上 下
16 / 34
第一楽章 憑依

第十六話 魔王の使い

しおりを挟む
 俺はそいつから離れて、臨戦態勢を取った。
 何故かは分からないが、さっきまでの疲れや痛みも無く動くことができる。

「おいおい、そんなに驚かなくていいじゃないか」

 前の犬っぽい魔物が喋りかけてきた。

「おい、お前はなんなんだ。魔物なのか?」
「俺をあんな無能共と同じにするんじゃねぇよ。俺は妖魔って種族でウォードって呼んでくれ。前魔王、ナサレトグ様の側近だ。こっちに来る時に、お前も聞いただろ、使いが来るって」

 ああ、そういえば言ってたな。
 色々ありすぎて忘れてたな。

「それで、その使いがどうしたんだ。俺は今急いでるんだ。早くここから出せ。邪魔するならどいてもらうぞ」
「こっから出ていってどうするんだ。またさっきみたいにやられるだけだぞ」

 そんなことは知っている。
 それでも……

「それでもやらないといけないんだ。いつも俺はソニアに助けられてばっかりなんだ。そんなのは嫌だ! 今度は俺がソニアを助ける番なんだ!」

 俺は強い意志を込めて俺は叫んだ。
 しばらくの間、沈黙になる。

「……そうか。やはりナセレトグ様が見込んだだけある。だが今のままでは俺は行かせることは出来ない」
「じゃあ力尽くで……」
「焦るな。俺は今のままでは、と言ったんだ。ナセレトグ様が死ぬ前に残した言葉がある。こことは違う世界から来た人間に我の力をさずけよ、と」

 ……なんだと?

「おい、それは本当か?」
「ああ」

 その力さえあれば俺はソニアを助けることができる。

「じゃあ早くその力を俺にくれ」
「そんなに急ぐな、まずは説明を」
「そんな時間ないんだよ! 早くソニアを助けにいかないと」
「一旦落ち着け。俺は今、時間を歪めてこの空間を作っている。だから現実では時間は変わってないんだ」

 そ、そうなのか。
 ということはまだあの女に追い付ける。

「すまなかったな。で、俺はどうすればいいんだ?」
「この力は普通の人なら耐えれない。だがお前にはナセレトグ様の意志が宿っている。そこに力を注げば、ナセレトグ様は復活し、【憑依】という形でお前は力を使えるようになる」

 前魔王の力さえあれば俺はあの女に勝てる。

「だが、お前の意志が弱ければ、ナセレトグ様に乗っ取られその肉体は崩壊する。さあ、どうする。今ならまだ引き返せるぞ」

 そんなの返事はもう決まっている。

「頼む、その力を俺にくれ」

 ▶▶▶▶▶

 ウォードが紫色の複雑な文字を、俺を中心にして空間に刻んでゆく。
 多分これは魔方陣というやつだろう。
 かなり巨大で直径10メートルほどある。

「ナセレトグの意思を継ぎしものに、強大なる力を【再臨】」

 さっきの文字が光始める。
 すると、その文字が俺の体に入ってゆく。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 なんだ、これ。
 腹の奥が痛い、熱い。
 釘を刺されているような痛みと、ドロドロに溶けた鉄を飲んでいるような熱さが、永続的に続く。
 俺の中の何かが暴れだしている。

 痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い。

 ああ、消えていく。

 俺という存在が、呑まれていく。

 ………………………………。

 …………………こんなところで……消えていいのか……

 ……いや……俺は……まだ……消えるわけには……いかないんだ!

 ソニアを、助けるんだ!!

 だんだん暴走が収まってゆく。

「おめでとう、お前はよくやったよ」

 その言葉を最後に俺は気絶した。
しおりを挟む

処理中です...