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第一章 なぜ私であるのか

ごめんなさい。誰もいないと思って

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 晩秋の風の中ジーナは目的地に向かって歩いている。

 いわゆる世界の中心であるその真ん中へと。

 秋も後半であることから緑豊かなソグも色彩は失いつつあり枯色が目立つようになっているものの、一部では未だ夏のような色彩を保っている。

 それによって遠目からでも分かるその大きな館。

 それこそ龍の館。
 
 館というよりかは砦であり、砦というには穏やかな小城を思わせるその佇まいを見ながらジーナはげんなりし、いますぐにも帰りたくなった。

 この館を取り巻くこの長々しい高い塀に沿って歩いて行けばいつか重々しい扉に辿り着くのであろうが、別に辿り着かずに一周回って扉が見当たりませんでしたということでもいいのでは?

 私は入り口が見つからず出口も見つけられなかったので帰りました……と明日報告し散々に怒鳴られ引っ叩かられてもいいのでは?それで済むのならばいっそのこと。

 そうだ扉が現れても見て見ぬふりどころか存在を認めないようにして素通りすればいいのでは?私の行動は間違えているが、大きく見れば間違えてはいない、むしろ正しく賢い行いと言えるのでは?

 うむ、とジーナは一人合点し頷く。今更ながらそれでいこう、と思っている矢先に扉が現れ門番と目が合い逸らしそしてジーナは期待する。

「おいコラそこの怪しい風体の男!ここがどこか分かっていないのか?二度とここに近寄るな」
 といった言葉が来たらこう返す。
「はい申し訳ありません。私はこのようなところに入れる存在ではありません。二度と近寄りませんので何卒ご容赦を」

 そう私はこの世界における完全なる異物であり、決してこの役割を負うものではないのだから……

「あっあなたは第二隊隊長のジーナ氏ですよね?いいやそうに決まっている。そのお顔の名誉の戦傷が何よりのご証拠、お話は聞いております、どうぞお入りください」

 ベラベラと喋る門番は仲間を呼び二人がかりで早歩きで逃げようとするジーナの肩を恭しくも強い力で手に掛け、さながら連行のように彼を門の中まで引っ張っていった。

 何をしているんだお前は、冷静になれ、こんなことは許されない!

「待て!待ってくれいきなりすぎる!これが人違いだという可能性も考えないのか?危険だぞ!この怪しい私がもしも龍を害するものだったらどうするつもりだ」

「すごい……同じことを言われている。いえ、昨晩ルーゲン師から連絡がありまして、あなた様はそういった御戯れ事を言う可能性があるのでお気をつけてと言われましてね。逃がさないようにと。似顔絵もいただきました。一目でわかるぐらい、すごく、そっくりです」

 やられた! 
 ジーナは何故自分がこの門の前を一気に駆け抜けなかったのかと唇を噛んだ。

「ルーゲン師からジーナ氏はたいへん緊張していると聞いております。けど皆さんもこのお役目の際は緊張するものですから大丈夫ですよ」

 なにも大丈夫じゃないし、あの人もなんて余計なことを言うのだろうか。

 それにこの傷も……とジーナの頭はそのことでいっぱいなために門番に反論ができずに引きずられ、館の中に放り込まれる様にして入れられ閉じ込められた。

 龍の館の一階大広間。

 その中央には螺旋階段がありジーナは仕方なしに昇り始めた。
 
 説明を受けた通りに目指すは龍身の部屋があるという中央の階段最上階へ。階段を回りながら昇る間中にジーナはずっと考える。

 やはり私であっては駄目だろう、と。

 いまの自分は最もここに来ることもあれに近づくこともしてはならないのに、こうして階段を昇っている。

 龍の護衛になるために……この私が?
 
 なんという誤りであり、なんという馬鹿馬鹿しさであり、なんという……皮肉な話だろうか、とジーナは階段の途中で止まり、また動き、止まるを繰り返す。

「選ばれた?全く以てありえないことだ。やはり帰ろう、そうだ帰ろう」

 決意すると同時に足は階段を上り切っていた。

 どうして意識と身体が離れているのだろう?

 混乱し過ぎだとジーナは自分の足もとを見てそれから視線を前に戻すと、そこには無数の扉があり呆然となりながらそれを眺めていた。

 どれも同じサイズで同じ色の扉である。

 どの扉が龍の部屋に通じているのか?普通なら例えば真ん中の扉がそれらしいと思われるが、この広間には真ん中の扉だけが無かった。

 警護のためであろうがこれを見たジーナは動揺ではなくむしろ心安らかとなり深く頷いて安心する。救われた、と。帰れる、と。

 おそらくここに放り込まれる前に門番の兵がどれであるのかを言ったのであろうがそれを自分は完全に聞き漏らしていた。

 というか昨日ルーゲン師も何かを言っていた気もするが、拒絶反応からかろくに聞いていなかったのだろう。

 それに普通なら案内がいるはずなのにそういったものがいない。

 これはおそらく自分が予定よりも早い時間に来てしまったためであり、みんな仕事中か休憩中か違うことをしているのだろう。すると私はこの先に行かなくて済む。

 つまり龍の護衛にならなくて済む。

 こう結論づけジーナは安堵の息を漏らしながら心地良い気持ちとなった。
これについては門番や他のものに罪は、無い。全て私が悪い。

 全ての罪は私が背負う。

 いいや背負わさせそして罰してくれ。
 龍の護衛という権利を剥奪されるという罰は自分にとっては御褒美であり、他のものからすれば極刑もののお仕置き。
 私だからこそ無傷なのだ。

 しかしここに突っ立っているとそのうち例の案内役が突然現れたり、門に戻ったらここに連れ戻されるに決まっている。

 そうならないためにはここで間違えた扉を選び中に入り彷徨い約束の時間に間に合わなかったことにしなくては。

 それによって確実に処分を受け護衛の任は解かれる……こうする他あるまいと。

 仕方がない、これは運命であると。いくらなんでも初日にしくじったら次はない。

 これでいい、これで私の悩みは消え、すべては上手くいくのだ。

 もとの自分にジーナに戻れるのだ。
 あの苦悩することのない存在に。

 そうと覚悟を決めるとジーナは一番正解の確率が低そうな階段のすぐ右隣にある扉に手をかける。

 この扉を開けたらこの件は終了……しかし、もしかしたらこれが正解だったら?

 いいやここであるはずがないよな?とジーナに一瞬の戸惑いが生まれ手が止まる。
 すると扉が急に内側から開かれ前のめりになっていたジーナの額を打ちつけた。

「あれ?ごっごめんなさい、誰もいないと思って大丈夫ですか?」

 不意打ちを額に喰らったジーナは衝撃で跪いているとその額に手がかけられた。

「血は出ていないし……痣にはなっていないようですね」

 目を開けて見上げると額に触れる指の間から見えるは夕陽……ではなくそれに似た色をした瞳がそこにありジーナはそれを見つめる。

 意識が吸い込まれそうになりながらそれを見るうちに手が動き二つの夕陽は赤い瞳となり、女官服姿の黒髪の女がそこにいた。
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