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第3部 私達でなければならない

死の護衛

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 夕焼けが空を焦がしていた。故郷のとは違う色優しく穏やかな夕陽。

 廊下の窓に差し込む陽の光りは否応が無しにあの日のことをジーナに連想しその中を歩いていく。

 何もかもが違うというのに、自分はもっと鋭く激しい色彩の夕陽に照らされていたのに。

 あるいはあの夕陽に照らされたのは自身の姿ではなくその罪、呪い、そうこの呪われた身に罪を入れているからこそ生きているようなもの。

 いまも影と共に歩き、生き、そして戦う。まだ戦いは終わっていない。これからの最後の戦いへと。

 道はどこまでも真っ直ぐであり寄り道もなく逸れたりもしない。全てが順番であったと考えれば結局は順調としか言えない。

 バルツ将軍に出会い戦いに加わり、ソグへと逃れ、龍の護衛となり知遇を得て、北上の先頭に立ち、先ずは中央の龍を討った。

 そうであるからこそ次はあの龍と出会うのだ、紫の龍、毒龍に。そうでなければ出会うことは出来なかった。

 龍と会う旅としては何ひとつとして欠けているものが無く、この先も誤りは今のところ見えない。

 印による導きは、私の選択は、なにも間違えてはいない、正しく正しさへと連なっていくはずだ、この使命を果たす時まで。

 淡い夕焼けの色が全身を包んで目が眩むとジーナは足を止め、陽に身を委ね、自らを思う。

 では私のこの心は? これはこの先必要なことであるのか?

 あの二人への心が、名を知らないこの感情に揺り動かされ導かれることは正しいことなのか?

 どこに連れていくのか、もとより私は、ジーナは独りでしか動くことができない。

 そうであるのに遠くに行くことも離れることもできない、これはなんだろう?

 物事は簡単であるのに、ただ一つのことであるのに、そうだというのにこの想いが心が重くのしかかる。死への衝動さえ感じさせてくる。

 私の心はいったいなにを望んでいるのだろうか?

 陽はゆっくりと落ちていき、同時に足が動き出し迫る闇に急かされるように誘われ扉に手が届き、開かれる。

「よく来たな。お前の場合は話が長くなるからこの時間にした。暗くなる前に戻りたいだろう? なら早く話をまとめよう」

 そう言いながらもバルツは機嫌良さそうに杯に酒を注ぎ卓の上に二つ並べ指図する、座れと。

 ジーナは座るも杯に手を掛けずに、バルツに言った。

「私の望みは一つだけです」

 杯を取ろうとしたバルツは固まった。まさかそっちから言ってくるとは思わずジーナを無言で凝視する。

「この一つだけを叶えて戴けるのなら、他のものは何も必要ありません。私はその為にここに参りました」

 バルツは頷き息を呑む。ジーナはその眼を見ながら言った。

「私を最も近くに、あの方の、ヘイム様の傍にいさせてください」

 ジーナの身体はあの夕陽の熱で染められていった。

「私はまだ帰れません。龍となるその時まで、どうか龍の……ヘイム様の護衛として傍にいさせてください」

 見つめていたバルツの眼から涙が落ちていき、落ちた。

 何故涙したのか分からぬまま思考が停止しその真っ白となった頭は、そのまま涙を拭わずにバルツは杯をとりジーナもならった。

「お前に相応しい選択だ」

 あなたは、そう言うしかないだろう、と思いながらジーナは共に杯を傾けた。
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