龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

文字の大きさ
119 / 313
第二章 なぜ私ではないのか

『それはあんただよ』

しおりを挟む
「経過は良好でな。もしかしたらこの前のあれ、そう、あの紫の草のが効いたかもしれない。そういうことだ」

 奥歯に物が挟まっているようなシムの説明を聞くも男の心は喜びが湧いた。良くなっている、そうだよなと。

 ここのところ毎日夕方に彼女の元を訪れ延々と喋っているのだから。かなり長いこと話していると思うのだけど、出てくると特に時間が経っていないのが不思議でたまらないのであるが。

「ところでシム。今更聞くのだけどいいかな」

 男がポツリと尋ねるとシムの身体が大きく震えた。そういう持病持ちだったっけな?

「なっなんだよ」

「うん? いや、どうしてあの部屋はいつもあんなに真っ暗なんだ? あれとの会話は書き留めないといけないんだけど、あんな小さな蝋燭の火じゃちと書き辛くてね」

 気軽に聞いたのであるが、シムは神妙な顔つきで何かを考えていた。何を考えているのだろうか? 妙な間が生まれた後にシムは何かを思いついたように顔を輝かせた。思い付きで応える類の質問だっただろうか?

「療養中の貴婦人の姿は見てはならない、ってあんただって知っているでしょが」

「それは親族は除外されるんじゃないか?」

 かかったなアホが! というようなシムは悪い笑みを浮かべ男を見た。

「残念ながらあんたはもう親族じゃないよ。あの御方はツィロさんの一員だよ」

「そこは知っているけど。俺はほらシムはよく知っているだろ。兄妹だって」

 捕らえた! と言わんばかりに大きく首を動かし否定を表した。

「血は繋がっていないじゃないのさ。養子であってしかもあんたの家とは繋がりがもうないよ。あんたがあの時どっかに行かなきゃ」

 シムの声が低くなりだした。

「あんたはジーナ様の婿という立場であの村に居られたのにさ。あんたがいなくなってあの御方はツィロ様を御指名して今の形となって」

「ツィロなら良かったじゃないのか。それともシムは良くなかったとでもいうのか?」

 まさか、というように手を振らしてシムは苦笑いをした。

「どこからどう見ても素晴らしい夫婦ですよ。ツィロ様は大変なお役目なはずなのに弱音一つ吐かずにお勤めしておりますし、妻としては敬愛しジーナ様も夫として尊敬しておりますって」

「俺ならそういう関係になれないから、これで良かったんだ。この間なんて始まりの記憶について話していたけど、あいつは転んだ時に手を握って引っ張ってくれたのが俺だと言ったけどそれはツィロだから違うんだな。そう言うと絶対に違うと言い張って、そこからあっちは俺の記憶力の悪さを詰りだしたりと初日からめんどくさくて酷かったよ。結局はあっちの言い分で通ることになったが、人の記憶って難しいものだな」

 見るとシムは元から固い顔であったがさらに固く強張らせて男を見つめ、それから喋った。

「それはあんただよ。ジーナ様の記憶は間違えてはいない。落ち着いて、あのなツィロ様の幼少期の御教育はな、女の子と遊ばないことだよ。それは私が付き添いでどこにでも行っていたから間違いはない。あんただよそれは」

 男はシムが嘘をついたり勘違いしているとは到底見えなかったものの、やはり疑問に思った。本当にそうなのかと? 私なんかが記憶の始まりに現れるなんてそのようなことは正しいのだろうか? こんな誤りの塊みたいなものが。

「……あんたがそれを思い込むということは危ないことだよ。自分の都合が良いように記憶を改竄するだなんてさ。しかも悪い方に、まぁあんたの存在は悪い方だから仕方がないんだがな」

 我が意を得たりといったように男は笑い清書の仕事に戻るとシムに色々と聞いた。

「ツィロの怪我の経過の連絡はどうだ?」

「杖を使わなきゃ歩けないようだけど、あちらも経過は良好らしいよ。それより村の後片付けやらで忙しいらしいな。それでも近いうちにこっちに大急ぎで来るとのことだ。お忍びという形になるから難しいだろうがね」

「アリバさんに協力してもらった方が良いだろうな。けどそこまで心配することは無い状態ではあるな。容体は安定しているし元気だし、あの部屋で話すと治療中の人とは思えずなんだか昔と変わらない感じがするしな」

 手を動かしながら男は顔を上げずにそう言ったためにシムの返事は声でしか聞こえなかった。それで良かった。

「そうだよ。ジーナ様は良くなっている。けどほらさっき暗くしている理由だけど、ここだけの話、顔色が良くないんだよ」

「毒にあたればそうなるのは当然だな。しかし俺に何を隠すつもりなんだろうな。死に顔寸前すら目に入れたものに対して」

「あんたとは親族とは言い難い微妙な関係だからな。元婚約者でもあるんだろ? このことがツィロ様に知られて勘繰られたら嫌でないか?それとあまり見苦しい顔は見せたくはないというのは男には分からない婦人の心だ」

「ツィロと女心とか持ち出されたら俺としては何も言うことが無いから、蝋燭の火で頑張るか。こんな昔話で気晴らしになれるのならこちらも気が休まるな。いまは十代の頃に入ってもう数日で終わりそうだ。なぁ見てくれよこの分厚さ。手が腱鞘炎になりそうで痛いがもう少しだな。その頃にはきっと身体も良くはなって龍を追う話を到着するツィロ達と話しあって、と過去の話をしながら未来のことを想像するって不思議な気分だな……なぁシム」

 男は変に静かなシムに向かって呼びかけた。こんな長広舌の途中ではあれは何か口を挟むはずなのに、黙って聞いているだけとはおかしかった。見上げるとまたもや不似合いな神妙な表情でこちらを覗いている。

 何を覗いているのか? まるで心を覗いているように。

「ジーナ様は、龍を追い懸けますよ。印にかけてだ」

 突拍子の無い言葉であったが男の心に喜びが染み込んでくる響きであった。

「そうだジーナは龍を追いかけ、討つ。それが正しさというものだからな。シムも大変だけど治療を頑張ってくれ。俺はこんなことしかできないが、これで支援するよ」

「そんなことはない。あんたのそれは私のよりもっと大事なことだ。決しておろそかにしていいものではないよ」

 いつものシムのお説教が耳を突き苦笑いするが、そこには懐かしさと珍しさがあった。

 まさかこれが自分のよりも大事だというとは……だから男は思った。彼女の状態はこちらの想像以上に良好なのだろうと。
 
 その夕刻も男は小屋へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...