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第二章 なぜ私ではないのか
ひとつになったらそれでおしまい
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音が消えた、とジーナはまず感じた。木々のせせらぎが消えたのはもちろんハイネの声も聞こえない。
辺り一面の命は死に絶えた。しかしそれはどうして? そうだとしてもハイネの唇の動きで何を言っているのかは、分かった。
聞こえなくても分かる。同じことを言っているのだから、同じ動きをしている。
聞こえるように言っているのだろう。私はいま、聞こえないようにしているのだから。だが見える。だから聞こえる。ハイネの口が開き何かを言っている。聞こえなくても、分かる。同じことを言っている。
瞼が閉じない。閉じることができれば、見なくて済むというのに。
ハイネは同じことを再三言っている。同じ顔で同じ唇の動きで。
だがジーナは途中で、思った。意識が停止しているのではないかと。時が先に進まずにここで停止し同じ時を繰り返している。自分はそのような死の中にいるのではないかと。
もしもそうであるのなら……そうではない、とジーナはその一言だけを抗うように頭の中で思い浮かべる。
そうではない、はいったい何に対しての否定なのか拒絶なのか。
死に対しての? それとも……それとも? それ以上を考えないためにかジーナはハイネの肩に手を掛け引き揚げる。
その身体は軽々しくそしてハイネの無抵抗さによって、限りなく近くに、顔の前に引き寄せた。
「龍とルーゲン師が結ばれる、そういうことだな」
遅まきながらの驚きの表情をハイネは浮かべるも、すぐに表情が変わり笑みが広がった。
それは自然であるように見えるのに不自然で、清純に見えるのに邪悪で、慈愛に満ちているように見えるのに憎悪が籠められているような、矛盾に満ち満ちておりジーナは混乱した。
さっき感じたあの美しさはいったいなにであったのかと。その違いとは?
「ヘイム様はルーゲン師と中央帰還後に結ばれます」
ジーナの言葉を無視するようにハイネは宣言を繰り返した。
「龍とルーゲン師が」
「いいえそうではありません」
ハイネは綺麗で不快な声で以て被せてきた。
「ヘイム様はルーゲン師とご婚約を済まされたのです」
「龍がルーゲン師と婚約したということは、わかった」
答えるとハイネは首をほんの微かに、振った。ひとつ言葉が無くなっていく。
「ヘイム様とルーゲン師は結ばれます」
「龍とルーゲン師は結ばれる」
またひとつ言葉が消えハイネの表情もひとつ消えていく。その憎悪の面が失われた。
「……ヘイム様は結ばれる」
「……龍は結ばれる」
首を振ることもなくハイネはジーナは見つめてきた。対するハイネの表情の変化にジーナはまた理解ができなくなる。
そこには見たこともない暗い色があった。いまハイネは私しか見ていない。
だから私の何かを見てそんな色にさせるだろうが、それはなんであるのか? と分からないままジーナは目を逸らさずにいた。
「ヘイム様はルーゲン師と御婚約を済まされました」
言葉を原形に戻しながらゆっくりとハイネは言いだした。まるで意識が停止した際のやり取りの如くに。
こう返してはいけないとジーナは自覚しながらもそれでも言わざるを得ない何かに突き動かされ、抗いのために口を開く。
何のためとは知らず。
「龍と」
「うるさい」
ハイネの唇はジーナの言葉と唇を同時に覆い被せその両方を奪い吸い取る。
今度は呼吸が止まり時が止まるも、心臓は動いているとジーナは感じた。
長いのか短いのか分からない重なり合いはハイネから離れることで終わるも、呼吸を忘れたままジーナは自分の唇を手の甲で拭うだけであった。
その行為に対してかハイネは睨み付け、また顔を近づけた。
「龍」
「しつこい」
手で払おうとするも読まれていたのか機先を制せられ手をも重ね押さえられ、言葉から手からそれから唇が重なった。
頭を動かず手は地につきやがて呼吸もハイネの口から行うなかでジーナは思った。
こんなに重なっているのに一つにはなれないのか、と。
意識が少し遠のくといつの間にかハイネの唇は離れ手も引いていた。
「自分から離れないのですね」
「私からしたのではないからな」
歯を強く噛み鳴らす音が聞こえた。ハイネはそれで震えを止めているのか顔が強張りそれは湧き出る怒りへの過程を見ながらジーナは構わず続ける。
「ひとつ思ったのだが、こんなに近づいても距離を感じるものだな」
答えるとハイネの顔は怒りから哀しみの色へとまた変わり、歪み何かを堪える震えを察したジーナはだからまた引き寄せ肩に顔を埋めさせると立ち昇る湿った香りが鼻についた。
「私はいつもハイネを傷つける」
「そうですよ」
腕を掴むその手は強く握ってきたが、痛みは感じなかった。
「そのうえ謝らない」
「悪いとは思っていないし何が罪であるのか分からないから謝れない。私はハイネを傷つけるが、それは私に近づいてくるからともいえるし」
「こうやって抱き寄せている癖によくそんなことを」
掴んでいる手の力はさらに加わるもジーナは痛みはまだなかった。
「ならどうして来るんだ、と言わないのですかもう来ないでくれとも。何度でも言います。いまも、そう。なぜ泣くんだともどうしてそうなったのだとあなたは聞かないの? そうしたら私は……」
「そうしたらハイネが来なくなるのは分かっているから」
ハイネの手は爪をめり込ませてきたが、まだ痛みは来ない。
「来てほしいから、そう言わない。ハイネの心を思わないから傷つけるのは分かっている。けれど私にはその心に応える言葉が、無いんだ。現すものが無い……だけど」
ハイネの手がまるで自分の中に入ろうとしている感覚の中でジーナは瞼を閉じると、扉の前にきた。
「近い言葉があるとしたら……ハイネと一緒にいると心が苦しい」
言うと腕にはじめて痛みが走りだした。
「はい、私もあなたといると胸が苦しくなります。あなたにどんなに引き寄せられても、何も感じないぐらいに」
ジーナは自分の腕が無意識に動いていたことに気が付いた。
「自分から離れないのですね」
「いや私がしていることだから、離す」
離れるとジーナはハイネが遠くに行くような錯覚を覚えた。こんなに少しだというのに。
それともそれぐらい近づいたということなのか。ハイネは顔を見せないようにうつむきながらジーナの右腕をとった。
「腕を出しますね。血が出るかもしれませんし……わっ痛そう」
「自分でやっておいて随分と他人事だな」
「他人、ですし。けど薬を塗ってあげます。私は優しい女ですから」
ハイネら鞄から塗り薬をとり出した。
「自分で自分を優しい女と呼ぶとはな」
「おかしいとでも? けれどもあなたがこれまで会ってきた女のなかに優しい人はいました?」
優しい女? と考えるとジーナは固まった。今まで会ってきた女の顔が眼の前に思い浮かぶも、真っ先に来るのがハイネであり反射的に首を振った。
そうであっては、おかしいだろうと。こんなにも私達はこうやって……
「あの、考えるってちょっと。やっぱりそうなのですね可哀想に……消去法で私が来るんでしょうね、たぶん」
心を読むなと思いながらジーナは話を戻すことにした。
「それにしても自分で傷つけて自分で癒してと妙な話だな」
「殴って慰めて……ジーナと同じですよ」
「同じって……」
「いいえ、あなたは口では否定しても自覚はありますよ。だっていまも困惑もしていないし怒ってもいない。私以外の女にこんなことされたら、当然抵抗しますよね」
「……ハイネのは、その」
暴力とは感じられなかったとジーナは思った。ようやくいまは痛みを感じるというのにどうしてあの時は。
「あのまま私の手があなたの身体の中に入ったら面白かったでしょうね」
「全然面白くない」
ジーナは寒気が走るもハイネの掌の熱は上がるのを感じ取った。
「想像してみてください。血が出るくらいに自分の身体の一部が相手のなかにねじ込ませるうちに、ある瞬間にすっと中に入る。すっとですよ、気持ちいぐらいにすっと……」
言われ想像するとジーナはその想像の壁にぶつかり、手を当て力を入れた。
「その先はどうなるか分かりませんが面白いはずですよ。そうしたらきっとお互いに苦しみが消えるはずですし」
しかし壁に手はめり込まなかった。そうだから、聞いた。
「もし中に入って一つになったら、どうなるのだ?」
「どうなるって……そんなことも分かりませんか? そうなりましたら決まっています」
薬を塗り終えたハイネがまたジーナの胸元に再び耳をあてた。
「ひとつになったらそれで、おしまいです」
心臓が一つ大きく鼓動したのが自分にも分かった。だがその意味は分からなかった。
辺り一面の命は死に絶えた。しかしそれはどうして? そうだとしてもハイネの唇の動きで何を言っているのかは、分かった。
聞こえなくても分かる。同じことを言っているのだから、同じ動きをしている。
聞こえるように言っているのだろう。私はいま、聞こえないようにしているのだから。だが見える。だから聞こえる。ハイネの口が開き何かを言っている。聞こえなくても、分かる。同じことを言っている。
瞼が閉じない。閉じることができれば、見なくて済むというのに。
ハイネは同じことを再三言っている。同じ顔で同じ唇の動きで。
だがジーナは途中で、思った。意識が停止しているのではないかと。時が先に進まずにここで停止し同じ時を繰り返している。自分はそのような死の中にいるのではないかと。
もしもそうであるのなら……そうではない、とジーナはその一言だけを抗うように頭の中で思い浮かべる。
そうではない、はいったい何に対しての否定なのか拒絶なのか。
死に対しての? それとも……それとも? それ以上を考えないためにかジーナはハイネの肩に手を掛け引き揚げる。
その身体は軽々しくそしてハイネの無抵抗さによって、限りなく近くに、顔の前に引き寄せた。
「龍とルーゲン師が結ばれる、そういうことだな」
遅まきながらの驚きの表情をハイネは浮かべるも、すぐに表情が変わり笑みが広がった。
それは自然であるように見えるのに不自然で、清純に見えるのに邪悪で、慈愛に満ちているように見えるのに憎悪が籠められているような、矛盾に満ち満ちておりジーナは混乱した。
さっき感じたあの美しさはいったいなにであったのかと。その違いとは?
「ヘイム様はルーゲン師と中央帰還後に結ばれます」
ジーナの言葉を無視するようにハイネは宣言を繰り返した。
「龍とルーゲン師が」
「いいえそうではありません」
ハイネは綺麗で不快な声で以て被せてきた。
「ヘイム様はルーゲン師とご婚約を済まされたのです」
「龍がルーゲン師と婚約したということは、わかった」
答えるとハイネは首をほんの微かに、振った。ひとつ言葉が無くなっていく。
「ヘイム様とルーゲン師は結ばれます」
「龍とルーゲン師は結ばれる」
またひとつ言葉が消えハイネの表情もひとつ消えていく。その憎悪の面が失われた。
「……ヘイム様は結ばれる」
「……龍は結ばれる」
首を振ることもなくハイネはジーナは見つめてきた。対するハイネの表情の変化にジーナはまた理解ができなくなる。
そこには見たこともない暗い色があった。いまハイネは私しか見ていない。
だから私の何かを見てそんな色にさせるだろうが、それはなんであるのか? と分からないままジーナは目を逸らさずにいた。
「ヘイム様はルーゲン師と御婚約を済まされました」
言葉を原形に戻しながらゆっくりとハイネは言いだした。まるで意識が停止した際のやり取りの如くに。
こう返してはいけないとジーナは自覚しながらもそれでも言わざるを得ない何かに突き動かされ、抗いのために口を開く。
何のためとは知らず。
「龍と」
「うるさい」
ハイネの唇はジーナの言葉と唇を同時に覆い被せその両方を奪い吸い取る。
今度は呼吸が止まり時が止まるも、心臓は動いているとジーナは感じた。
長いのか短いのか分からない重なり合いはハイネから離れることで終わるも、呼吸を忘れたままジーナは自分の唇を手の甲で拭うだけであった。
その行為に対してかハイネは睨み付け、また顔を近づけた。
「龍」
「しつこい」
手で払おうとするも読まれていたのか機先を制せられ手をも重ね押さえられ、言葉から手からそれから唇が重なった。
頭を動かず手は地につきやがて呼吸もハイネの口から行うなかでジーナは思った。
こんなに重なっているのに一つにはなれないのか、と。
意識が少し遠のくといつの間にかハイネの唇は離れ手も引いていた。
「自分から離れないのですね」
「私からしたのではないからな」
歯を強く噛み鳴らす音が聞こえた。ハイネはそれで震えを止めているのか顔が強張りそれは湧き出る怒りへの過程を見ながらジーナは構わず続ける。
「ひとつ思ったのだが、こんなに近づいても距離を感じるものだな」
答えるとハイネの顔は怒りから哀しみの色へとまた変わり、歪み何かを堪える震えを察したジーナはだからまた引き寄せ肩に顔を埋めさせると立ち昇る湿った香りが鼻についた。
「私はいつもハイネを傷つける」
「そうですよ」
腕を掴むその手は強く握ってきたが、痛みは感じなかった。
「そのうえ謝らない」
「悪いとは思っていないし何が罪であるのか分からないから謝れない。私はハイネを傷つけるが、それは私に近づいてくるからともいえるし」
「こうやって抱き寄せている癖によくそんなことを」
掴んでいる手の力はさらに加わるもジーナは痛みはまだなかった。
「ならどうして来るんだ、と言わないのですかもう来ないでくれとも。何度でも言います。いまも、そう。なぜ泣くんだともどうしてそうなったのだとあなたは聞かないの? そうしたら私は……」
「そうしたらハイネが来なくなるのは分かっているから」
ハイネの手は爪をめり込ませてきたが、まだ痛みは来ない。
「来てほしいから、そう言わない。ハイネの心を思わないから傷つけるのは分かっている。けれど私にはその心に応える言葉が、無いんだ。現すものが無い……だけど」
ハイネの手がまるで自分の中に入ろうとしている感覚の中でジーナは瞼を閉じると、扉の前にきた。
「近い言葉があるとしたら……ハイネと一緒にいると心が苦しい」
言うと腕にはじめて痛みが走りだした。
「はい、私もあなたといると胸が苦しくなります。あなたにどんなに引き寄せられても、何も感じないぐらいに」
ジーナは自分の腕が無意識に動いていたことに気が付いた。
「自分から離れないのですね」
「いや私がしていることだから、離す」
離れるとジーナはハイネが遠くに行くような錯覚を覚えた。こんなに少しだというのに。
それともそれぐらい近づいたということなのか。ハイネは顔を見せないようにうつむきながらジーナの右腕をとった。
「腕を出しますね。血が出るかもしれませんし……わっ痛そう」
「自分でやっておいて随分と他人事だな」
「他人、ですし。けど薬を塗ってあげます。私は優しい女ですから」
ハイネら鞄から塗り薬をとり出した。
「自分で自分を優しい女と呼ぶとはな」
「おかしいとでも? けれどもあなたがこれまで会ってきた女のなかに優しい人はいました?」
優しい女? と考えるとジーナは固まった。今まで会ってきた女の顔が眼の前に思い浮かぶも、真っ先に来るのがハイネであり反射的に首を振った。
そうであっては、おかしいだろうと。こんなにも私達はこうやって……
「あの、考えるってちょっと。やっぱりそうなのですね可哀想に……消去法で私が来るんでしょうね、たぶん」
心を読むなと思いながらジーナは話を戻すことにした。
「それにしても自分で傷つけて自分で癒してと妙な話だな」
「殴って慰めて……ジーナと同じですよ」
「同じって……」
「いいえ、あなたは口では否定しても自覚はありますよ。だっていまも困惑もしていないし怒ってもいない。私以外の女にこんなことされたら、当然抵抗しますよね」
「……ハイネのは、その」
暴力とは感じられなかったとジーナは思った。ようやくいまは痛みを感じるというのにどうしてあの時は。
「あのまま私の手があなたの身体の中に入ったら面白かったでしょうね」
「全然面白くない」
ジーナは寒気が走るもハイネの掌の熱は上がるのを感じ取った。
「想像してみてください。血が出るくらいに自分の身体の一部が相手のなかにねじ込ませるうちに、ある瞬間にすっと中に入る。すっとですよ、気持ちいぐらいにすっと……」
言われ想像するとジーナはその想像の壁にぶつかり、手を当て力を入れた。
「その先はどうなるか分かりませんが面白いはずですよ。そうしたらきっとお互いに苦しみが消えるはずですし」
しかし壁に手はめり込まなかった。そうだから、聞いた。
「もし中に入って一つになったら、どうなるのだ?」
「どうなるって……そんなことも分かりませんか? そうなりましたら決まっています」
薬を塗り終えたハイネがまたジーナの胸元に再び耳をあてた。
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