龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

その極端短髪は似合わんぞ、早く髪を伸ばせ

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「どうしても妾の言うことが聞けぬというのだな……のぉシオン」

「凄まれても駄目です。それだけはどうしても聞くことができません。どうかご容赦を……ヘイム様」

 ここは龍の間。

 ヘイムと呼ばれた女は眉をしかめながら失望を身体で現すためにテーブルに突っ伏すと、その白銀の髪がテーブルの上に広がり乱れ、散る。

「妾はただそなたのことを思って言っておるのに、どうしてこの思いをそう踏みにじるのだ?」

 小声でブツブツ言うヘイムの姿に対し慣れきっているのか、微動だにせずに立つシオンと呼ばれた長身の女が答えた。

「踏みにじってはおりません。繰り言になりますが、これは聖なる約束というか背負った宿命として自らに架していることなのです」

「そこが分からん。一体全体にどうしてそのような極端短髪にして髪を伸ばさぬのだ?昔のように妾と同じくらいに髪を長くしてお互いに楽しもうと願っておるだけであるぞだいたいそなたのその短髪はちっとも似合っておらん。軽薄な小娘たちはカッコいいとかなんとか囃し立てておるが妾にはさっぱりわからぬ。そなたにカッコいいなんて言葉は似合わぬ。相応しいのは綺麗で美しい、だ。あの長い髪の頃が懐かしいのぉ。そなたぐらい長い髪の似合う女はおらんと思っておったし今だってそうだ。だからどうしてもそなたを見るたびに、そのことを思い出してしまって物足りなさを感じてしまう。あの頃とはまるで別人だ」

 毎回の口上を述べているためにシオンもまたいつもと同じ口上を述べることにした。

 文句は言いたいだけ言わせないとおかしなところに溜まってしまう、そういう考え方であった。

「これは戦争が終わる願掛けでもございます。戦争が終わり次第伸ばしますからね。そもそもこの戦乱の時代で前線に出るものに長い髪などまさに無用の長物としかいえません。それに私自身はこの髪形を結構気に入っておりますし」

 自分の栗色の髪を軽く撫でながらシオンは言った。

「だから似合っとらん!戦争の終わりというのなら、な、この前のソグ山の戦いで奴らの攻勢を完全に撃退したことを以て、戦争が半分終わったということにしてそのぶんだけ、まぁせめて肩のところぐらいまで伸ばしたらどうだ?」

「油断も含めてそれはいけません」

「油断って妾らは龍戦を制したのだぞ。半分以上勝っていることにしても良いのに油断禁物ということで肩までと妥協したというのに、いかんのか?」

「いかんです。龍が中央の中心に戻るまで戦争は終わらない。つまりあなたの中央帰還が戦争の終わりなのですよ」

「何とも意固地で融通の利かんものだな」

「はいそうです。ここにいるあなた様の幼馴染であり従姉妹のシオンは物心がついた頃から意固地で融通の利かぬ頑固者でございます」

 あぁ……突っ伏していたヘイムは身を起こし今度は背もたれに全身を傾け椅子の足を半分浮かせる。

 反抗的な態度だな、とシオンは思うもそこには触れないことにした。

「ところで今日はやけに口調が固いな。硬いもんでも食ったのか?」

「これから新しい護衛のものが来るので少し気を引き締めておりましてね」

 シオンが微笑むとヘイムは眉間にシワを寄せる。

「誰が来ようと構わぬではないか。いつものように砕けていいぞ。許す」

「駄目ですってばヘイム。あなたはそれで良いのでしょうが私は龍の騎士であり、あなたは龍身様なのですよ。いつものヘイムとシオンの関係ではなく、龍身様と龍の騎士の関係でありこれから来る龍の護衛がその輪の関係に加わるのです。少しは緊張感を持ちなさいって」

 忌々しげに鼻息を漏らしながら机の上にあった書類を手に取ると興味なさそうに文章に目を走らせ、すぐさまシオンに手渡した。

「読みました?」

「眺めただけだ。面倒だ、知らん」

「それでは駄目ですって。仕方がありませんね、じゃあ私が読みますけど、今回のは今までとは違いますよ」

「違う?同じだ。誰でもやることに変わりはないではないか。妾は龍身であり護衛に儀式の手伝いをさせる、それ以外なにもない」

「まぁまぁそう言わずに聞きなさいって。出身はなんと、西の砂漠の果てですよ」

 欠伸をするために口を開け手を当てていたヘイムの手が止まり、口は閉じ所在無げな手を宙を舞わせる。

「……なんでそのような怪しいやつを?」

「本当に人の話を聞いていませんね。この男はあの決戦、そう龍戦の最前線で戦った英雄ですよ」

「ああ今は第二隊となったところのか。するとソグ山で雪中遭難しかけたという」

「遭難ではなく追撃で以て勲功を立てたものです」

 そうかとヘイムは興味なさげに髪をいじりだしたのを見てシオンは不審に感じ思う。

どうしたのか普段ならこんなことはしないというのに。

書類だってしっかりと読み込んで準備を万端にしておくというのに、どうして今日に限ってこのようにどこか投げ遣りなのだろうか?
 そのまま体調や気分が悪いだけかもしれないけれど、ここまで不可解に嫌悪感を現すことは珍しかった。まるで怯えこのことを拒絶しているように……

「……っで名前をなんと申すのだ?」

「ジーナということですね」

「ジーナか……ジーナ……ふぅん」 

 ヘイムは何度か名を呟き響きを確かめ考えているのか首を動かしている。

「なぁ女の名ではないのか、これ?」

「えっ?語感がそうとでも?私はそうは感じませんが」

 シオンはその疑問こそおかしいと思ったものの、ヘイムが考え込んでいるのを見て不安を覚える。

 いったい、なんだ?

「いや、その名は女の響きが強いぞ。妾の心が血がそう伝えてきておる。そんな男なのに女臭い名のものにこの役は務まるのか?そもそも意思の疎通は可能か?言葉は通じるのか?西の果てのものなどとは妾は話したことなどないぞ」

 嫌だと言いたいのだろうがもう遅いとシオンはその感情は無視することとした。

「バルツ殿とルーゲン師の推薦でしょうからその点は問題ないかと思われます。戦争も落ち着きましたし真の英雄を龍の護衛にするのは道理でしょう。それにヘイム様も龍身となられてから各地域の方々との交流を行ってきたので、砂漠の果てのものともこの先関わる必要もありましょうし」

 シオンがそういうとヘイムの顔が歪んだ。

「西か……不吉だな」

 むっそれは?とシオンが問う前に扉が三度おとなしめに叩かれ小さな声で口上が述べられた。

 例の男が来た。

 返事を待っているのだ。いつものようにシオンが答えようとするもヘイムが手で制し、それから数秒、沈黙。

 ヘイムは呼吸を整え半ば怒鳴るようにして命じた。

「開いている、入れ」

 しかし扉はすぐには開かれず間がありシオンはその数秒が異様に長く感じ、癇に障った。

 なんだこの男は?

 早く入ってくればいいのに。
 堪え切れず自分で声を掛けようとするとやっと扉が開かれ一人の男がそっと入ってきてシオンは観察し始め瞬間的に思う、まぁ悪くはないな、と直感が訴えるもすぐにおかしいとシオンは首を捻った。

 いや悪いだろう、と。

 扉の前に立つのは細身でも美男子でもない男。
 厳つめな顔つきでありそれだけならまだ我慢しようがその顔中には戦歴が刻まれており反射的に目が逸れた。
 元から期待はしてはいないものの見て楽しむということはなさそうであり、いつもならやれやれと内心で呟いておしまいというのに、悪くないとは何だ?
 
 どうしてこんな第一印象を抱いたのか?
 しかも扉に入るのが遅いという不快さを覚えたところから始まったというのに。服は誰かのお下がりだろうか旧い型であり清潔だが薄汚れている感は拭えず、総合的な見てくれも悪い方だ。

 表情は緊張気味で思索深げであり明るさを感じない陰気で憂鬱なもの……なんです?

 あなたはこの栄誉ある役目が嫌だとでも?

 考えれば考えるほどに良くはないし美という言葉からも程遠いというのに、悪くない?
 
 どういうことだ?

 悪の塊とまとめていいのに、悪くないとはこれは如何に?
 思考がグルグル回るもののシオンは傾いていた首を真っ直ぐに戻し、頷いた。
 考えても妄想しても仕方がない、だって悪くないのですもの、と。

そうシオンは理性に縛られるほど愚かものでもなかった。

「悪くはないですね」

 とヘイムに早口に囁くがヘイムは無反応で動かない。

 何も言わず、呼吸も止っている。

 見ているものはただ一つ。
 その右目が捉えているのはひとつのものジーナの左頬を、見ていた。
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