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1-1 神戸茉莉花編
7. 神戸茉莉花と黒蛇の悪夢③
しおりを挟むストーカー被害に遭っているかもしれないこと。家へ直接戻らず幾つかの地点を経由したいことなど神戸さん自ら説明したおかげもあり、夜野崎も実に渋々という様子ではあるが提案を承諾することとなった。
彼女の自宅は多岐川駅から歩いて数分のところにあるのだという。神戸さんも両親へ外泊する旨の連絡を送り、一先ず今晩中の憂いは無くなったと考えていい。
偶に口を開けば(俺に限って)毒ばかり吐いている夜野崎のような人間でも、同級生のストーカー被害を無碍に扱うほど感受性は死んでいないようだ。
別に安心したとかそういうのでもない。不良が極稀に良いことをして評価が上がってしまう社会の理不尽なシステムを俺は断固として許容しない。
「……あれ?」
肉骨神経を蝕む鳥肌は、四月の煮え切らない夜風の冷たさがもたらしたわけでは無いだろう。
夜野崎の家へ向かっているというのに、俺もしっかり家路に着いている。この角を曲がれば俺が暮らしている一軒家だ。いやまさか、そんなわけは……。
「まっ、マジで……?」
「へぇ~、ご近所さんだったんだ。だから二人とも仲良かったの?」
壮絶に勘違いしている神戸さんに訂正を入れる間もなかった。慣れた手付きでドアを解錠しエレベーターへ乗り込む夜野崎を二人して追い掛ける。
家賃が嘘みたいに高いと噂の、家のすぐ先に建ったばかりの高層マンションである。こんなに嬉しくない偶然もあるものか。というかほぼ同じエリアから登校しているのに何故気付かなかったんだ……。
「夜野崎さんってお金持ちなのかな……?」
「さ、さぁ……」
七階でエレベーターを降り、木目の暖かな色彩が印象的な屋内の共有廊下を夜野崎は二人の内緒話へ目もくれずさっさと進んでいく。人を招き入れているとは思えぬおもてなさない精神、もはや尊敬するまである。
やたら重そうな玄関ドアを解錠し俺たちを招き入れる。外装の見てくれに負けず劣らずの室内はまるで高級ホテルのスイートルームのようだ……下手したらリビングだけでウチの一階よりも広いんじゃないか。
リビング中央に鎮座するやたらカラフルで派手派手しいソファーに腰を下ろす。これ確か有名な動画クリエイターが使ってるやつと同じだ。You○ubeで見たわ。
「わおっ、ナイスキャッチ!」
「あっぶな!?」
小型の冷蔵庫からキンキンに冷えたペットボトルを取り出し投げ飛ばして来る……これを飲めと? もてなしているつもりなのか? 礼儀作法とは?
「……なにこれ?」
「いらないなら返してください……」
「……じゃあ貰うけど」
やったらケバケバしい色してるな……エナジードリンクか何かだろうか? 疲れた身体に一番摂取しちゃいけない類の飲み物だと思うんだけど……まぁ喉の渇きを満たせるのならなんでもいいか。
「親御さんは? 今日はお仕事?」
「大きな黒蛇……運気の低下を表す代表的な一例です……胸元を噛まれる夢は恋愛沙汰の縺れに起因します……そのストーカーとやらの存在が影響を及ぼしていることは間違いないでしょう……」
神戸さんの質問をぶった切り本題へ入る夜野崎。真っ黒なカーテンを引っ張り部屋を薄暗く囲うと、やはり菓子パンを頬張りながらソファーへドカッと座り込む。
「や、やっぱり悪夢だったんだ……」
「お前が最初に警告してとけば、俺も家まで送るとか色々出来たのに……マジで反省しろよその辺り」
「……黒蛇の夢はいつ頃から?」
肩を落とす神戸さんへの労りも無く質問を飛ばす。俺の忠告を無視するな。そんなところまでイニシアチブを握られる覚えはない。
「三週間前……入学してすぐの頃……かな」
「それまでにストーカーの被害は?」
「実は最近……ここ一週間くらいかな。下校中にずっと視線みたいなのは感じてたんだよね。でもハッキリと誰かがいることまでは分からなかったから、気のせいだと思ってたんだけど……」
「それで今日気付いたってことか……」
「うんっ……気になって振り向いたら、誰かが物陰に隠れるところ見えちゃって……たぶん、男の人だったと思う……」
「じゃあ誰かに相談とかもまだ……だよね」
「わたしみたいなのにストーカーなんて絶対あり得ないって思ってたし……相談するのも恥ずかしくってさ……っ」
問い掛けと比例するように声のトーンも下がっていく。気丈に振る舞っているように見えて、入学してからずっと悩んでいたのか。
被害そのものは以前から続いていたが、実害の可能性が出て来たのが今日。三週間前から黒蛇の悪夢を見ていて、ストーカーが現れたのは一週間前……トラブルの予兆としては完璧なタイミングだ。ともすれば……。
「……夜野崎。提案がある」
「……はい?」
「現実の問題はこれから色々と片付けていくとして……もし黒蛇の悪夢がストーカーの件とリンクしているとしたら、幾ら安全なところに居るとはいえ神戸さんも落ち着いて眠れないと思うんだ」
「…………はぁ……」
「お前の能力でどうにかならないか?」
他者の夢へ干渉することが出来るという夜野崎の奇妙な能力。これを駆使すれば、例えば神戸さんの夢に現れる黒蛇を退治するとか、或いは逃げ出したまま目を覚ますとか何なりして、悪夢から逃れられるかもしれない。
悪夢を見なくなれば現実の問題も解決される……なんて甘いことは無いだろうけれど、少なくとも彼女の悩みの種は一つ解消されるはずだ。
「夜野崎さんの能力……?」
「俺もにわかに信じ難いけど……コイツ、人の夢へ勝手に入って来れるらしいんだよ。っていうか、実際に入って来た。誰にも言ってない夢の内容を夜野崎に把握されていたんだ……」
「そ、そんなことが出来るの……?」
当然と言えば当然だが、神戸さんのリアクションは薄い。そりゃそうだ、俺だって被害に遭わなければこんな話信じられなかった。というか、今でも若干疑っている節はあるし……。
「ちなみに、どんな夢だったの?」
「え゛……あ、いやっ、それは…………くっ、クラスのみんなと遊ぶ夢っ! そう、みんなで! 雅彦とかと……か、神戸さんもいたんだよっ! そしたらいきなり夜野崎が現れて、色々としっちゃかめっちゃかにしていって……で、その話を夜野崎がいきなりしてくるもんだから……!」
「へぇー、そうなんだ……」
下手くそにもほどがある誤魔化し方だが、特に疑われている様子は無かった。特に訂正するつもりも無いのか、夜野崎も菓子パンを頬張り黙ったままだ。
めちゃくちゃ馬鹿にしたような冷めた目で見て来るけど。折れるものか。負けない。負けないんだから。
「夜野崎さん、本当にそんなことが出来るの?」
「…………まぁ、そうですね……」
「うーん、本当だったら凄いけど……でもどうやって?」
少し苦笑いで問い掛ける彼女は、まだ夜野崎の能力を信じてはいないらしい。まぁ信じろという方が無理があるよな。
恐らく神戸さんも、自身の不安を取り除くためにこのような冗談を言っていると思っているのだろう。
だが夜野崎にとってはそれが不満だったのか。菓子パンを貪る手を止めると、口元に着いたカスを吐き飛ばしソファーから立ち上がる。
「……まったく、口の軽い人です……そこまで明かされては証明するしかないじゃないですか…………」
「いや別に無理せんでも……」
「私という人間をどのように評価するかなど興味はありませんが……この能力自体を疑われるのは癪です……」
よく分からないポイントで怒りに触れてしまったようだ。いやまぁ表情自体は変わってないから憶測でしかないんだけど。
…………あ、あれ……? なんか、急に頭がクラクラして来たっていうか……すっごい眠気が……。
「……ふっ。効いて来ましたか……」
「もしかしてさっきの変な飲み物……なに飲ませやがった……ッ!?」
「睡眠剤入りの特製エナジードリンクです……様々な実験により辿り着いた、最も効果的に薬を吸収できる優れモノなのです……粉剤は海外からの直輸入なので少々値が張りましたが……」
「な、なんて危険なモノを……って神戸さん……っ!?」
気付けば隣に座っていた神戸さんもクークーと寝息を立て眠りに就いてしまっている。どうやら即効性だけは確かなようだ。
不味い、俺もかなり回って来ている……瞼も重いし意識も……。
「……ちゃんと着いて来てくださいね……」
「…………ぁぇっ……?」
「それではごゆっくり…………さぁ、参りましょう。夢の世界へ……ナイト・ハック……っ!」
なにそのキメ台詞……いくらなんでもダサ……すぎ――――…………
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