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第3部 私達でなければならない

龍となる前に死んだら、どうする?

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「ソグより僧の一団が中央へ向け出発したとの報告が届きました。ソグの僧院においては儀式が先に始められ各地の要所において儀式が行われだします。その儀式の火は弧を描くように回り回ってやがて最後はここ」

 ルーゲンが顔を上げると全員が同じ方角に目をやった。階段の先。

「龍の祭壇へとこの長い階段を火が昇り辿り着くのです。その火のもと我々が待ち続けてきた龍がお現れになる」

 ルーゲンの言葉に三人は頷くも、ジーナだけは一テンポほど遅れて頷いた。

「導師よ」

 龍身が言った。

「それで完成であるのだな? くどいようだが常に確認をするべきであり、いまここでも確認し合おう。のぉ導師よ。最終儀式が済めばこの身は龍と融合し完全に一つとなる。これに相違はないな」

 ルーゲンは気圧されながらも声を変えずに答えた。

「相違ございません。全ての準備は整い始まっております。この龍の儀式を遮るようなものもどこにも無く、滞りなく予定通り、完全なる龍となられることは間違いございません」

「ならば安心だ。なに、ことは重大なことだ。妾も幾分か緊張しておるのでな、だからしつこくなってしまうのだ。許せ」

「いえ。龍身様の仰せられるように、ことがことです。龍の護軍も我々ソグ僧院も中央の民も一つのことだけを祈り願い信じてきました。戦乱が終わり中央に龍が戻られることを」

「妾が龍となることで世界の秩序が回復するということか。この、妾で、あってもだな?」

「あなた様以外にはどこにもその責任をなせるものはございません」

「本当か?」

 龍身は笑みを浮かべながら聞いたためルーゲンも微笑んだ。

「おからかいを。偽龍は討たれたではありませんか」

「そうだったな。おおそうだった。偽龍は、討たれた。龍を討つものによって討たれたのだからな、甦りはせぬ」

 龍身は言葉を切ると場には沈黙が降りた。わざとのように龍身は口を閉ざす。

 何かを探っているように、または揺さぶっているように、待っているように……やがてその左手は机の上に置かれていた果実を取り龍身は一つ口に入れ、齧った。

 咀嚼音が沈黙を破り言葉は発せられる。

「だがもしもだ導師よ。万が一というよりかはそれは常にその可能性があり、明日か今日中かそれとも、いまこの場においても起こり得ることであるが」

 言いながら龍身は顔だけを右に向ける。その右側にいるものに一瞥をくれながら言った。

「妾が死んだとしたら、どうなる?」

 ルーゲンが跳ねたように立ち机が揺れた。ハイネもシオンも半立ちとなり龍身を見ている。

 だが龍身は微動だにせずに座ったままでいるジーナを見ながら鼻で嗤った。

「龍身様……そのようなお言葉はたとえ冗談だとしてもですね」

「冗談ではない。可能性は無いとは言えない。ここにいる龍身というものは、みなが妾のために命を賭けたおかげでいまこうして生きていられているものだ。そうでもなければあの草原でとっくの昔に死んでいたであろう。もちろん妾は死にとうない。ずっと生きながられたいが、生憎なことに殆どの死とは自分では選ぶことはできない突発的なものだ。このあと妾が誤って階段から落ちたりすることだって有り得るだろう」

「僕が導いている限りそのようなことは有り得ません」

「感情論ではなく可能性の話をしておるのだぞ導師。急に病に臥せることもあるだろうに……それに」

 龍身は静止したままのジーナを目を細めて見つめるも、すぐに視線を外し言った。

「何者かの刃がこの身体を貫くかもしれぬ。落ち着け興奮をするな導師よ。妾はそれぐらいなまでにいまは小さく弱い存在なのだ。だからあくまで想定せよ導師、それは考え尽くされているのであるから、ただ単に妾に話していないことなのだろう、ソグ側の見解を述べよ。龍身が龍となる前に死んだとしたら、どうなる?」

 立ちっぱなしであったルーゲンは椅子に座り直し息を整え、瞼を閉じながら言った。

「それについては難しいお話でも隠しているわけでもございません。その場合は龍の薨去と同様のこととなります。過去に例はありませんがそのまま龍が共に滅びるとは考えにくいために、次の龍となるものが現れることかと」

「このような状況であってもか?皇位継承者が妾一人だというこの状況であってもか?」

「それはまさしく龍のみぞ知るところでございましょう。これはあくまで我々の予想でありますが、龍身様のお身体から龍が抜けだされ、新たなる龍身を探し求められるのではないかと。いずれにしましてもどうなるのかは前例がなく不明なままです。龍身様が完全な龍化となられるまで我々一同はその身を御守りいたします」

 鷹揚に龍身は頷きまた右隣に座るジーナを見つめ、左口元を歪め左顔だけで微笑んだ。

「そういうことだ。この身をよくよく護るそなたの職務をしっかり果たすようにな、龍の護衛よ」

 龍身のその声に対してジーナは眉ひとつ動かず瞬かずに答えた。

「それはもちろんのことです、ヘイム様」
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