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デートには緊張感が大切なの
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しおりを挟む意味不明の釈明にもかかわらずおおよそ納得してしまった仲川さんは、それから暫く俺に対して興味津々だった。
「ふーん。森下って普通に話せるんだね」
凄まじい悪口だが、普段教室で誰とも話をせず音楽を聴いてばかりの俺は相当の無口か陰キャであると思っていたそうで。いやまぁ、陰キャは否定しないけど。
ともかく、普通に沼尻さんと出掛けたり自分と会話が出来るというのは、仲川さんからすれば意外に映ったようだ。
「それともアレ? 自分から絡みに行かなければ芽衣から寄って来るとか、そんな風に思ってたの?」
「んなわけないでしょ。暇だから付き合ってるだけだよ。下僕とかなんとか言ってるけど、俺はそう思ってないから。上下関係とか無いから」
「まったまた~! ホントは芽衣と遊んでもらえて役得だーとか思ってんでしょ~? 今どきクールキャラ気取ってもモテないぞ少年っ!」
小腹を満たし時間もそれなりと言うことで、今日はこのまま解散という運びになった。仲川さんがずっと着いて来るからなし崩し的に終わらざるを得ないというのが正しい解釈だが。
駅に向かう間、俺はずーっと仲川さんの相手をさせられていた。肩をバシバシ叩かれる。普通に痛い。遠慮が無い。
(苦手なのも納得だ……)
仲川さん、普通に良い人ではあると思うんだけれど、基本的に距離感がバグってるんだよな。陽キャの一言では片付けられない何かがある。
誰とでも仲良くなれる、というか、誰とでも仲良くしようとするタイプの人なんだと思う。気を遣うとか、人を疑うとか、そういう概念が無い。
沼尻さんとはまた違った方向性でイノセント。だから苦手なんだ。住んでる世界線からして違う。犬と猫は意思疎通が出来ないだろ。そういう領域。
「よーするに、私も芽衣の下僕になれば一緒に遊んだりできるってこと?」
「……下僕は二人もいらないわ。貴方はどうぞ、友達でもなんでも自由に名乗って」
「わーい、やった~~♪」
というわけで、仲川さんの俺に対する認識は『下僕』で確定してしまった。
本来の関係性を悟られなかっただけまだマシかも分からないが、いやしかし下僕って。言葉遊びにしても受け入れ難いものはあるよ。普通に。
「じゃ、芽衣! そして森下改め下僕っ! 私こっちだから、また明日ね!」
「ええ、また学校で」
「頼むから学校で下僕呼ばわりはやめてよ」
「それは私の気分次第だなぁ~っ♪」
大袈裟に手を振って改札を潜る仲川さん。すれ違いのサラリーマンと肩がぶつかって、申し訳なさそうに頭をペコペコ下げている。
時間にして三十分も一緒にいなかったというのに、一日中付き合わされたかのような疲労感がドッと押し寄せて来る。沼尻さんも同じようなことを考えていたのか、顔を見合わせ苦笑いを浮かべる二人であった。
「疲れるね、あの人」
「ええ、本当にいつも困ってて……」
そこまで言い掛けたところで、沼尻さんは空いた左手でまたも自分の頬を思いっきり引っ叩く。
構内に響き渡る甲高い破裂音。通り過ぎの若者がギョッとした目で彼女のもとへ振り向く。
「……ど、どうしよう森下くん……っ!?」
「やっぱ演技じゃなくて別の人格飼ってるよね?」
頭を抱えその場へ座り込む沼尻さん。をノータイムで引き上げる。だから座るな。しゃがみ込むな。途端に隙を作るな。
「なんでよりによって下僕なんだよ……」
「だって他に思い付かなかったんだもんっ! じゃあどう説明すれば良かったの!? 昨日のこと全部話せばよかった!?」
「ありがとう沼尻さんファインプレーだった」
こればかりは素直に彼女を褒めるしかない。謎の上下関係を暴露されるより、彼女の露出癖が学校中に知れ渡るほうがよっぽど問題だ。
まさに肉を切らせて骨を断つ。肝心の骨が無防備に晒されている点はひとまず棚に上げるとして。
「まぁ、やることとしては変わらないよ。わざわざ自分たちから関係を明け透けにする必要は無い。これまで通り学校では他人を装うんだ」
「……そう、だねっ……」
「一応秘密は守るって仲川さんも言ってくれたし、気に病む必要は無いさ」
たかが一回放課後デートをしたくらいで、俺と沼尻さんの関係性。立ち位置に大きな変化は無い。学校一の人気者と、誰からも相手されない陰キャ中の陰キャ。それでいい。それで十分なのだ。
……だが、しかし…………。
****
妙に気落ちし続けたままの沼尻さんであった。行きと違って席に座れなかったからかどうかは分からないが、電車でも危なっかしい場面は見られず。
あまり会話も弾まず、あっという間に最寄り駅へ到着。自宅はここから歩いて十五分ほどの一軒家だった。
「……今日はありがとね、森下くん」
「うん。俺も楽しかった。部分的に」
「部分的……まぁ、良いけどさっ」
美少女に似つかわぬ引き攣った笑顔ももはや見慣れて来た。昼間はそうでもなかったが、もうすぐ雨が降り出しそうだ。互いに傘を持っているから不要な心配とはいえ、早く帰るとするか。
「あのさっ……またこうやって、一緒に遊んだりとか、してくれる……?」
「そりゃまぁ。でも次はジーンズとか履いて来てくれると助かる。というかスカートは認めない」
「で、ですよねぇ~……」
なんの気無い忠告に沼尻さんは肩を落とすのであった。暗に『放課後はもう付き合いません』と言っているようなものだし、流石に厭味ったらしかったか。
「……どうしても、だめ?」
「話聞いてた? ちょっとでも申し訳なく思った俺の気持ち考えて?」
「だ、だって……! ほらあたしさ、結構脚が太いっていうか、水泳やってたから筋肉質っていうか? ジーンズだとラインが出ちゃうから恥ずかしいの!」
「生足晒しても同じようなものでしょ」
「じゃあロングスカート! もっとこう、フワッとしたやつ! 膝下まで隠れるタイプの! それなら良いでしょっ!?」
なにがなんでもスカートが良いらしい。というかその言い分を聞くに、露出趣味を辞めるつもりが更々無い。
なんだよ。やっぱり反省してないじゃないか。俺と一緒にいたがる理由も、結局はただのボディーガード。安全マージンを取りたいだけ。
「本当に下僕だね。それじゃ」
「…………ふぇ?」
「俺のことガン無視じゃん。結局沼尻さんにとって都合の良い存在だから、取りあえず相手してるんでしょ。仲川さんに言ったこと、本心だったんだね」
「……ちっ、違う! ちがうってば!? あたしはただ、スカートのほうが可愛いから……そっちのほうが好きだから、そのっ……」
「だから?」
「…………森下くんは……そういう可愛い恰好のほうが、好き……?」
可愛らしい顔して、可愛いこと言うな。
腹の内はとっくに分かってるんだよ。
嫌いだよ。あんなヒラヒラした格好。
無防備で、扇情的で。最高に下品だ。
なんて、素直に言うくらいワケないのに。
どうして言えないのかな。俺という人間は。
「……もういいよ。学校でも外でも、好きな恰好すればいいじゃないか。俺に絡むのもいちいち止めないよ。でもその代わり、露出趣味は絶対に阻止するから。俺といる間はなるべく控えるって、それだけ約束して」
「分かった! 努力するっ! ていうか、努力はしている! していますっ!」
「嘘くさ」
「本当にっ! ホントだからっ! 今日だって頑張ったんだよ!」
「あれが努力の範疇だとぉ……?」
自分でもどうしたいのか分からなくなって来た。嫌ならイヤでさっさと突き放せば良いものを、なにを躊躇っているのか。
……でも、な。
もう少し、我慢出来ないことも無いか。
「……じゃ、雨も降りそうだし。この辺で」
「うんっ……また学校でね。それと、あのっ……森下くん……っ!」
鞄を悪戯に揺らし、首まで真っ赤にして。
彼女は最後にこんなことを言った。
「…………見せるとしたら、それは本当に……森下くんだけだから。最初に言ったことと、変わらないから! 森下くんだけだからっ! それだけっ!」
まるで捨て台詞。逃げるように玄関の戸を開け、自宅へと飛び込む。その姿を俺は、なにを考えるわけでもなくボーっと眺めていた。
俺だけとか、簡単に言うよな。ホント。
どれだけ勘違いさせれば気が済むんだよ。
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