101 / 313
第二章 なぜ私ではないのか
彼はどうしてここにやってきたのでしょうね
しおりを挟む
「西の地に関わらないという方針はどうやら始祖様からとのことですね」
ヘイムの左側に座るルーゲンが講義を始める。
「現在では交流が絶えて行われてありませんが、始祖以前では西と中央の間では商業どころか軍事的な関わりもあり、記録によれば先の戦争においても西側の人間による協力もあったと思われる箇所も存在します」
「それは初耳ですが、それはルーゲン師の個人的な推測なのではないでしょうか?」
シオンが資料を指でなぞりながら尋ねるとルーゲンは苦笑いをする。
「たしかに独自研究といえますね。西のものと共に戦ったという記述はありませんが、ときたまこちらのものではないと思われる武器や文化を持つ戦士の記述があるのですよ。これはどこの人間か? 北か南か? それにしては妙だ。そうなると考えられるのは……と消去法的な論理展開ではありますけれどね」
「前提として西のものがいたとするのなら、問題はどうして記録上では西の記述が皆無であるのか、これが謎であるのだな」
ヘイムが声をあげるとルーゲンは恭しく頭を下げた。
「そこであります。存在を隠したり消したりすることは即ち、そうせざるを得ない重大な何かがあるということです。つまりは始祖様と西の地とは何かがあった、と僕はこう考えるわけなのです」
「けれどジーナの話では特に大したことのない土地みたいですけどね」
講義に退屈しているシオンはあくびを混ぜながら独り言っぽく言った。歴史の話は退屈なんですよね。
「統一支配している王といったものが存在せずに各部族が各々の山や土地を所有している地域。まぁこんな感じらしくて特にという印象がありましたが、こんなところをどうして始祖様は立ち入り禁止の地に指定したのか分かりませんね」
「なんにも無いから封禁の地にしたのではないか?」
「それなら納得ですね。何も無いならフフッ西と中央の間にある砂漠地帯をわざわざ渡ってまで行くところではありませんよね。始祖様に感謝です」
二人のふざけ合いが始まろうとしていたためにルーゲンは急いで話を戻らせた。
「その間にある砂漠地帯はどうも始祖様が中央に遷られて以後のものという記録がございましてね。そうです、以前は草原地帯が続いており、それまで自由に行き来ができた東西の連絡道が砂漠地帯となり、それ以後交流が絶えて無くなったというわけでして。方針と物理的な条件が加われば自然にそうなりますね」
「あれが元々のものではない、と? では天変地異でもあったとでも?」
「気がつけばその地には雨が降らなくなり日照りが延々と続きやがてその地は砂漠となった。あたかもそれは線であり、境であり、生きとし生けるものの往来を拒むように……まるでそれは西を封印するという龍の意志であるかのように」
ヘイムが何かを朗々と読み上げたがその手元には何ひとつとして開かれた書物は無かった。
「あったとしたらだいたいそんな感じではないのかのう? 龍の力とは天を左右する力でもあり、そこまでの天変地異は龍の意思としか言えんからな。それでどうなのでルーゲン師。もしこれが始祖様の意思だとしたらどのような動機だとそなたは見る?」
聞かれるやルーゲンは自らの両手の指先を合わせながら瞑想を始めるような姿勢となり、二人の間で緊張が走る。
なにかただ事ではないことをこれから口走るのだろうか? と両者ともに不安を視線でのみ語り合うと、ルーゲンの口が開いた。
「独自研究となりますが僕はたまに考えてしまうのですよ。龍とは、同時に始祖様はどこからお出でになられたのかと」
深刻そうな言葉に対してシオンは首を傾げながら疑問を呈する。
「どこって、始祖様は天から降りられた龍と一つになったのでは? その頃は翼があったのでしょうね」
「その伝承を僕は否定するつもりではありませんが、より具体的にその天とはどこからの言いかえであったと推理しているのです。北か南か東か、はたまた正真正銘に中央の天からか」
「それで西ではないかとと推測しているわけか」
ヘイムはルーゲンの意を汲み取るもシオンは首を振った。
「また消去法による憶測ですか。文献や口承による論拠がないでしょうからそれは単なる考えすぎて拗らせたものですよ。だいたいおかしいと思いませんか? 始祖様が西からやってきたとするのなら、どうして西への交通手段を絶やすのです?しかも関所や要塞で無く徹底的な往来の否定である砂漠地帯にするなんて、故郷が嫌いで封印したいのなら自分が行かなければいいじゃありませんか。ただでさえ何にもないのですから行く理由もないでしょうに」
ルーゲンが合わせていた指を解いて笑い出すとヘイムも何故か失笑した。シオンがいてくれて良かったといった意味みたいであった。
それを肯定と受け止めたのか気分が乗ったシオンは論を繋いでいく。
「そういうことで始祖様が西を砂漠地帯にしたと仮定するとその理由ですがもっと単純に考えましょう。ルーゲン師は物事を難しく考えすぎなのでここは竹を割ったように行きますと、そこは単純に敵の進軍を防ぐためと考えてはどうでしょう」
「普通に考えてそこに落ち着くかもしれんが、やけに大げさであるな。それこそ関所や要塞でいいのではないのか?」
「それでは到底防げないぐらいの怪物を警戒しての措置ではないでしょうか? なにせ始祖であられる伝説の龍祖様が警戒し砂漠地を設けるほどなのですから、自分と同程度の強敵とも考えられますね」
「そこまでいくと神話的な物語になりますがね。もとより神話でありますけれど」
ルーゲンが話に乗ったのでシオンは論を飛躍させた。
「そうです、よってここは神話的な解釈でいいんですって。つまりはさっきのルーゲン師の空想論と合体させますと西から来た龍が始祖様と一体化し中央の座につくも……そうですね、こうしましょう! 始祖様はまた西からそのような龍が来ることを警戒したために道を途絶えさせた。これで行きましょう、ええこれがいい」
ルーゲンは微笑みながら聞いているが、ヘイムはその眼が笑っていないことを見逃さずに次の質問の際には鈍い光が宿したのも見る。
「素晴らしいですねシオン嬢。では空想に空想を重ねてもう一枚いきましょう。実際のところ砂漠地帯にしただけで安心できますか? そこまで力のある怪物でしたら砂漠であろうと我慢をしたら通過できるのでは?」
「フフフッはたしていったいにこれまで中央で西から来た怪物に襲われたという事件があったでしょうか? 寡聞にして聞きませんね。いたとしましたらこの三人のうちの誰かの耳に必ずや入るはずですよ。ありますかルーゲン師にヘイム様?」
ルーゲンは首を首を振りヘイムは言葉にした。
「聞いたことは、ないな」
「見たこともないでしょう。ということで結論としてはこの話は」
ハイネが返し、ルーゲンが続いた。
「もう一つ空想を重ねても問題はありますまい。偉大なる始祖様は果たして砂漠という障壁を設けたことで満足したとはとても思われません。よって僕がもしも始祖様の側近でありましたら、こう申し上げますね。砂漠の先に一つの精鋭部隊を配置すべきである、と」
「そんな命令を一体どこの誰が従うのだというのだ?」
叱責にも似た声がヘイムの口から出るも、ルーゲンの声に変化はなかった。
「最も忠義心の厚い戦士を、です。彼にその地方を与え、そのような怪物が西に向かうのを防がせる。さすれば例え防衛線が破られたとしても砂漠という障害が傷ついた怪物の行く手を遮り、目的は達せられるでしょう」
「そこまで信じて疑いも抱かぬ人物なんていましたら手元に置きますけどね。そんな遠くに行かせたら心細いしつまらないじゃないですか」
半ば呆れながらルーゲンの空想を聞くシオンは投げ遣りにそう言った。
「手元に置けないとしましたら、とまた空想を重ねましたね」
「いくら重ねても実態が無いのだから好きにするがよい。いつもと違って今日はやけにふわふわした話をするのだな。まっ、西及びに砂漠というのは全く調査も研究が進んでおらぬからそなたのような学究肌のものであっても、そのような空想に耽ってしまうのであろうがな」
もうこの話は打ち切りとでも言うようにヘイムは机の上のものを片付け始めるも、シオンがいつもの思い付きで尋ねた。
「砂漠を今まで踏破した人はいるのでしたっけ?」
ヘイムの片付ける手が止まり耳を傾けだした。その話題となるということは。
「中央の記録ではこちら側から西に渡ったものはいないようです。もっとも帰ってこなかったということですので到達したのも不明という有様で。一方で西から渡って来るものはどうやら近年増え始め……まぁとある商団だけらしく、春先にごく稀にいるとのことです。その季節のほんの一時期のみ無理矢理砂漠を渡れるとか。もちろん自らの足ではなく砂漠の気候に耐えられる馬に似た生き物に幌付きの車を引かせてこちらに。このごく一部の商人が一種の賭けのようにこちらを目指して突っ走るとのことで。あちらの稀少な鉱石や宝石等を莫大な値で売りさばき、こちらの武器や書を購入して西に持ち帰りそこで大儲けをする、何とも逞しい話で」
「ジーナもその仕事をしていたようですね。商人の護衛というか部下として働いていたと言っていましたし。その伝手を頼ってこちらに来たのですから唯一の西からの戦士として……あれ?」
シオンは何かに気付いたように顎に手を付け考え出し、二人はその様子を黙って眺め言葉が出るのを待った。
「そうですよ。バルツ将軍は中夏季に砂漠の戦いの最中に彼と出会ったと前に話してくれましたが、夏季はまず通行不能ではないでしょうか? 春先が唯一なのに中夏季となると救いようがないのでは?」
何故かヘイムが笑い出し疑問を冗談で返した。
「我慢して渡ってきたのではないのか? ほれさっき話で出てきたあれが人間ではなく怪物であったら可能であろうに」
今度はシオンが笑い出した。
「それは良いですね。なるほどあれは人間の皮を被った怪物。それなら全部納得できますよ。だって異常に強いですし変に無欲ですし最前線で戦いたがるしでおかしなことしかありません。だから私はたまにこんなことを思いましてね。ジーナは」
「ジーナは」
ヘイムも口に出し、次の言葉を待つ。
「……」
ルーゲンは何も言わなかった。
「とんでもない重罪人で腰がぬけるほどの悪人の可能性もありますよ。悪事を積み重ねすぎて向うにいられなくなって居場所を求めて砂漠を渡り、我々の方に参戦した。罪を償いために戦う男。まっもしかしたらですけどね」
「まぁあれは、悪党だからな」
「僕は彼はとても優しい人間だとは思いますけどね」
「フフッそうやって猫ならぬ怪物の皮を被っているのかも。まっあんな頭が良くない極悪人はあまりいないと思いますが。とりあえず西というのは意味不明な地ですね。我々に関係があるようでいてなさそうにも見えて」
「けれど僕は思います。彼は我々にとってとても必要な人物だということをね」
「あれだけ強いのですから私もそう思います。さっきのはほとんど冗談だとして、実際のところの疑問は」
シオンは立ち上がるとヘイムも立ち上がりルーゲンも続いた。終わりの合図ということだ。
「彼はどうしてここにやってきたのでしょうね?」
ヘイムの左側に座るルーゲンが講義を始める。
「現在では交流が絶えて行われてありませんが、始祖以前では西と中央の間では商業どころか軍事的な関わりもあり、記録によれば先の戦争においても西側の人間による協力もあったと思われる箇所も存在します」
「それは初耳ですが、それはルーゲン師の個人的な推測なのではないでしょうか?」
シオンが資料を指でなぞりながら尋ねるとルーゲンは苦笑いをする。
「たしかに独自研究といえますね。西のものと共に戦ったという記述はありませんが、ときたまこちらのものではないと思われる武器や文化を持つ戦士の記述があるのですよ。これはどこの人間か? 北か南か? それにしては妙だ。そうなると考えられるのは……と消去法的な論理展開ではありますけれどね」
「前提として西のものがいたとするのなら、問題はどうして記録上では西の記述が皆無であるのか、これが謎であるのだな」
ヘイムが声をあげるとルーゲンは恭しく頭を下げた。
「そこであります。存在を隠したり消したりすることは即ち、そうせざるを得ない重大な何かがあるということです。つまりは始祖様と西の地とは何かがあった、と僕はこう考えるわけなのです」
「けれどジーナの話では特に大したことのない土地みたいですけどね」
講義に退屈しているシオンはあくびを混ぜながら独り言っぽく言った。歴史の話は退屈なんですよね。
「統一支配している王といったものが存在せずに各部族が各々の山や土地を所有している地域。まぁこんな感じらしくて特にという印象がありましたが、こんなところをどうして始祖様は立ち入り禁止の地に指定したのか分かりませんね」
「なんにも無いから封禁の地にしたのではないか?」
「それなら納得ですね。何も無いならフフッ西と中央の間にある砂漠地帯をわざわざ渡ってまで行くところではありませんよね。始祖様に感謝です」
二人のふざけ合いが始まろうとしていたためにルーゲンは急いで話を戻らせた。
「その間にある砂漠地帯はどうも始祖様が中央に遷られて以後のものという記録がございましてね。そうです、以前は草原地帯が続いており、それまで自由に行き来ができた東西の連絡道が砂漠地帯となり、それ以後交流が絶えて無くなったというわけでして。方針と物理的な条件が加われば自然にそうなりますね」
「あれが元々のものではない、と? では天変地異でもあったとでも?」
「気がつけばその地には雨が降らなくなり日照りが延々と続きやがてその地は砂漠となった。あたかもそれは線であり、境であり、生きとし生けるものの往来を拒むように……まるでそれは西を封印するという龍の意志であるかのように」
ヘイムが何かを朗々と読み上げたがその手元には何ひとつとして開かれた書物は無かった。
「あったとしたらだいたいそんな感じではないのかのう? 龍の力とは天を左右する力でもあり、そこまでの天変地異は龍の意思としか言えんからな。それでどうなのでルーゲン師。もしこれが始祖様の意思だとしたらどのような動機だとそなたは見る?」
聞かれるやルーゲンは自らの両手の指先を合わせながら瞑想を始めるような姿勢となり、二人の間で緊張が走る。
なにかただ事ではないことをこれから口走るのだろうか? と両者ともに不安を視線でのみ語り合うと、ルーゲンの口が開いた。
「独自研究となりますが僕はたまに考えてしまうのですよ。龍とは、同時に始祖様はどこからお出でになられたのかと」
深刻そうな言葉に対してシオンは首を傾げながら疑問を呈する。
「どこって、始祖様は天から降りられた龍と一つになったのでは? その頃は翼があったのでしょうね」
「その伝承を僕は否定するつもりではありませんが、より具体的にその天とはどこからの言いかえであったと推理しているのです。北か南か東か、はたまた正真正銘に中央の天からか」
「それで西ではないかとと推測しているわけか」
ヘイムはルーゲンの意を汲み取るもシオンは首を振った。
「また消去法による憶測ですか。文献や口承による論拠がないでしょうからそれは単なる考えすぎて拗らせたものですよ。だいたいおかしいと思いませんか? 始祖様が西からやってきたとするのなら、どうして西への交通手段を絶やすのです?しかも関所や要塞で無く徹底的な往来の否定である砂漠地帯にするなんて、故郷が嫌いで封印したいのなら自分が行かなければいいじゃありませんか。ただでさえ何にもないのですから行く理由もないでしょうに」
ルーゲンが合わせていた指を解いて笑い出すとヘイムも何故か失笑した。シオンがいてくれて良かったといった意味みたいであった。
それを肯定と受け止めたのか気分が乗ったシオンは論を繋いでいく。
「そういうことで始祖様が西を砂漠地帯にしたと仮定するとその理由ですがもっと単純に考えましょう。ルーゲン師は物事を難しく考えすぎなのでここは竹を割ったように行きますと、そこは単純に敵の進軍を防ぐためと考えてはどうでしょう」
「普通に考えてそこに落ち着くかもしれんが、やけに大げさであるな。それこそ関所や要塞でいいのではないのか?」
「それでは到底防げないぐらいの怪物を警戒しての措置ではないでしょうか? なにせ始祖であられる伝説の龍祖様が警戒し砂漠地を設けるほどなのですから、自分と同程度の強敵とも考えられますね」
「そこまでいくと神話的な物語になりますがね。もとより神話でありますけれど」
ルーゲンが話に乗ったのでシオンは論を飛躍させた。
「そうです、よってここは神話的な解釈でいいんですって。つまりはさっきのルーゲン師の空想論と合体させますと西から来た龍が始祖様と一体化し中央の座につくも……そうですね、こうしましょう! 始祖様はまた西からそのような龍が来ることを警戒したために道を途絶えさせた。これで行きましょう、ええこれがいい」
ルーゲンは微笑みながら聞いているが、ヘイムはその眼が笑っていないことを見逃さずに次の質問の際には鈍い光が宿したのも見る。
「素晴らしいですねシオン嬢。では空想に空想を重ねてもう一枚いきましょう。実際のところ砂漠地帯にしただけで安心できますか? そこまで力のある怪物でしたら砂漠であろうと我慢をしたら通過できるのでは?」
「フフフッはたしていったいにこれまで中央で西から来た怪物に襲われたという事件があったでしょうか? 寡聞にして聞きませんね。いたとしましたらこの三人のうちの誰かの耳に必ずや入るはずですよ。ありますかルーゲン師にヘイム様?」
ルーゲンは首を首を振りヘイムは言葉にした。
「聞いたことは、ないな」
「見たこともないでしょう。ということで結論としてはこの話は」
ハイネが返し、ルーゲンが続いた。
「もう一つ空想を重ねても問題はありますまい。偉大なる始祖様は果たして砂漠という障壁を設けたことで満足したとはとても思われません。よって僕がもしも始祖様の側近でありましたら、こう申し上げますね。砂漠の先に一つの精鋭部隊を配置すべきである、と」
「そんな命令を一体どこの誰が従うのだというのだ?」
叱責にも似た声がヘイムの口から出るも、ルーゲンの声に変化はなかった。
「最も忠義心の厚い戦士を、です。彼にその地方を与え、そのような怪物が西に向かうのを防がせる。さすれば例え防衛線が破られたとしても砂漠という障害が傷ついた怪物の行く手を遮り、目的は達せられるでしょう」
「そこまで信じて疑いも抱かぬ人物なんていましたら手元に置きますけどね。そんな遠くに行かせたら心細いしつまらないじゃないですか」
半ば呆れながらルーゲンの空想を聞くシオンは投げ遣りにそう言った。
「手元に置けないとしましたら、とまた空想を重ねましたね」
「いくら重ねても実態が無いのだから好きにするがよい。いつもと違って今日はやけにふわふわした話をするのだな。まっ、西及びに砂漠というのは全く調査も研究が進んでおらぬからそなたのような学究肌のものであっても、そのような空想に耽ってしまうのであろうがな」
もうこの話は打ち切りとでも言うようにヘイムは机の上のものを片付け始めるも、シオンがいつもの思い付きで尋ねた。
「砂漠を今まで踏破した人はいるのでしたっけ?」
ヘイムの片付ける手が止まり耳を傾けだした。その話題となるということは。
「中央の記録ではこちら側から西に渡ったものはいないようです。もっとも帰ってこなかったということですので到達したのも不明という有様で。一方で西から渡って来るものはどうやら近年増え始め……まぁとある商団だけらしく、春先にごく稀にいるとのことです。その季節のほんの一時期のみ無理矢理砂漠を渡れるとか。もちろん自らの足ではなく砂漠の気候に耐えられる馬に似た生き物に幌付きの車を引かせてこちらに。このごく一部の商人が一種の賭けのようにこちらを目指して突っ走るとのことで。あちらの稀少な鉱石や宝石等を莫大な値で売りさばき、こちらの武器や書を購入して西に持ち帰りそこで大儲けをする、何とも逞しい話で」
「ジーナもその仕事をしていたようですね。商人の護衛というか部下として働いていたと言っていましたし。その伝手を頼ってこちらに来たのですから唯一の西からの戦士として……あれ?」
シオンは何かに気付いたように顎に手を付け考え出し、二人はその様子を黙って眺め言葉が出るのを待った。
「そうですよ。バルツ将軍は中夏季に砂漠の戦いの最中に彼と出会ったと前に話してくれましたが、夏季はまず通行不能ではないでしょうか? 春先が唯一なのに中夏季となると救いようがないのでは?」
何故かヘイムが笑い出し疑問を冗談で返した。
「我慢して渡ってきたのではないのか? ほれさっき話で出てきたあれが人間ではなく怪物であったら可能であろうに」
今度はシオンが笑い出した。
「それは良いですね。なるほどあれは人間の皮を被った怪物。それなら全部納得できますよ。だって異常に強いですし変に無欲ですし最前線で戦いたがるしでおかしなことしかありません。だから私はたまにこんなことを思いましてね。ジーナは」
「ジーナは」
ヘイムも口に出し、次の言葉を待つ。
「……」
ルーゲンは何も言わなかった。
「とんでもない重罪人で腰がぬけるほどの悪人の可能性もありますよ。悪事を積み重ねすぎて向うにいられなくなって居場所を求めて砂漠を渡り、我々の方に参戦した。罪を償いために戦う男。まっもしかしたらですけどね」
「まぁあれは、悪党だからな」
「僕は彼はとても優しい人間だとは思いますけどね」
「フフッそうやって猫ならぬ怪物の皮を被っているのかも。まっあんな頭が良くない極悪人はあまりいないと思いますが。とりあえず西というのは意味不明な地ですね。我々に関係があるようでいてなさそうにも見えて」
「けれど僕は思います。彼は我々にとってとても必要な人物だということをね」
「あれだけ強いのですから私もそう思います。さっきのはほとんど冗談だとして、実際のところの疑問は」
シオンは立ち上がるとヘイムも立ち上がりルーゲンも続いた。終わりの合図ということだ。
「彼はどうしてここにやってきたのでしょうね?」
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる