夢泥棒メアは眠らない夜に

平山安芸

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1-1 神戸茉莉花編

5. 神戸茉莉花と黒蛇の悪夢①

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「えっと……授業は?」
「あはは……ちょっと体調悪くて、今日は早退しようかなって……ていうか、二人は大丈夫なの? 美術の先生カンカンに怒ってたよ」
「いや、まぁ色々と……」

 夢にまで見た想い人の登場にお得意のコミュ障ぶりが顔を出す。あちこちに視線を飛ばし奇行を重なる俺を、夜野崎はこれといってリアクションもせずやはり無表情のまま眺めていた。

 いや、違う。ちょっと笑ってる。明らかに「やっぱり陰キャだな……」みたいな顔してる。俺には分かる。クソ、あとで覚えておけよ。


「ご、ごめんね、引き止めちゃって。早く帰ってゆっくりしてね……」
「ところがなんと、実は意外と元気なんだよねー。だから大丈夫。心配してくれてありがとっ」

 少し短めに切り揃えられた前髪を揺らしニッコリと笑う。俺みたいな有象無象のキョロ充にも優しい神戸さん。可愛い。これで性格も良いなんて。神だ。女神だ。


 だが、そういえばそうだ。気丈に振る舞う神戸さんだが、朝に彼女を見掛けたときもどこか浮かない顔をしていた。

 どうせ授業はサボってしまったのだし、ここは勇気を振り絞って「家まで送る」とか言い出すべきだろうか。
 いやでも、大して仲が良いわけでも無いのにそれは気持ち悪いよなぁ……潔く見送るだけに留めるのが吉か……?


「ところで多々良くんって、夜野崎さんと仲良かったっけ? 教室に戻って来たら二人でお喋りしてたからビックリしちゃった」
「えっ……も、もしかして見てた……?」
「あははっ。ちょーっとだけ盗み聞きしちゃった。ごめんごめんっ」

 ま、不味いな……どこからどこまで聞いていたのだろう。いやしかし、一連のやり取りで神戸さんの名前は出していないし、話が漏れたとしても夜野崎に不利な内容だけの筈だ……そ、そうだよな?


「夜野崎さんがお喋りしてるところ初めて見たよー。わたしずーっと心配してたんだよ? 入学してからいっつも一人でいるし……」
「……ぁ……ぇ……えっと……」

 酷い。コミュ障炸裂してる。めちゃくちゃ下向いてプルプル震えてる。自分より下を見て安心するってこういうことか。って、俺も大概だ。というかほぼ一緒か。


「夜野崎さんすっっっっごい可愛いから、どんな子なのかなーってずーーっと気になってたんだ! ねぇねぇ夜野崎さん、取りあえずライン交換しよ? クラスのグループも一人だけ入ってないじゃん! 良いでしょ?」
「ぅぅ……っ」

 予想以上にグイグイ来るというか、体調不良を謳う割には元気な神戸さんのエネルギーに、夜野崎はまったく対応し切れていない。

 片目でこちらをチラチラと窺いながら「助けてくれ」とサインを送っているようだ。さっきまであれだけ雑な扱いをしていた癖によくもまぁ。絶対助けてやらねえ。


「あ、そうだ……すっかり忘れてた。さっきの二人が話していたことについてなんだけど……なんていうのかな。もしかしたらわたしがいま知りたいこととドンピシャかもなあって思って。ちょっと聞いても良い?」
「……ど、どの話?」
「ほら、夢がどうこうって話。実はそれが原因で悩んでるっていうか、疲れてるっていうか……」

 自身の机まで赴き学生カバンからスマホを取り出す。細い指を滑らせ何やら検索しているようだ。表情は少し浮かない様子。


「最近さ……ちょっと変な夢を見るんだよね」
「……ど、どんな夢?」
「なんて説明したらいいのかなぁ……まずね、普通に寝るでしょ? で、気が付いたらこう、薄暗い灰色の空間に一人でいるの。椅子に座ってて、周りはぜんぶ霧が掛かってるみたいでね……? そしたら……」

 スマホの画面を見せて来る。
 そこに映し出されていたのは……ヘビ?


「そうそう、こんな感じ。バビュンっ! っていきなり黒いヘビが現れるの」
「それは……夢とはいえ怖いな」
「ううん。わたし爬虫類は結構得意っていうか、むしろ可愛いと思ってるタイプだから……椅子の周りをウロウロしててね。普通に「可愛いなー」とか思ってて」
「今は違うってこと?」

 席に座った神戸さんは、途端にスマホを胸元に抱え不安げな面持ちで肩を揺らした。いつも快活で朗らかな彼女には似つかわしくない姿だ。


「……最初は全然、どこにでもいるような大きさだったんだよ? でも気付いたら……わたしの身体よりすっごく大きくなってて……急に襲い掛かってきて、凄い力で締め付けて来るの。もう息も出来ないくらいでさ……」
「そ、そんなに……?」
「最後に胸の辺りを噛まれて、そこでいっつも目が覚めるんだ……起きたら汗ビショビショで呼吸も荒くて、本当に襲われていたみたいで……なんか身体も重くて、朝からグッタリしちゃうんだよね。もう二週間くらい続いてて、流石に参っちゃったよ」

 まっ、たかが夢なんだけどね。
 そう言ってケラケラと笑う神戸さんだが。

 実際のところかなり気にしているのだろう。こうして現実でも体調面に影響が出ているのだから、所詮は夢と簡単に片付けるのも如何なものかとは思う。


「……神戸さん。夢占いって知ってる?」
「夢占い? あー、うん、なんとなーくだけど。そういうのがあるって程度かな?」
「俺、ちょっとだけ夢について調べていた時期があってさ……」
「へー! あっ、だから夜野崎さんとその話してたんだ。なるほどなるほどっ」

 中学の頃から気になる女子との淫夢を見るために色々と調べたんだ。とは口が裂けても言えない俺であった。


「ヘビが出て来る夢って、何かの前兆だった気が……」
「前兆……それって良い方? 悪い方?」
「大きさや種類……色によって様々な面を持ち合わせています……夢に留まらず……風水などにおいても強い影響力を持つ生物です……」

 中身を思い出すまでもなく夜野崎が口を開いた。

 とはいえあまり興味も無いのか、一度しまった菓子パンを取り出して席に座りモグモグと食べ始めている。


「胸を噛まれる場合……恋愛に纏わる吉報を暗示しています……それも予想だにしない方面から……燃え上がるような激しい恋愛が始まるケースが多いかと……」
「へー……夜野崎さん、詳しいんだね!」
「……こ、これくらい常識です……っ」

 パンを齧りながらそっぽを向く夜野崎。夢云々の話題を織り交ぜないと口が開かないのかコイツは。面倒な性格してるな。俺が言えた口じゃないけど。


「大きさはそのまま……影響力の強さを表します……」
「もしかして、これから運命の人に出逢っちゃったり?」
「……そうかもしれません、ね……」
「なーんだ……あー良かったー。何かトラブルにでも巻き込まれるんじゃないかって心配だったんだよねー」

 夜野崎の解説のおかげで神戸さんもいくらか元気を取り戻したようだ。

 いや、俺としては非常に不服なんだけど。
 予想も付かないほどの大恋愛だと?

 ま、不味い……どう考えてもその対象、俺じゃないだろ。確かに雅彦は神戸さんを狙っているのは俺くらいだとかなんとか言っていたけれど……神戸さんが誰を好きになるかなんて分からないし……。

 よりによって夢へ干渉するなどというワケ分からん能力を持った夜野崎の証言だ。そんじょそこらの適当な夢占いより正確に違いない……。


「多々良くん? なんか顔色悪いけど大丈夫?」
「えっ……あ、うっ、ううん!? なんでも!?」
「そう? なら良いんだけど……よしっと、悩みも解決したことだし、今から授業に戻っても気まずいし……今日はこのまま帰っちゃおーっと。夜野崎さん、相談乗ってくれてありがとねっ! 多々良くんも!」
「あ、うん……お役に立てて何よりだよ……」

 すっかりいつも通りの神戸さんへ戻った様子だ。カバンを引っ提げ夜野崎のもとへ歩み寄ると、両手に握ったスマホをグッと顔面へ近付ける。


「夜野崎さん! ライン!」
「え…………あ、えと……その……」
「あれ、もしかしてスマホ持って来てない?」

 俯いたまま上下に激しく首を揺する。そういえば夜野崎がスマホ弄ってるところ見たこと無いな……まさか本当に持っていないのだろうか。どこが普通の女子高生だよ。反省しろ。諸々。


「じゃー多々良くんに繋いでもらおっと。二人とも仲良いんでしょ? ライン知ってるよね?」
「へっ? あ、いやっ……」
「くふふっ♪ いやいや、意外なところで出逢いもあるものですなぁ~。あっ、夜メッセ送って良い? 良いよねっ? はい、決定っ! ちゃんと返してねっ!」

 軽快なステップを踏む妙に嬉しそうな神戸さんであった。なんだ、普通に元気じゃないか……理由は分からないけど。まぁ問題が無いなら別に良いか。


「ほんじゃっ、また明日ね! ばいばいっ!」

 踊るように教室を後にした神戸さんを見送る。緊張の糸も解けたのかホッと一息。こちらもこちらで汗ビッショリだ。

 結果的に良い方向へ転んだな。こんな形でも神戸さんとかかわりを持てるなら、昨晩からの出来事含めて差し引きプラスだ。そういうことにしておこう。


「…………黒蛇……胸……巻き付かれる……」
「え?」
「いえ…………なんでもありません。それでは……」
「ちょ……おい、夜野崎! ライン!」
「スマホ自体使っていませんので……」
「本当に持ってないのかよ……ッ」

 こちらもさっさと席を立ち食べていた菓子パンの袋を片付ける。やはり見覚えの無い二体のぬいぐるみ型キーホルダーをカバンの奥で靡かせ、俺には見向きもせずさっさと教室を去ってしまった。


 当初の件がだいぶ有耶無耶というか、なにも解決していないのだが……まぁ取りあえず良いか。今後も絡む機会は無さそうだし。

 授業が終わるまでに俺も帰るとしよう。
 明日雅彦辺りに茶化されるのはもう仕方ない……。


(ヘビの夢……か……)

 俺もなんとなくは知っている。吉兆と凶兆、二つの意味合いがあって、やはり色や大きさ、どのようにかかわるかで内容が変わって来るんだとか。

 夜野崎の奴、随分と調子の良いことばかり言っていた気がするけれど……。


「……黒いヘビって確か……」

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