夢泥棒メアは眠らない夜に

平山安芸

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1-1 神戸茉莉花編

6. 神戸茉莉花と黒蛇の悪夢②

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(やっぱり……)

 一足早い帰宅と共に自室へ駆け込む。夕飯の支度を終えた母の呼び掛けもスルーを決め込みノートパソコンを広げ、夢占いに纏わる記事を読み漁った。

 たかがネットに転がっている情報などどれも眉唾物ではあるが……ほぼすべての記事で該当しているのは、ヘビに関する夢は吉兆と凶兆の二通りがあること。

 そして黒いヘビの夢は多くの場合、凶兆を暗示するということであった。


(適当扱きやがって……)

 夜野崎の説明通り、胸元を噛まれる夢は恋愛事に纏わる兆候を表すものであるとの記載が多かった。
 ちなみに巻き付かれるのは、性的な欲求の高まりを示しているのだとか……これはまぁ、うん。一旦置いておこう。

 しかし、黒蛇である。

 運気の急下降、破滅の象徴。
 心身の不調に人間関係のトラブル。
 どれをとってもロクな要素が無い。

 しかも神戸さんは、途中でヘビが大きくなったと語っていた。つまり神戸さんが見た夢は、彼女の身に何らかの重大な問題が起こることを暗示しているわけだ。


 夜野崎がこの事実を知らなかった筈がない。早く話を終わらせたいからって、都合の良いことだけ並べて逃げやがったな……。


「……そうは言ってもなぁ……」

 ノートパソコンを閉じてベッドへ転げ落ちる。ズレ動いた枕の裏から現れたのは、入学式で撮影された集合写真。

 枕下に写真を入れるとその人の夢を見やすい……これもネットで見つけた記事を鵜呑みにして試していたものだ。どうやらそれなりに効果はあったらしい。若干一名、余計な奴まで出て来てしまったが。


(神戸さん……)

 思い出されるのは入学初日、初めて彼女と交わした会話の一端。

 初めてみんなで撮る写真なんだから、笑顔で写らないと勿体ないよね。そう言って彼女は少し緊張していた俺の肩をポンと叩いて、すぐ隣に位置取ったのだ。ハッキリと恋を自覚した瞬間だった。

 勿論見てくれがタイプだったことも否定はしない。でもそれ以上に、彼女の笑顔を見て俺は思ったのだ。
 もしこの子がこれからも俺の隣にいてくれたら、きっと楽しい高校生活が。素晴らしい未来が待っているんじゃないかって。

 この眩しい笑顔が俺だけに向けられる日が来れば、いったいどれだけ幸せなことだろうと……。


 この三週間、神戸さんとの距離は一向に縮まらないままだった。誰にでも分け隔てなく接する彼女は、男女問わずクラスの人気者だ。

 序盤のスタートダッシュ、もとい無理が祟って、それなりにイケている男子集団の一員程度には認識されているとは思うが……逆に言えば、それ以上の感情は持たれていないのだろう。仲の良い女子とお喋りする彼女を、ただ横目で眺めているだけ。


 結局、俺は小心者で受動的な、どこにでもいるような普通の男子学生から一歩も逸脱出来ていないのだ。

 少なくとも女子生徒に気兼ねなく声を掛けられるような積極性だけは未だに培われていない……こんな調子では神戸さんを振り向かせることなど不可能。


「よしっ……!」

 たかが数分のやり取りとはいえ、せっかく生まれた関係性だ。こちらからアクションを起こさないことには発展も無い。

 まずは黒蛇が凶兆の表れであるということだけ、ラインで伝えてみることにしよう。
 でもなぁ……せっかく悩みの種が無くなったのに、また掘り返すような真似は……。


「……ん?」

 スマホが緑色に点灯している。
 誰かから電話が掛かってきたようだ。

 差出人は…………神戸さん?


「も、もしもし? 神戸さん?」
『多々良くん……! 今、どこにいる……?』
「どこって……家だけど?」

 随分と落ち着きが無い。声色からも焦燥のようなものが見て取れる。なんだ、いったい何があったんだ……?


『ごめんっ、本当にホントにごめん……! 今から多岐川駅まで来て欲しいの……お願い……!』
「駅に? えっと、それは良いけど……何かあったの?」
『ごめん、ちょっとヤバいっていうか、上手く説明できないっていうか……とっ、とにかく駅まで……! お願い、一生のお願い……っ!』
「わ、分かった……俺なんかで良いなら」
『むしろ多々良くんにしかお願い出来ないの……! ほらっ、わたし今日早退しちゃったし……多岐川駅って結構人の多いところでしょ? 遊んでるって思われたらそれはそれで困っちゃうし……』

 よく分からないが、とにかく緊急の用事であることと、あまり喜ばしい状況でないことは確かなようだ。
 いくらかの邪念は否定できないが、学校外で神戸さんに逢えるというのならわざわざ断る理由も無い。


「ちょっと待ってて。すぐ近くだから」
『うんっ、待ってるから……っ!』

 通話を切り身支度を整える。
 いったいどんな用事なんだろう。


(…………まさか……)


 凶兆を暗示する黒蛇の悪夢。
 もしかして、本当にあの夢は……。





 自宅から多岐川駅へは徒歩でおよそ10分。

 高校は駅のすぐ近くだから電車を使うまでもない。そもそも多岐川高校を選んだのも自宅から近かったのが理由だ。こんな事態へ転ぶとは露にも思わなかったが。

 神戸さんは地下鉄の改札へ繋がる地下一階の通路の、喫茶店などが入ってるコンコースの一角で待っているのだという。
 到着した旨をメッセージで送ると、すぐさま奥の手洗いから神戸さんが現れた。随分と周囲を警戒していて、酷く挙動不審だ。
 
 俺の姿を見つけるや否や、彼女は一目散にこちらへ飛び込んで来る。勢い余って身体へ抱き着く様は、まるで数年ぶりの再会を果たした遠距離恋愛中のカップルのようだ……って、えっ。待って。なにこの状況。えっ!?


「多々良くん! 多々良くんっ!」
「ちょちょちょっ!? 神戸さん!?」
「怖かった……怖かったよぉ……っ!」
「おおおっ、落ち着いて!? そのっ、きっ、距離がち、近っ、か、かっかか……」
「……ひゃっ! あ、ご、ごめんっ!」

 慌てて傍を離れる神戸さん。激しい胸の高鳴りもそこそこに改めて様子を窺うが、目元は赤く腫れ呼吸も荒い。普段と彼女や数時間前の明るい姿からは想像さえ出来ない憔悴ぶりだ。


「い、いったいなにがあったんだ……!?」
「……多々良くん、耳貸して……?」

 俺より背の低い神戸さんは、周囲を注意深く観察すると軽く背伸びをして、耳元へ小さな声で呟く。


「……ストーカーされてる……かも……っ!」
「す、ストーカー……っ!?」
「駅に向かう途中から誰かに付けられていて……わたし、どうすれば分からなくて……っ!」
「お、落ち着いて……! えっと、そ、そうだなっ……まずはストーカーをなるべく遠ざけないと……まだ視線は感じる……?」

 今もなお恐怖に怯えているのか、胸元に顔を埋めコクンと頷く。役得だとかそんなことを言っている場合ではない……これは一刻も早くなんとかしないと!


「……家は? ここから遠い?」
「……二つ先の緑ヶ崎ミドリガサキってところ」
「ああ、ならすぐか……取りあえず家まで送るよ。この時間は人も多いから、絶対に傍から離れないで……!」

 幸い地下鉄の改札はすぐ近くだ。見たところ汗でビッショリしているし、きっとストーカーを撒くためにかなり歩き回ったのだろう。早く自宅へ送り届けなければ。


 ……いや待てよ。このまま素直に家へ向かって、もしストーカーが電車を降りたあとも付け続けていたとしたら……。

 そうだ。馬鹿正直に神戸さんの自宅を教えてしまうことになる。かといって俺の家まで連れて来ても、それはそれでストーカーを刺激し兼ねない!


「多々良くん……っ?」
「神戸さん、よく聞いて……このまま真っ直ぐ帰ると、家の場所を知られてしまう危険性がある……少し時間を置く必要があると思うんだ」
「じ、じゃあどうすれば……!?」
「カラオケとかネットカフェとか、そういうところへ入ろう。一度落ち着いて作戦を立てるんだ……籠っているうちはストーカーも身動きが取れない筈だし」

 この辺りならカラオケもネカフェも沢山ある。取りあえず駅を出て人の多いところへ向かおう。結果的にストーカーも撒けるかもしれない。

 クソ、こういうときに信頼出来る女友達の一人でも居れば、一晩泊らせるなりして神戸さんを任せられるというのに……これだから陰キャは肝心なところで役に立たないんだ。


「……ん?」
「あれ……夜野崎さん?」

 彼女も気付いたようだ。コンコースに併設されているオープンカフェで……夜野崎が本を読みながらサンドウィッチのようなものを食べている。無論、一人で。

 昼休みにあれだけ大量の菓子パンを買っていたというのに、帰り道でもドカ食いしているのか……何故あのボディラインを維持出来ているのか不思議だな……。


 ……同じクラスの女子生徒……多少軋轢があったとはいえ、関係性もゼロではない。神戸さんからしても夜野崎を頼るのはそれほど違和感も無い筈だ。

 それに……アイツには色々と聞かなければいけないことが沢山ある。正確には神戸さんへ謝って貰うこと、だけどな。


「……頼ってみるか」
「夜野崎さんの家、この辺りなの?」
「分からない……けどもしかしたら、諸々含めてまるっと解決するかも」

 二人並んで夜野崎の座っている席へ近付き、まぁまぁ勢いで机を叩く。突然の来訪に酷く驚いている様子であったが、俺の顔を見るなり夜野崎は露骨にため息を吐いて視線を逸らすのであった。


「……まったく、誰かと思えば……こんなところでなんの用事ですか……二度と話し掛けないようにと約束したはず……」
「会計! 俺が持つから! ヘルプ!」
「…………はい?」
「明日の昼飯も奢るっ!」
「……………………」
「一週間、一週間だっ! これでどうだ!?」
「…………なるほど…………」

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