夢泥棒メアは眠らない夜に

平山安芸

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3. 多々良達樹と夜野崎稀

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 滞りなく進むつまらない授業。開けっ放しの窓から春風が飛び込んで伸び始めた前髪を揺らす。
 あまり歓迎される代物ではない。俺が黒板ではなく、彼女。夜野崎稀へ注視していることが一目で分かってしまうし、それを自覚してしまうことさえ否定的であった。


(間違いない……アイツだ……っ)

 眠たそうな半開きの目をパチクリさせながら一心不乱に黒板を眺め続ける夜野崎は、授業に集中しているのか意識を飛ばしているのかすら不明瞭。感情を家へ置き忘れて来たような顔をしていた。

 英語科の若い教師がしょうもないギャグを飛ばし、教室が笑いに包まれても微動だにせず、ひたすらノーリアクション。表情筋が死んでいる。喜怒哀楽が皆無。


 夜野崎稀ヨノサキマレの席は同じ列の一人挟んだ奥だから、顎を手に乗せ教科書を読んでいるふりをすれば動向を確認するのは簡単だった。

 一際小柄な身長に、特徴的なツインテール。間違いない。昨晩明晰夢に現れた謎の少女「夢泥棒メア」のシルエットと完璧に一致している。

 ……しかしまぁ、同い年とは思えないな。わざわざ考えることも無かったけれど、女子小学生でも十分通用するレベルで幼い。見る限り絶壁だ。むしろ抉れてる。


(偶然……なのか……?)

 シャープペンシルの芯を規則的にノートへ突き立て、一人物思いに耽る。

 夜野崎稀というクラスメイトは、俺個人のなかでも決して目立った存在ではない。というか、ほとんど気に掛けたことすら無いうちの一人であった。
 いつも一人でいるから「友達いないんだな可哀そうに」くらいは思っていたけれど、だからといって特別な感情を抱いていたかと言えばそうではない。

 それ故、夜野崎稀が突然。俺だけの世界、明晰夢へ現れ情事の邪魔をして行ったという事実がどうにも納得出来ない。

 仮に俺の妄想力が足りなくて、第三者に邪魔をされることが決定事項だったとしても……恐らくその第三者は俺にもっと近しい人物。それこそ雅彦を筆頭に普段つるんでいる男子のクラスメイトであって然るべきだ。


 想像の遥か斜め上から現れた、目立たない無愛想なクラスメイト。一度だって意識したことの無い謎の存在。

 そんな奴がわざわざ「夢泥棒」なんてものを名乗って明晰夢の邪魔をして来たということは……もしかすると彼女は、本当に他人の夢へ侵入することが可能なのか?


(いやいやいやっ……)

 異世界ファンタジーの見過ぎだ。
 現実的に考えてあり得ない。

 夜野崎に限らず、俺が明晰夢を見ようとしていることは誰にも知り得ない事実。こんな馬鹿馬鹿しいことで悩むだけ無駄ってモンだ。

 でも、もし本当にそんなことが可能なら…………。


 幾多の圧力でついぞ圧し折られた芯が弾け飛び、意識は現世へと回帰する。昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り響き、飛び交う雑踏に思考は埋もれて行った。





「ふぅっ……」

 相も変わらず聞き役に徹するばかりの退屈なランチタイムを抜け出し、一人トイレから教室へ戻る最中。

 妙に体調が優れない。どうやら明晰夢を見ると身体に負担が掛かるというネットで見掛けた記事は本当のことらしい。肩が重いし、頭も今一つシャキッとしない。


「おっと……!」

 ボーっとしたまま歩いていたせいで足元がグラついてしまう。すると背中から臀部に掛けて、何かにぶつかったような感触を覚えた。
 どうやらすぐ後ろを人が歩いていたらしい。悪いことをしてしまった。冴え切れない頭を左右に振り、すぐにでも謝罪を述べようと後方へ振り返る。


「す、すみません、ちょっとフラつい……」
「……………………」


 夜野崎稀ヨノサキマレ
 或いは夢泥棒メア()。

 目線を合わせたつもりではあったが、20センチ近い身長差が故、割としっかり見下ろさなければならない。

 胸元に抱えていたであろう、購買で買って来たと思わしき大量の菓子パンが廊下に散乱している。
 俺の身体を頭の先からゆっくりと見下ろしていく夜野崎は、そのまま散らばった菓子パンの山をやはり表情一切変えず、死んだような瞳で見つめていた。

 多いな。量。食い過ぎだろ。
 ざっと見積もっても10個はあるぞ。


「えっと……ご、ごめん……?」
「……………………」
「け、怪我とかしなかったか……?」
「……………………」

 なーんも答えてくれない。
 完全に対話を放棄してるコイツ。

 床の菓子パンと俺の顔を交互に見つめる様は、言葉を発せずとも何かを訴えているようだ……拾えってことなのか? まぁ俺の責任ではあるが……。


「わ、悪かった……ほら、これで全部だ」
「……………………」

 慌てて袋を拾い集め手渡す。
 しっかり胸元へ抱え込み一件落着かと思いきや。


「…………な、なに?」

 夜野崎稀は一向にその場から動こうとしない。真顔のまま俺のことをジーっと見つめ続けている。ブレの無い真っ直ぐな瞳に制服へ穴が空く勢いだ。

 こうやってハッキリ顔を見てみると……うん、普通に可愛いっちゃ可愛いな。ちょっと幼過ぎるのがアレだけど、一部のマニアから大いに人気が出る類の容姿だ。

 いやでも、こんだけ長時間真顔で見つけられると怖いな……何を考えているのか一切分からない。或いは何も考えていないのか。分からん。なーんも分からん。


「…………ああ……お前ですか……」
「……ハッ?」

 消え入りそうな声で呟く夜野崎稀。

 不思議な感覚だった。確かにこの感受性に乏しい有り様……予想の範囲内とも言える拙い話し方ではあるが、これはこれで違和感がある。

 昨晩の出来事が語るように、現状無口で無愛想なクラスメイト夜野崎稀ではなく……どちらかと言えば、明晰夢を邪魔していった無駄にテンションの高い謎の少女、夢泥棒メアとしての認識が強いのだ。

 そりゃまぁ、夢の中と現実を比較するだけ無駄なことではあるのだが……それにしたってやり辛さは否めない。

 ていうか、お前って。
 馴れ馴れしい越えて失礼だぞ。


「えっと……俺のこと知ってるんだ? って、まぁ一応クラスメイトだしな。流石にそれくらい分かるか……」

 特に理由があるわけでは無かったが、このまま「ではさよなら」と教室へ戻るのも気が引けなんとなく会話を試みてみる。
 喋っているところを見たことが無かったし、シンプルにどういう人間、性格なのか気になったというのもゼロではない。

 が、しかし。
 そんな夜野崎稀の返答は。


「…………高校デビューですか……」
「……へ?」
「実在するんですね……髪を染めただけでイケイケの陽キャになれると錯覚している猿以下の脳ミソしか持たない人間擬き……」
「……ちょ、ちょ、えっ、え?」
「わざわざ会話を広げようとしたのも、私が普段誰とも言葉を交わさず教室の隅で一人寂しそうにしていると思って……コイツならチョロそう。簡単に落とせるなどといった、卑劣極まりない過大評価…………反吐が出ます。控えめに言って死んでいただきたいです……」


 え? なに? え?
 なんで罵倒されてんの?


「……夢の世界で女性へ劣情をぶつける程度の、取るに足らない知性の欠片も無いチンパンジー……顔が真っ赤です……まさか本当にお猿さんなんですか……?」
「……………夢?」

 続けざまの罵倒も右から左へ通り抜けた。
 いま、お前なんて言った?


「…………夢泥棒、メア……ッ!?」
「カッコいいでしょう……お前と違って……」
「…………いや、ダサいけど……っ」
「……はい……?」
「メチャクチャダサいけど……ほ、本当にお前、あの夢に出て来たクソダサいちっこい変な女なのかッ!?」
「…………話し合いが必要ですね……」

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