龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第3部 私達でなければならない

まだ気づいていないだけ

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 命令され反射的にジーナは落ちるようにして椅子に座ると目元を拭うと続く涙はなかった。

「失礼いたしました」

「お前の失礼には慣れきっているから気にするな。まっそういうことで俺はお前を龍の護衛の地位で居続けて貰いたいのは山々であるが、こんな宙づり状態のまま続く可能性は十分にあり得る。つまりは護衛という役は解かれないが任務には戻れない。俺の見立てでは、お前の出入り禁止は龍身様の望みではなく側近たちの何らかの思惑であれば、こうなった場合の事態も考えねばならない」

 出禁は呪龍の強い意思で儀式以後のこっちのことは考える必要もないとジーナは思っているが、いまの失態もありここはこれ以上不審感を抱かれないよう大人しく頷くことにした。

「俺が思う最善は龍の護衛という役に付いたまま西方への普及の任務に就くことだな。ほとぼりが冷めるまで中央から離れるのもいいだろう」

「……ハイネさんから西方の事情についての調査をずっと受けましたからね。まるで気が乗りませんがそうなった場合はそうせざるを得ないでしょう」

「俺もそのレポートを読んだが……なんとも信じられない世界だな。ハイネ嬢はああ見えて案外度胸がある婦人であるからそのレポートを書いている途中でも失神しなくても済んだのだろうが、他の婦人であったら途中で辛くなってやめたり、気を失ってしまうかもしれないな」

 ハイネがそういう繊細な神経を有する女であったらどれだけ助かったか……ジーナは魂の根底からそう思った。

「読み終わった時は俺は眩暈を覚えた。龍のいない世界というのは俺には想像ができないからな。その地には足を踏み入れることも難しいだろう」

「そうですよ。私はそのような不信仰の世界から来たものです」

 それを聞くとジーナは足元から喜びが昇ってくることを感じた。反対の世界からやってきた、違う存在……だから。

「ですから私は龍とは」
「だが俺はお前は龍の使者だと見た」

 昔から聞くバルツの、妄言からの戯言。これを幾度もなく聞いてきたが、これまでは何ともなく無反応でいられたかのに、いま足が震えていることに気付きジーナは寒気が走る。

 こんなのは狂信家の繰り言ではないか……そんな反応をするな……お前は、そういうものではないのだぞ。

「フッまたそれですか」

 ジーナは苦笑いどころか失笑をした。わざと聞こえるように、何かを隠すように。

「バルツ様はあまりにも私を買い被り過ぎていますよ。私はただの西方から来た傭兵です。そんな御大層な存在ではありません。あるわけがない」

「……西と言えばな」

 話題を逸らした? とジーナは驚いた。この人は関係のない話をするということをしないのに、これは?

「たまにお前が語るアリバ殿の件だが」
「あっはい。ついに連絡がつきましたか?」

 中央を奪還後に長らく途絶えていた西方の砂漠の手前の街との連絡が繋がるようになり、バルツとジーナはその街の馴染みの商人に対して手紙を送った。

「これまでの支援を感謝を伝いたいと思い、アリバ殿が到着した際は手紙を渡して貰い返事をいただきたい。と依頼したのだが、今朝俺宛に一通が届いたのだ」

 おぉ! とジーナはこの逸れた話題がありがたかったが、何か引っかかるものを同時に感じもした。何故こっちには手紙が届かない?

 最近は来ないとでもいうのか? 儀式後に彼がいないと砂漠越えの件が面倒なのだが……と心配が募った。

「あの地帯の近況も合わせて知らせてくれたが、なぁジーナ。あの砂漠越えは本当にアリバ殿にしかできないことなのか?」

 何をいまさら、とジーナは首を捻った。そこを疑ってどうするというのか?

「ええあれは全てボスの……いえアリバのおかげです。彼はさらに西方の進んだ技術を駆使して砂漠を渡っておりました。私は助手としてそのお手伝いをしていましてね」

 用心棒といっても砂漠には人の影どころか生物の気配は滅多にせず、ひたすら過酷な天と地との戦いではあったが。

「そうだったな。お前は用心棒兼助手という役でアリバ殿を支えたとはよく聞いた。となるとアリバ殿はお前の力がなくても砂漠越えは可能ということだな」

 試されているようなおかしな問いでありジーナは警戒するも答えは一つしか言うことはできない。

「可能、でしょうね。私に代わる新たな助手をまた仕込めばいいですし、私だって多くのことを教わったわけではありません。極めて基本的なことですし」

 ジーナは砂漠の移動のことを思い出した。馬の操作に日の見方そして器具の用い方と、どれを見ても私で無ければならないところは無く代わりは利くはずだと。それは確実であるのにバルツの表情は変わらず動かず、そのままの暗い表情のままでありそこから短く言った。

「アリバ殿は砂漠を越えられていないようだ」

 ジーナはその言葉を信じられず黙った。

「取引商人によれば最後の砂漠越え後、つまりはお前と共にこちらに来てから再びこちらには来てはいないとのことだ」

「いや、そんなはずは。だって我々が砂漠を越えた時はあんなに砂漠の気候が落ち着いていたのに。あれならだれだって」

 小雨が降り硬くなった土の上を転がる車輪。通常の何倍のスピードが出ている上に遥か彼方まで道が見通せたあの奇跡。

 例えそうでなくてもあのあとならまだ移動は容易だったはずなのでは?

「手紙にはこう書いてある。アリバ殿が帰られる際は砂漠は小雨が降り我々も大急ぎで馬車を用意し荷を積みいよいよ行こうとしたその瞬間に、嵐が来たと」

「砂嵐が……」

 思わず言葉を漏らした。伝説の砂嵐、とは土地の古老から聞いた話でありかつてとある勢力が砂漠を越えようと大掛かりな準備をし、大編隊で以って出発した数日後に今まで見たこともない嵐が砂漠地帯に吹き荒れてしまい、出発したその勢力は帰ってくることは無かった。

 もちろん到着したとは誰も考えず全員砂漠で倒れただろうと想像された。砂嵐はその後もひと月以上続きようやく治まったころには皆が同じことを思った。

 ここを超えることは不可能な上に絶対にダメなのだと。

「しかしそれは過去の伝説で私達の砂漠越えの際はそのようなことは一度だって起きずに」

「砂嵐はいまも続いているとのことだ。幸い街に影響を及ぼす程度ではないようだが踏み入れられるとは思えない、と。その後に帰ったアリバ殿の安否が気にかかるよな?」

 ボス……とジーナはアリバの顔を思い浮かべるが、まるで心配にはならないことに焦った。

「俺は無事だと確信している。お前だってそうだろ?」

 バルツの問いにジーナは返事どころか頷かずにいた。反応したくはないと。だがバルツは同意していると見てかそのまま話を続ける。

「何故なら彼は龍の使者と共に砂漠を越えたのだからな。なら砂漠も帰り道の確保ぐらいするだろう」

 容易に想像ができた。ジーナはアリバがこのチャンスを生かそうと自分の荷を積むべくそのまま急いで帰っていく姿を。

 しかしその背後では少しずつ砂嵐が起こり出しまるで道が塞がっていくかのようなことになっているのを。

 そこは同意するにしてもジーナは抗うようにして声を荒げた。

「だから私はそのような存在ではない」
「お前がまだ気づいていないからだ」

 繰り言を、とバルツを睨まぬようにジーナは顔を横に背けるもやはりバルツは言葉を止めない。

「あの砂漠も龍がその御力を用いられあのようになったと見るのが自然であり、
よってそこには龍の御力が今も御働きになられている。砂嵐もそうであろう」

 そんなことはない。だって私たちは……

「御力が御働きになり踏破ができるのは龍の関係者のみだとすれば話の筋は通る。念のために聞くがアリバ殿は龍の関係者なのか?」

 私以上に有り得ない、とジーナは言葉に出さないもように口をつぐんだ。

 肯定も否定もしないがバルツはその心を汲みとる。不気味なほど的確に。

「それはまずないな。アリバ殿は西方の更に西方から来られた方だと聞く。それに以後砂漠越えはなされてはいないことは手紙から明らかであり、あるいはその試みするしてはいないだろう」

 ……私がいないからか、とジーナは思うと同時にバルツが被せてきた。

「龍の使者がいなければ砂漠越えは不可能だからと俺は見る」

 違う、とジーナは頬の印に触れる。超えたのは印の力によるものだ、と。この龍を討つものの印が砂漠を越えさせたのだと。

 だがそう考えるとどうしてそれ以前は……

「俺は思う。お前が砂漠地帯に到着したのなら、砂嵐は治まりそれどころかお前が以前に語ったようにあの奇跡のような小雨さえ再び砂漠の砂に降り注ぐだろう」

 考えまいようにしてもジーナの脳裏にはその光景が色彩鮮やかに映しだされ流れていく。

 起こり得る筈はないと思い込みたいのに、そうはならなかった。

 ジーナにとって砂漠は……敵だと感じたことは無かったからである

「龍の使者が西方へとお帰りになるからな。どうだジーナ。お前は自分が龍の御力によって加護されているとは思わないか」

 私は否定しなければならない、とジーナは心の中で叫び、口を開いた。

「まったく思わない」

 だが声は弱く小さく苦しげな泣き声にさえ聞こえ、心の中は叫び声による残響に混じった言葉が返ってくる。

「お前はまだ気づいていないのだ」
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