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第二章 なぜ私ではないのか
『この人殺し』
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「印を持つものは耐毒性がつくのか今まで毒で以って亡くなった龍を討つものはいないんだけど」
アリバの薬房の裏で洗濯物を干すシムが男に向かって語りだした。
「今回のはやはり特別だね。なんなんだろうあの龍は。この私でさえお手上げだ」
シムは村で一番の薬草師であると同時にツィロ一族に仕える家政婦でもあった。大柄な体に似て動きはゆっくりとだが正確で確実、およそ無駄という動きは一切なかった。言葉も、そう。
「村にはない種類の薬草がこちらにはたくさんあるが、効果がありそうなものはないのか?」
男が苦しげに尋ねるもシムは小さく首を振る。無駄がない絶望的な動き。
「どれも効果は出ていないね。ここに来て数日はたつけれどジーナ様の怪我の回復は良好だのに、毒が身体中に回って衰弱が著しいだなんてね。それでも印の力で毒が回るのを抑えているといった感じだけどそれは快方には向かってはいない。衰弱を可能な限り遅らせているといったものだね」
男はすり鉢を強く握るも激情を止めた。ここで怒っても何にもならない。怒るのなら自分へと怒れ。お前のせいでこうなった、と。
「……ジーナは昨日より話せる状態にまで戻っているのか?」
男が名を言うと毎回のことだがシムは緊張した間を一旦置く。
呼んでも呼ばずともどのみち異常だと扱われると男は内心自嘲する。構わないこれは罰だ。
「ああ話せるようになったよ。昨日は片言で返事をするぐらいだったけれど、今日になったら会話が成立するぐらいにはね。だけどあんたは入るんじゃないよ」
「入らないよ。俺が入ったら病状が悪化するかもしれないからな」
「なに? 入りたくないというのか? あんたはそんなことを言うのか?」
シムにしては、変なことを言うなと男が顔をあげるとシムの顔は憤懣やるかたない表情となっている。なら答えは正直にだ、と男はすぐに理解した。
「……話をしたいから容態を聞いたんだ。こんな状況なのに俺が無理に入っていったら困るだろ」
「……困らない。昨日な、ジーナ様は明日の夕方、つまり今日の夕方にあんたを呼べと言われたんだ」
手が止まりシムの顔が困惑気になる変化を眺めていた。
「どうしてあんたみたいなものを呼ぶのか私には分からないね。薬草の話なら私に聞けばいいし昔話なんてする余裕があるとは思えないし……もしも……もしも……これが遺言についてとかだったら」
シムの手が震えだし洗濯物の布に顔を当てて哀しみだした。
男は立ち上がりシムの背中に回ると間近で見ると昔と比べて縮んだその背中に哀しみを催させた。
その肩に手を乗せた。弱々しく震えるその身体、こんなに年月が経ったのだと。
「そんなわけない。ジーナは死なない、死んでたまるものか。龍が生きているのにジーナが死ぬだなんて、ありえないんだよ」
シムは大きく頷きそれを返事とした。
「きっとこれからのことについての指示だ。そうに決まっている。それにもしも遺言とかであったら、俺が代書して代わりに死ぬから大丈夫だ」
そう言うとシムは吹き出し笑い洗濯物は涙と唾で滅茶苦茶になった。
「馬鹿言ってら。あんた山から降りて冗談を学んだのか?」
「冗談じゃない本気だ。俺があれの代わりになれるのなら今すぐにでもこの身を龍毒で犯されたいぐらいだ」
「あんたが冗談を言っているのじゃないのは分かったよ。出来るのなら是非ともそうしてもらいたいが、そんな不可能なことを言ってもしょうがないだろ」
そうだ何を有り得ないことを言っているのかと男は分かると同時に何故できないのか? とも不思議に思った。
「なぁシム。どうして俺はジーナの代わりに死ねないのだろう?」
馬鹿にした表情だったシムの顔がまた変わる。悲しみのというか哀れみの、同情するような顔であり逆に肩に手を乗せる。
「思い詰めるんじゃないよ。午後になったら朝飲んだ薬草の効果が現れるはずだからそれに賭けよう。駄目だったら次に賭け駄目なら、と私は諦めないからどうかあんたも諦めるんじゃないよ」
洗濯もの干しが終わったシムは薬房へと戻っていく。
「俺は諦めていないよシム。諦めるはずがない。可能性について考えてみたんだ」
男はまた座り擂鉢で薬草を擦りはじめた。
その夕方となり男は薬房の隣にある小屋へと入っていった。陰気な扉が低い音を奏でながら開くと果てが見えない暗く長い廊下が続き、その一番奥の左側の部屋が女の療養室となっている。
暗闇の中に足を入れると遠くから笑い声が聞こえてきた。アリバと女の声が耳に入る。案外平気であり元気だとしたら、と男は心に期待を持ったが、違うとすぐに落ち着いた。あれはそういうものだということを。
人前では決して弱音を吐かないものだと。痛いや苦しいはよほどのことしか言わずに、そしてそのことを言う相手というのはいま生きているものではシムにツィロに俺自身だと。
男は扉を二度ノックするとアリバの声が返って来て扉を開く。そこには闇しかなかった。手前はまだ薄暗い程度なためアリバの位置はすぐに分かるも、女の位置は目を凝らさねばわからない上に闇を纏い顔どころか皮膚の色すら見えなかった。
締め切った窓の下のベットの上。黙っていても女の気配はそこにあり、不意になにかが置かれる音が聞こえた。
「ジュシよ。ここに椅子を置くから座れ」
アリバの勧めに従い手探りで椅子を掴み座り女の方へ目を向ける。闇が降りているがこの先にいる事は分かった。生きている。男にとってはそれだけで殆ど十分であった。
「ではこちらはここらでお暇いたします。どうぞジーナさん、必要なものがございましたらなんなりとお申し出ください。何よりも優先して御用致しますので」
「何から何まで申し訳ない。私のこの件が済みましたら必ずやお礼をお返しいたします」
「いやいやそんな。ジーナさんと村の方々はわしにとっては大きなお客様です。これからも長いお付き合いをお願いしたいところですので、これはそういった欲目から出ておりますので、どうかご遠慮なくお休みください。それにジーナさんはうちのジュシの大切な人である御親類。そうなればいわばワシの義理の親類になりましょう。そういうことです、それではまた」
アリバは重たそうな足をいつもよりもゆっくりと意識的に歩き去っていると男は思いながらその足音に耳を傾けていた。
女もそうであり同じく耳を傾け、外の扉が閉まるまでジッと無言で聞き終わってから軽く笑った。
「大切な人だってさ、え?」
明らかに揶揄を込めた声だったために男は返事をしないと女は粘ってきた。
「なに? 君がそう言ったのかい? 俺の大切な人だって? ほんとに? 恥ずかしくないの?」
男は意味もなく顔を背けて早口に言う。
「いや言っていない。大切な親類だとは言ったがそこまでは言っていない」
「嘘ついてない? そう顔に書いてあるよ」
驚きながら女がいる闇の方を見ても何も見えなかった。しかしあちらからは見えるのではないのか?
あえて反応せずにいるとしばらく無言で我慢していたが、男は懸命に声を落ち着けて再び答える。
「嘘はついていない」
「嘘つき。皆に聞かれて宣言してたじゃんか」
闇によって見えなくても男には女の今の表情が脳内ではっきりと浮かび上がった。
陰謀が成功した時の出し抜いた時のあの頭に来る得意顔が、そのままのはっきりと瞳に宿った。
「ツィロに聞かれて恥ずかしくないの? 僕は恥ずかしくて死にたくなったよ。恥辱のあまりあのまま死んだらどう責任をつもりだったの、この人殺し」
意図的として思えない言葉の選び方と自分の行為への指弾によって男の頭は混乱に陥り、どこから話しをすればよいのか分からなくなり、浅く考え苦し紛れに良くないところから始めた。
「どっどこから目が覚めていたんだ?」
「どこからだと思う?」
「それを聞いているんだよ」
「僕はそれを聞いているんだよ」
堂々巡りに男は言葉が詰まり、考える。どこからを望むのかを、だが彼は混乱したままであった。
「俺がお前の涙を拭ったところからとか?」
「なに言ってんの? そこは覚えているに決まっているし、そもそも逆だよ。僕が君の涙を拭ったんだからね。なに自分だけカッコいいようにしているんだか」
「いやそっちだって泣いていたのは間違いない」
「僕は泣いてません。泣いたのは君です。君は山から降りたら嘘のつきかたでも学んだのかな? 僕を抱えて走っている途中でも泣いていた癖に」
「えっそこから!?」
「あっ……」
怯んだ声が出たために男はここは追撃する。
「俺がジーナと呼んだ時に目が覚めたと?」
アリバの薬房の裏で洗濯物を干すシムが男に向かって語りだした。
「今回のはやはり特別だね。なんなんだろうあの龍は。この私でさえお手上げだ」
シムは村で一番の薬草師であると同時にツィロ一族に仕える家政婦でもあった。大柄な体に似て動きはゆっくりとだが正確で確実、およそ無駄という動きは一切なかった。言葉も、そう。
「村にはない種類の薬草がこちらにはたくさんあるが、効果がありそうなものはないのか?」
男が苦しげに尋ねるもシムは小さく首を振る。無駄がない絶望的な動き。
「どれも効果は出ていないね。ここに来て数日はたつけれどジーナ様の怪我の回復は良好だのに、毒が身体中に回って衰弱が著しいだなんてね。それでも印の力で毒が回るのを抑えているといった感じだけどそれは快方には向かってはいない。衰弱を可能な限り遅らせているといったものだね」
男はすり鉢を強く握るも激情を止めた。ここで怒っても何にもならない。怒るのなら自分へと怒れ。お前のせいでこうなった、と。
「……ジーナは昨日より話せる状態にまで戻っているのか?」
男が名を言うと毎回のことだがシムは緊張した間を一旦置く。
呼んでも呼ばずともどのみち異常だと扱われると男は内心自嘲する。構わないこれは罰だ。
「ああ話せるようになったよ。昨日は片言で返事をするぐらいだったけれど、今日になったら会話が成立するぐらいにはね。だけどあんたは入るんじゃないよ」
「入らないよ。俺が入ったら病状が悪化するかもしれないからな」
「なに? 入りたくないというのか? あんたはそんなことを言うのか?」
シムにしては、変なことを言うなと男が顔をあげるとシムの顔は憤懣やるかたない表情となっている。なら答えは正直にだ、と男はすぐに理解した。
「……話をしたいから容態を聞いたんだ。こんな状況なのに俺が無理に入っていったら困るだろ」
「……困らない。昨日な、ジーナ様は明日の夕方、つまり今日の夕方にあんたを呼べと言われたんだ」
手が止まりシムの顔が困惑気になる変化を眺めていた。
「どうしてあんたみたいなものを呼ぶのか私には分からないね。薬草の話なら私に聞けばいいし昔話なんてする余裕があるとは思えないし……もしも……もしも……これが遺言についてとかだったら」
シムの手が震えだし洗濯物の布に顔を当てて哀しみだした。
男は立ち上がりシムの背中に回ると間近で見ると昔と比べて縮んだその背中に哀しみを催させた。
その肩に手を乗せた。弱々しく震えるその身体、こんなに年月が経ったのだと。
「そんなわけない。ジーナは死なない、死んでたまるものか。龍が生きているのにジーナが死ぬだなんて、ありえないんだよ」
シムは大きく頷きそれを返事とした。
「きっとこれからのことについての指示だ。そうに決まっている。それにもしも遺言とかであったら、俺が代書して代わりに死ぬから大丈夫だ」
そう言うとシムは吹き出し笑い洗濯物は涙と唾で滅茶苦茶になった。
「馬鹿言ってら。あんた山から降りて冗談を学んだのか?」
「冗談じゃない本気だ。俺があれの代わりになれるのなら今すぐにでもこの身を龍毒で犯されたいぐらいだ」
「あんたが冗談を言っているのじゃないのは分かったよ。出来るのなら是非ともそうしてもらいたいが、そんな不可能なことを言ってもしょうがないだろ」
そうだ何を有り得ないことを言っているのかと男は分かると同時に何故できないのか? とも不思議に思った。
「なぁシム。どうして俺はジーナの代わりに死ねないのだろう?」
馬鹿にした表情だったシムの顔がまた変わる。悲しみのというか哀れみの、同情するような顔であり逆に肩に手を乗せる。
「思い詰めるんじゃないよ。午後になったら朝飲んだ薬草の効果が現れるはずだからそれに賭けよう。駄目だったら次に賭け駄目なら、と私は諦めないからどうかあんたも諦めるんじゃないよ」
洗濯もの干しが終わったシムは薬房へと戻っていく。
「俺は諦めていないよシム。諦めるはずがない。可能性について考えてみたんだ」
男はまた座り擂鉢で薬草を擦りはじめた。
その夕方となり男は薬房の隣にある小屋へと入っていった。陰気な扉が低い音を奏でながら開くと果てが見えない暗く長い廊下が続き、その一番奥の左側の部屋が女の療養室となっている。
暗闇の中に足を入れると遠くから笑い声が聞こえてきた。アリバと女の声が耳に入る。案外平気であり元気だとしたら、と男は心に期待を持ったが、違うとすぐに落ち着いた。あれはそういうものだということを。
人前では決して弱音を吐かないものだと。痛いや苦しいはよほどのことしか言わずに、そしてそのことを言う相手というのはいま生きているものではシムにツィロに俺自身だと。
男は扉を二度ノックするとアリバの声が返って来て扉を開く。そこには闇しかなかった。手前はまだ薄暗い程度なためアリバの位置はすぐに分かるも、女の位置は目を凝らさねばわからない上に闇を纏い顔どころか皮膚の色すら見えなかった。
締め切った窓の下のベットの上。黙っていても女の気配はそこにあり、不意になにかが置かれる音が聞こえた。
「ジュシよ。ここに椅子を置くから座れ」
アリバの勧めに従い手探りで椅子を掴み座り女の方へ目を向ける。闇が降りているがこの先にいる事は分かった。生きている。男にとってはそれだけで殆ど十分であった。
「ではこちらはここらでお暇いたします。どうぞジーナさん、必要なものがございましたらなんなりとお申し出ください。何よりも優先して御用致しますので」
「何から何まで申し訳ない。私のこの件が済みましたら必ずやお礼をお返しいたします」
「いやいやそんな。ジーナさんと村の方々はわしにとっては大きなお客様です。これからも長いお付き合いをお願いしたいところですので、これはそういった欲目から出ておりますので、どうかご遠慮なくお休みください。それにジーナさんはうちのジュシの大切な人である御親類。そうなればいわばワシの義理の親類になりましょう。そういうことです、それではまた」
アリバは重たそうな足をいつもよりもゆっくりと意識的に歩き去っていると男は思いながらその足音に耳を傾けていた。
女もそうであり同じく耳を傾け、外の扉が閉まるまでジッと無言で聞き終わってから軽く笑った。
「大切な人だってさ、え?」
明らかに揶揄を込めた声だったために男は返事をしないと女は粘ってきた。
「なに? 君がそう言ったのかい? 俺の大切な人だって? ほんとに? 恥ずかしくないの?」
男は意味もなく顔を背けて早口に言う。
「いや言っていない。大切な親類だとは言ったがそこまでは言っていない」
「嘘ついてない? そう顔に書いてあるよ」
驚きながら女がいる闇の方を見ても何も見えなかった。しかしあちらからは見えるのではないのか?
あえて反応せずにいるとしばらく無言で我慢していたが、男は懸命に声を落ち着けて再び答える。
「嘘はついていない」
「嘘つき。皆に聞かれて宣言してたじゃんか」
闇によって見えなくても男には女の今の表情が脳内ではっきりと浮かび上がった。
陰謀が成功した時の出し抜いた時のあの頭に来る得意顔が、そのままのはっきりと瞳に宿った。
「ツィロに聞かれて恥ずかしくないの? 僕は恥ずかしくて死にたくなったよ。恥辱のあまりあのまま死んだらどう責任をつもりだったの、この人殺し」
意図的として思えない言葉の選び方と自分の行為への指弾によって男の頭は混乱に陥り、どこから話しをすればよいのか分からなくなり、浅く考え苦し紛れに良くないところから始めた。
「どっどこから目が覚めていたんだ?」
「どこからだと思う?」
「それを聞いているんだよ」
「僕はそれを聞いているんだよ」
堂々巡りに男は言葉が詰まり、考える。どこからを望むのかを、だが彼は混乱したままであった。
「俺がお前の涙を拭ったところからとか?」
「なに言ってんの? そこは覚えているに決まっているし、そもそも逆だよ。僕が君の涙を拭ったんだからね。なに自分だけカッコいいようにしているんだか」
「いやそっちだって泣いていたのは間違いない」
「僕は泣いてません。泣いたのは君です。君は山から降りたら嘘のつきかたでも学んだのかな? 僕を抱えて走っている途中でも泣いていた癖に」
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