龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

君を誑かすためのものだ

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 たとえこのように黒く変わっていても一目見てすぐにあれが何であるのかが男には分かっていた。

 それはあの家に他ならず、私のためにここに現れたということを。偵察中にずっと声がしていた。来て、と。しかしそれは外からの声ではなく内からの声でありいつでもどんな時でも行けるはずであった。

 要はタイミングであったのだが、不幸なことに一人にはなれなかったな。けれど男はそれでも腹をくくった。枯れ野原と黒い家は荒涼感という点では凄まじく合っていたものの、どうしてこんなに黒いのかは男にはその記憶は無かった。

 あれは古びた緑色であったはず。黒というのは不吉な色であるために家屋の色では使われず、このような家はまず存在はしない。そうだこの世のものではない。

 しかも黒とは、敵であり裏切りであり、多くの討つべきものの色。あれを黒い獣と呼ぶように、忌み嫌うべき色。

 その意味がブリアンとアルには分かっていなかったのが幸いと言えたが、やたらとしつこいブリアンを振り切ることができず二人連れで入ることとなった。その心の中に。

 中は想像以上の闇であり風も入らず音も鳴らない、あらゆるものの一切が絶えていくこの死に近い世界。

 私の場所。

 懐かしさを噛みしめながら男はブリアンを連れて中へと進む。あれがいる部屋は忘れるわけもなく一番奥の左の部屋。では、右はなんであろうか? と男は迷った。

 そんな部屋は本来はなかったのだ。

 だがここがもしも私の中だとするのなら、左とは対照的なものとなる、その意味はひとえに……と考えた男はブリアンをまず左の部屋に案内させその闇の深さに慄かせ引かせ、それから右の部屋を案内することにした。

「光があるかもしれない」

 と男は告げるも、それは勘であり予感のみであった。だがこの深すぎる闇と黒色は何に対するものであるとしたら、その答えはここにあり、やはりあった。

 男は窓辺の一筋の光を見て思わず何かを言葉が漏らしかけるも、堪えた。これが罪なのだろう。これだ、この為に呼んだのであろう。分かっている。分かっていたと。

 ブリアンが一目散に向かった時に男は確認する。自分はそちらには行けない。お前は好きなだけそこにいてくれ。

 すまない、と分からぬように扉を閉め目の前の扉を、左の部屋の扉に手をかけ開けた。

 闇はある程度薄まったのか足元の床はかろうじて見え奥のベットも輪郭だけは見えた。もっともその場所などは目などをつぶっても辿り着けるぐらい知っているのだが、それでも目を開きながら男は近寄りその布団のふくらみと闇に向かって話しかける。

「これでいいのか?」

 と傍にあるいつものであった椅子に座ると闇が少し濃くなるのが男には分かり、それが合図であったのだろう左頬に冷たいものがあたり、これが来た。

「どうしたの? なにをしているの?」

 それは何千何百となく頭の中で響いた言葉。あの人と出会ったあとに始まった言葉。その意味するところも男には分かっていた。

「まだ龍にはなっていない」

「あれは龍となるのだよ」

 言葉に詰まらぬよう返さなくてはと男は思うも、抗弁だとも感じていた。

「いまは龍ではない。予定通り中央に辿り着いて龍となったら」

「今の君に、できるというの?」

 見抜かれている、だからこそ呼んだのであろう。いまはまだ迷いの段階なのだろう、こうして言えば、また元に戻ると踏んでの。

「できる」

「できるの?」

 欺瞞の響きがあるのなら何度でも聞き返す、それはそういうものであり、分かり切っているのに、なぜ言いきれないのか。

「できる。私はそういう存在だ」

「そうだよ。君はそういう存在であり、それ以外にはなりようがない。君の名とは龍を討つものであり、他の名はなく、それ以外の一切の名では、ない。どこにもね」

 男にとってその言葉は胸の奥に染み込み力が湧いてくるものであった。私が欲しかったのはその言葉であったと。

 そうだと私はそういう存在であり、それ以外のものになりようがない、なってはならない、そのために私は、自分は……俺は名を……

「でもね」

 痕を撫でる手の冷たさが増し、心の奥にまで侵入してくるようであった。

「証拠を見せてもらいたいんだ。だってそうでしょ。君はあの口ではいくら言ったところで行動であの女に違うものを感じ出している。騙されているんだ」

「だからあれはまだ龍ではないんだ」

「僕が言っているのはそういうことではないって分かるだろ?」

 威圧する言葉によって男の口は閉ざされ認めざるを得なくなる。この闇は私の全てを見ており、行動を心の全てを、把握している。私自身の中にあるのだから。

「あれはね、龍の策略なんだよ」

 疑惑の指摘が胸中を締め付けて来る。

「君を誑かせして自分を守ろうとしている。だってそうだろう? 何だって君がそこまで大切にされていると思っているんだ? そして君だって自分はそんなことをされる資格なんて、かけらほどにもないと自覚しているというのに。全部はあの女はもとい龍の計画なんだよ。それなのに君は引っ掛ってしまって……だからその名に反している」

 反している、男にとって一番聞きたくなかった言葉が現れ全身が震えだしていた。それだけはダメなのに、それ以外ならなんでもできるというのに。

 心中が読めるためか自動的にもう会話は成立しており闇は手を頬から右胸へと動かした。

「ここに、あるよねあれがさ。あの女から貰った御守りってやつ。どういうものでどういう意図があるかわからないけど、これをさ、短刀で刺してよ」

 冷たいものが懐に入ると男は反射的に不快感が走った。それは冷たさからではなくそれとは違うものであり、闇はそこを見逃さなかった。

「やっぱりそうだな、何もかもが半端な状態なんだよ。なら丁度いいや、やるべきだ、ほら机の上においてさこの短刀で」

 闇は男の腰につけていた短刀を右手に握らせ命じる。

「突き刺すんだ。君にならできる、いいやできなくちゃ困る。ジーナならできるんだ。ここでこれだったらこの先はどうするつもりなんだ?だからここで一度線を引くんだ。龍を討つものと、龍となるものの間に一線を引き、それ以上近づかないようにしなくちゃいけない。だって君はそういう存在だとさっき誓っただろ。なんでもできると。だからこれだってできる。ほら出してよ」

 右手は自然と短刀を逆手で持ち上がり左手は懐の中に入りあれを探している。あの御守りを。しかしこれは何だったのだろうかと男は考え出した。何のためにあの人はこれを自分に……

 左手がそれに触れるとそれ以上動かせなくなった。これは

「君を誑かすためのものだ」

 前日に一心不乱に書いていた文書は何であろうか。

「君には関係のないものだ」

 そもそも第一に、私はそのようなことができるのか?

「迷わず、龍を討つものとしてここは乗り越えるんだ」

 私は龍を討たなければならない。

「そうだ君はその名を継いだのだからね。そのために君は僕の……」

 私はその為にはここでこれを刺さなければならない。

「線を引くんだ。刺して捨てろ、討って葬れ、龍と共に女も含めてだ」

 男の瞳は金色に輝くも左手をひき短刀を両手で握った。

「……やめろ!」

 闇が叫び男を包み込む。

「やめろそうじゃない!」

「私は龍は討つ、そしてこれを刺し線を引く。だがそのための代償は」

 男の短刀は右胸の高さの位置に来た。

「やめて!」

「これ以外にない」

 短刀の刃先はそのまま右胸に飛び込み何かに当たりそれか御お守りを突き刺し男の肉体へと入っていくなか、奥から彼方から自分のではない絶叫があがり、遠ざかる意識の中でその悲鳴を聞きながら男は闇の中に落ちて行く。無限の如くに重なり続ける深い闇が来た。
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