くと忍者だったものは転がり床に這いつくばった。
だがシノブはそのまま、老夫婦は気にせず外を向いたまま何事もなく進んでいく。
シノブは頭を打ったおかげか少しだけ正気に戻った。そして恨み言を口走る。
「なんであんな女を選んだのですか王子……あなたには心底がっかりしました。幻滅ですぅ……」
脳裏にフラッシュバックに甦る王子のあの姿。よりによってあなたの為に戦っていた私の前に立ちはだかり、全身全霊を籠めた最後の一撃を受けるだなんて……あの化け物女を庇うなんて……そして王子を御守りすることが全ての私がその愛する王子を傷つけてしまったなんて……自分自身も許せないしあの女も許せない……千々に乱れ切ったこの心! 身も心も全て切り裂かれもうどうしていいか分からない……自分という存在は全否定されもうどう生きて良いのか分からない。
「死にたい死にたい死にたい」
すると馬車が止まりうつ伏せになっていた忍者だったものはたくましき老婦人に担ぎ上げられ外に出された。
空は良いお天気で心地よい風が流れ小鳥も囀っているそんな中で三人は昼食をとることとなった。けれどもシノブは食べる気がまったく起きずに焦点の合わない瞳で二人の様子を眺める。
そのシノブのことを少しも気にせずにパンをかじり茶を呑む二人。
食べ終わった夫の方は口笛を吹き妻が手を払っている。こちらのことをまるで構わないその態度……シノブは思う。
自分への死刑執行人に相応しい態度であると。そうずっとこんな調子。
生ける屍となったシノブを荷物のように馬車に乗せ運びこうやって三度の飯を食わせる。
そうこの馬車とは移動牢獄でありどこかこの先にある処刑場に連行している……最中なのだろう。
手錠も縄もしていないのはこちらがあまりにも無気力であるからに他ならない。
そうですとも、私は逃げない、とシノブは頷く。自分は死ぬしかないのだから。最早望みは死のみ……しかしそれにしてもそこにはいつ辿り着けるのだろう? もうずいぶんと移動しているようであるのに。
「……いつ、です?」
呟くとここまでどこ吹く風な態度であったこの老夫婦が目を見開きシノブを見る。
だが返事はない。だからシノブはもう一度尋ねた。
「……そこにはいつ辿り着きます?」
老夫婦は目を合わせ、それから夫の方が返事をした。
「明日には着くだろうね」
「明日……ですか。別にここでもいいのですよ」
「ここでも?」
妻の方が首を傾げる仕草を見せるとシノブは目を閉じ闇を見つめる。
「そうですよ、ここで、私を処刑してもいいと言いました。一思いにここで」
ふたつの息を呑む音が聞こえそれから静寂が来た。
それでも草のせせらぎの音が聞こえる。まるで完全な闇や絶対的な死がどこにも無いような訴えのように。
闇の中突然右肩に温かい何かが触れてきてシノブが瞼を開くと老婦人が隣におり肩に手を置いていた。
「早まっちゃいけないよ。死にたい気持ちはよーく分かるけどね。自棄になっちゃ駄目だよ。あんたはまだまだ若いんだから将来のことを考えなきゃ」
シノブはその温かみに怒りを覚える。何が未来だ! 私はもうノーフューチャーなんだよ!
「将来なんて私にはありませんよ! あるのは死だけなのはあなたたちだって知っているでしょうが!」
「何も王子様だけが男ではないさ。男は他にいくらでもいるよ。あんたなら大丈夫だって」
夫の方も剣幕に驚かずに返すも忍者は憤激のあまり立ち上がる。何という失礼な言い草だ! 王子以外、ですって!
「王子と比べられる男なんてこの世に一人もおりません! 王子は私にとってこの世でたった一人の男だったのですよ! それなのに私は、私は……!」
この手で傷つけてしまった……また脳裏に浮かぶあの惨劇に忍者は泣き崩れ落ちた。
どう考えても私は死ななければならない。王子を傷つけた罪によって。王子による命令によって。
すべては私の王子への愛故の行動であったのにどうしてこんなことに。
「そう今はいくらでも泣くんだよ。けどね思い詰め過ぎてはいけないんだからね。男にフラれたからって死んでいたら命がいくつあっても足りないし、ほとんどの女は現に生きているんだよ」
老婦が穏やかに言うと夫もそれに続いた。
「それにしても王子も罪作りな御方だ。こんなに思い詰めさせる女をフッてしまうなんてな」
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「あの……王子はどこか御怪我をなされていませんでしたか?」
「怪我? ああ肩がちょっと痛そうだったように見えたが、それがどうしたんだい?」
「いえ、別に……」
それは自分による刀傷で間違いはないが、ますます謎が深まった。
どうして? あの性悪な化け物女は私の処刑を進言し訴えたに違いないのに。
「こんなご配慮はこれまで一度もなかったようだからこれも王子の愛によるものだね。あんたもこれで満足しなきゃいけないよ」
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