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第3部 私達でなければならない
言えたから、言えた。
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最後の打ち合わせのためにシオンはルーゲンと席を同じくしていた。
お互いに何をするのかは完全に分かってはいるものの、最後の確認という意味合いが強くよってそれは簡単に済んだ。その最終日における儀式はこうなる。
龍の騎士のみが祭壇前広場に立ち、一人の候補者を通す。
この場合は龍の婿であるルーゲン師のみである。そうである。
シオンはこの自らの役割を何度も反芻する。そのままの意味で呑み込み、吐く、同意する。
これ以上何も語ることはないと。ルーゲンも確認のみで打ち合わせを終わらせた。
異存も異論もあるはずがない。それが龍の騎士と龍の婿の互いの意思のやり取りだった。
よってルーゲンは違う話題を口にする。それはこの場においてとても語るに相応しいあれを。
「まさかあの森にいるだなんて。シオン嬢の捜査能力には感服いたしますね」
ルーゲンが楽し気に語る様子をシオンは冷ややかな気持ちで眺めがら言った。
「それで見つかりましたか? 彼は、いましたか?」
「いいえ。しかし多くの痕跡がありました。これまでにないぐらいの情報がもたらされました。どうやら彼は地下迷宮への入り口を発見しているようです。最近使われたあとのある発掘道具の数々に、付近一帯を探しても見つからないその様子。彼はあそこに潜ったと思われます。その可能性があるのでどうか龍身様に」
地下迷宮に入る許可もまた龍身が有している。
この最終日前日は龍の祭壇まで登ることができ龍身に会えるのは龍の騎士シオンのみであり、他は許可なくして何人たりとも入ることも会うこともできない。
「よろしいでしょう。龍身様にお頼みいたします。まぁ許可は確実に降りるでしょうね。この発見を誰よりもお喜びになられるのは龍身様なはずですし」
ありがとうございます、と笑顔で答えるルーゲンをシオンは微笑み返さない。
むしろ冷たいものが腹の底で湧き起こるのを堪える気分であった。
「ルーゲン師。とても嬉しそうですね。ジーナの逮捕の件は分かりますが、他にもなにかおありでしょうか?」
「これはまた顔に出てしまいましたか。儀式の最後がもう目前ですからね。ついにこの時が来たということです」
シオンはおめでとう、という一言をお義理にでも言えなかった。
この件に関しては祝いの言葉をひとつだって贈っていないことにシオンは今更気が付いた。
贈る側が忘れ気が付かずにいることはあれど、贈られる側は気付かず忘れることはありえない。
このシオンの最後の態度にルーゲンは不安を覚えたのか笑顔を消し、緊張した面持ちとなった。
そう、きっとこの人は私にまだ疑念を抱いているとシオンは思うも否定はできなかった。
どうしてか肯定できないものをいまだに持ち続けいることは事実なのだから。
「ひとつお話をしてもよいでしょうか? 僕はこれまでずっと苦労してきたことがあります。あなたの、許可です。僕と龍身様の仲はあなたはずっと御認めになられなかった」
「龍の婿はあなたですよ」
違和感を抱きながらもシオンは言うがルーゲンは安堵の欠片すら顔に出さない。
もう分かり切っていることなのだ。隠したってなんの意味もない。最後にルーゲンはこのことを話したいのだろう。
彼自身がずっと抱き謎であり続けたこのことを。
「しかし昔は……いえこんなことを申しても仕方のないことで」
「いいえ。ルーゲン師の昔からのお悩みがそれであるのなら、この際ですから言っておきましょう。あなたの言われる様に、そうです私はあなたのことは嫌いではありませんでしたが、龍身様の婿になろうという点が嫌いでした。そうですからそのことについてはずっとあなたを肯定的に捉えない、要は否定的だったということです。私にとって龍の婿とルーゲン師は違う存在です。ひとつにはなっていない。いまだってそうです。あなたはなにか、違う」
「どうしてでしょうか?」
「理由がありましたら単純なことになります。これは理由がないゆえに私自身も困ってしまうのです。言葉に出来るのならしたいのですが、それは無理です。ですがこうなってしまったからにはあなたが龍の婿であることを否定しません。そのまま明日を迎えてください」
何も言っていないに等しいのだがシオンはこれ以外言うことが無く口を閉じるとルーゲンが頭を下げた。
「お答えありがとうございます。ひとつになっていないと申しましたが、僕はこれから一つになるのです龍の婿ルーゲンであると。僭越ながらこれは龍が人と一体になられることと似たものです。ルーゲンという名は消え龍の片割れとなれるこの栄光。遂にこの時が訪れるのです」
恍惚と語り出したルーゲンを見ながらシオンはどうしてこの男が癇に障るのか改めて考えだした。
ヘイムのこととなるとこの男はとてつもなく不愉快な存在になる。だがそれはどうしてだろう?
龍の信仰においては敬虔で穏やかで美しいこの存在を、龍の婿だという一点において否定したくなるこの謎の心理。
比べてみれば例えばルーゲンの対極に位置するにジーナは遥かにとてつもなく不愉快な塊になるはずだというのにルーゲン程の嫌悪感を湧かせることは、ない。まるでない。
正負といえばルーゲンが正でありジーナは負であるはずなのに、感情ではこれが逆になっている。どうしてだ?
そんなの分からない、ただこの感情だけは正確無比にそうはっきりと判定している。
では、ルーゲンとジーナの一番の違いとは、なんだろう? 逆に、一致しているものとは何か?
そこなのだろう。このルーゲンの対する嫌悪感の正体はヘイムと龍身にも繋がることにもなるはず。
……そういえばこの男は誰よりも早い段階で、それどころか初めにヘイムを龍身様と呼んでから、その後一度だってその名をヘイムのことを口にしたことがあっただろうか?
反対にどうだろうジーナは。彼の口から一度だって龍身様という言葉が出ただろうか?
あったかもしれないがそれは私の前ではヘイムの前では決して一度も……彼が口にするのは一つだけ……ヘイム様、ヘイム、と。
「ヘイム……」
呼ぶ名が胸奥が鳴ると口中に血の味が広がる感覚のなかでシオンはルーゲンの無反応な表情を眺める。
そうなるのか? この男は……はじめからヘイムを……それだというのか?
「なにか言われましたか?」
「いいえ、なにも。あと、ずっと言い損ねていて今更恐縮ですが、ルーゲン師この度はおめでとうございます」
見開かれた二つの瞳。大きさの違う雌雄眼。不気味さと美しさの両方を覚えさせてくるそれであったが、シオンには珍しくそこに美を感じた。
自分が祝言を言えたのはどうしてか? は考えなかった。
言えたから、言えたのである。何のわだかまりもなく、真っ直ぐに。
そうであるからルーゲンは不意打ちを喰らい驚いたのだろう。不意を突かれさらけ出した純真な心で。
慌てて感謝の言葉を述べるがシオンの耳にはロクに入らない。聞く必要も、ない。
「あなたは龍の婿ですよルーゲン」
ですが……ヘイムの婿ではない、とシオンは心の中で呟いた。
お互いに何をするのかは完全に分かってはいるものの、最後の確認という意味合いが強くよってそれは簡単に済んだ。その最終日における儀式はこうなる。
龍の騎士のみが祭壇前広場に立ち、一人の候補者を通す。
この場合は龍の婿であるルーゲン師のみである。そうである。
シオンはこの自らの役割を何度も反芻する。そのままの意味で呑み込み、吐く、同意する。
これ以上何も語ることはないと。ルーゲンも確認のみで打ち合わせを終わらせた。
異存も異論もあるはずがない。それが龍の騎士と龍の婿の互いの意思のやり取りだった。
よってルーゲンは違う話題を口にする。それはこの場においてとても語るに相応しいあれを。
「まさかあの森にいるだなんて。シオン嬢の捜査能力には感服いたしますね」
ルーゲンが楽し気に語る様子をシオンは冷ややかな気持ちで眺めがら言った。
「それで見つかりましたか? 彼は、いましたか?」
「いいえ。しかし多くの痕跡がありました。これまでにないぐらいの情報がもたらされました。どうやら彼は地下迷宮への入り口を発見しているようです。最近使われたあとのある発掘道具の数々に、付近一帯を探しても見つからないその様子。彼はあそこに潜ったと思われます。その可能性があるのでどうか龍身様に」
地下迷宮に入る許可もまた龍身が有している。
この最終日前日は龍の祭壇まで登ることができ龍身に会えるのは龍の騎士シオンのみであり、他は許可なくして何人たりとも入ることも会うこともできない。
「よろしいでしょう。龍身様にお頼みいたします。まぁ許可は確実に降りるでしょうね。この発見を誰よりもお喜びになられるのは龍身様なはずですし」
ありがとうございます、と笑顔で答えるルーゲンをシオンは微笑み返さない。
むしろ冷たいものが腹の底で湧き起こるのを堪える気分であった。
「ルーゲン師。とても嬉しそうですね。ジーナの逮捕の件は分かりますが、他にもなにかおありでしょうか?」
「これはまた顔に出てしまいましたか。儀式の最後がもう目前ですからね。ついにこの時が来たということです」
シオンはおめでとう、という一言をお義理にでも言えなかった。
この件に関しては祝いの言葉をひとつだって贈っていないことにシオンは今更気が付いた。
贈る側が忘れ気が付かずにいることはあれど、贈られる側は気付かず忘れることはありえない。
このシオンの最後の態度にルーゲンは不安を覚えたのか笑顔を消し、緊張した面持ちとなった。
そう、きっとこの人は私にまだ疑念を抱いているとシオンは思うも否定はできなかった。
どうしてか肯定できないものをいまだに持ち続けいることは事実なのだから。
「ひとつお話をしてもよいでしょうか? 僕はこれまでずっと苦労してきたことがあります。あなたの、許可です。僕と龍身様の仲はあなたはずっと御認めになられなかった」
「龍の婿はあなたですよ」
違和感を抱きながらもシオンは言うがルーゲンは安堵の欠片すら顔に出さない。
もう分かり切っていることなのだ。隠したってなんの意味もない。最後にルーゲンはこのことを話したいのだろう。
彼自身がずっと抱き謎であり続けたこのことを。
「しかし昔は……いえこんなことを申しても仕方のないことで」
「いいえ。ルーゲン師の昔からのお悩みがそれであるのなら、この際ですから言っておきましょう。あなたの言われる様に、そうです私はあなたのことは嫌いではありませんでしたが、龍身様の婿になろうという点が嫌いでした。そうですからそのことについてはずっとあなたを肯定的に捉えない、要は否定的だったということです。私にとって龍の婿とルーゲン師は違う存在です。ひとつにはなっていない。いまだってそうです。あなたはなにか、違う」
「どうしてでしょうか?」
「理由がありましたら単純なことになります。これは理由がないゆえに私自身も困ってしまうのです。言葉に出来るのならしたいのですが、それは無理です。ですがこうなってしまったからにはあなたが龍の婿であることを否定しません。そのまま明日を迎えてください」
何も言っていないに等しいのだがシオンはこれ以外言うことが無く口を閉じるとルーゲンが頭を下げた。
「お答えありがとうございます。ひとつになっていないと申しましたが、僕はこれから一つになるのです龍の婿ルーゲンであると。僭越ながらこれは龍が人と一体になられることと似たものです。ルーゲンという名は消え龍の片割れとなれるこの栄光。遂にこの時が訪れるのです」
恍惚と語り出したルーゲンを見ながらシオンはどうしてこの男が癇に障るのか改めて考えだした。
ヘイムのこととなるとこの男はとてつもなく不愉快な存在になる。だがそれはどうしてだろう?
龍の信仰においては敬虔で穏やかで美しいこの存在を、龍の婿だという一点において否定したくなるこの謎の心理。
比べてみれば例えばルーゲンの対極に位置するにジーナは遥かにとてつもなく不愉快な塊になるはずだというのにルーゲン程の嫌悪感を湧かせることは、ない。まるでない。
正負といえばルーゲンが正でありジーナは負であるはずなのに、感情ではこれが逆になっている。どうしてだ?
そんなの分からない、ただこの感情だけは正確無比にそうはっきりと判定している。
では、ルーゲンとジーナの一番の違いとは、なんだろう? 逆に、一致しているものとは何か?
そこなのだろう。このルーゲンの対する嫌悪感の正体はヘイムと龍身にも繋がることにもなるはず。
……そういえばこの男は誰よりも早い段階で、それどころか初めにヘイムを龍身様と呼んでから、その後一度だってその名をヘイムのことを口にしたことがあっただろうか?
反対にどうだろうジーナは。彼の口から一度だって龍身様という言葉が出ただろうか?
あったかもしれないがそれは私の前ではヘイムの前では決して一度も……彼が口にするのは一つだけ……ヘイム様、ヘイム、と。
「ヘイム……」
呼ぶ名が胸奥が鳴ると口中に血の味が広がる感覚のなかでシオンはルーゲンの無反応な表情を眺める。
そうなるのか? この男は……はじめからヘイムを……それだというのか?
「なにか言われましたか?」
「いいえ、なにも。あと、ずっと言い損ねていて今更恐縮ですが、ルーゲン師この度はおめでとうございます」
見開かれた二つの瞳。大きさの違う雌雄眼。不気味さと美しさの両方を覚えさせてくるそれであったが、シオンには珍しくそこに美を感じた。
自分が祝言を言えたのはどうしてか? は考えなかった。
言えたから、言えたのである。何のわだかまりもなく、真っ直ぐに。
そうであるからルーゲンは不意打ちを喰らい驚いたのだろう。不意を突かれさらけ出した純真な心で。
慌てて感謝の言葉を述べるがシオンの耳にはロクに入らない。聞く必要も、ない。
「あなたは龍の婿ですよルーゲン」
ですが……ヘイムの婿ではない、とシオンは心の中で呟いた。
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