気持ち悪い令嬢

ありのある

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何を考えているの?

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血液で汚れた服を洗うため、湖に立ち寄ることにしました。
この湖は、国で一番美しいといわれている湖です。ここにはアレンと何度か来たことがある思い出の地です。そんな神聖な地を人攫いの血なんかで汚したくはなかったですが仕方ありません。

「わああ、大きくて広い湖だねえ」

一つの台詞の中に同じ意味の言葉を並べて使うヤナギヤとも来たくありませんでしたが、体がアレンならば仕方ありません。

「私は今からここで服を脱いで洗います。その間、近付かないでください。裸をあなたに見られるのは耐え難いことなので」
「うん、分かった!」

ヤナギヤが粒に見えるまで距離を取り、服を脱いで湖で洗います。
すると、どこからともなくチピチピチャパチャパと水が跳ねる音が聞こえてきました。
こんなに距離を取っていても、ヤナギヤが湖を蹴って遊んでいる水しぶきの音が届いてきて不快です。

「チピチピチャパチャパとうるさいですね」

時間が経ってしまい、完全には取れなかったけれど、血の跡は目立たなくはなりました。
次の街に着いたら買い換えれば良いことですし、洗うのはここまでにしましょう。
湖からあがり、炎と風を操った魔法で濡れた体と服を乾かしてヤナギヤの元へ戻ります。
途中でヤナギヤが気付き、「おーい」と手を振ってきました。戻っていると分かるのに、合図を出すのは無意味です。あの腕は何のために揺れているのでしょう。

「ファルメン!さっき魚が跳ねた!あそこ!」
「……」
「聞いてる!?」

いちいちうるさい女です。魚だって跳ねることくらいあるでしょう。
この逃避行がアレンとならば、この湖ももっと静かに見つめられたかもしれないのに。

「ファルメン」

私を静かに呼ぶ声。まるで、風が花びらをすくうような穏やかさ。アレンは、常に静寂を身に纏っていた。
気難しい私が黙っていると「何を考えているの?」と優しく聞き出し、私が怒りをあらわにする時は、理解し、微笑み、静かに受け入れてくれた。
アレン。この湖へは、あなたと来たかった。

「ファルメン?何を考えているの?」

顔を上げ、目の前のアレンをじっと見つめます。いえ、この子はアレンではない。
外見が同じだからといって、何故アレンの面影を見てしまうのでしょう。

「あなたは……ヤナギヤですよね?」
「違うよ」

違う、という言葉に思わず身を乗り出しそうになります。
彼女はニカリと、歯を見せるような笑い方をしました。

「ミコトって呼んでって言ったでしょう!ファルメンってば全然呼んでくれないんだもん!」

私は今まで何を感傷に浸っていたのかしら。全ての思い出がこの女に汚される前に、出発すると致しましょう。


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